◆飛べない鳥
「知っていますか?それって実は錯覚だったりするんですよ」
にこにこと、詐欺師はそう言った。
「カナギ」
「なんだ」
面倒くさげに青白い顔を上げ、カナギはリディアを見た。
「今私がこの剣を抜いても誰も咎めない気がしない?」
「そうだな」
リディアは腰に差したレイピアをすらりと抜くと、詐欺師―――基、ソラに向けた。
「そしてこの詐欺師を殺めようとも」
白い肌に白い髪。あまりにも整った顔立ちにある琥珀の双眸は揺らぐ事無く、柔らかく弧を描く口元同様微笑んでいた。
あまりにも完璧なその美貌に、慣れ始めたリディアだったが、このあまりにも変わらぬ微笑にはまだ少し慣れない。
リディアは不機嫌そうにさらに眉間の皺を増やした。
「ミリアンが戻ってきたら咎めもせずに燃やされるぞ」
「それもそうね」
この若さで早死にしたくないわとリディアは大人しくレイピアを引いた。
そしてレイピアを鞘に戻し、リディアは二人に背を向けた。
「しばらく外に出てくる」
「おや、否定しないのですか?」
「黙れ詐欺師」
切り捨てるようにそう言うと、リディアは部屋を出て行った。
怒っているとはいえ、その足捌きゆえ音は静かなものだった。
「ふふ、若いですね」
「そう思うならからかうな」
カナギは溜息をつく。
「アイツのこと、お前はまだ何も知らなさ過ぎる」
同じ追われるものとして、同じ探し物をする仲間として、カナギはソラにそう言った。
「人が人を理解することなど不可能ですよ。ましてや人の話に耳を傾けず頑なに心を閉ざすような人は」
「お前、詐欺師の割にバカだな」
「?」
「リディアは心を閉ざしてんじゃねえ」
カナギは瓶を閉じた。
「"関わり"を嫌ってるだけだ」
コートを羽織り、剣を腰に下げ、カナギは小瓶を三つほど選んで扉の前に立った。
「それから、リディアの考えを否定するのは止めろ」
「……優しいですね、カナギは」
笑ったソラにカナギは眉を寄せた。
「そんなんじゃない」
それ以上は言わず、カナギは部屋を出て行ってしまった。
一人残った部屋でソラはふうっと、彼にしては珍しく溜息を吐いた。
「しょうがないじゃないですか、少しくらい意地悪しても」
ソラは椅子から立ち上がると、ゆっくりとした動作で部屋を出た。
「リディア、まだ怒っていますか?」
街中でリディアを見つけたソラは、リディアに声を掛けた。
もちろんその美貌を隠すためにフードは目深く被っている。
リディアは振り返ると、ソラを一瞥し、
「珍しいのね。あなたが追いかけてくるなんて」
と口を開く。
憎らしく言ったつもりだが、ソラにはそれが嫌味と通じていないようだ。
「カナギに怒られてしまいましたよ」
「そう。なんて?」
「あなたの考えを否定するなと。私は否定した覚えは無いんですよ?ただ恋は錯覚のようなもの。それが言いたかっただけですよ」
「ならなぜ私のことを引き合いに出すの?あなたには関係のないことだわ」
泣きそうなリディアにソラはほんの少しだけ困った。
これが他の少女なら、ミリアンなら、ソラはこういう風に思わなかったかもしれない。
「関係ありますよ」
「ないわ」
きっぱりとリディアは言い切る。
「私があの人を愛していた気持ちは錯覚なんかじゃない。……大体ね、他人の恋愛ごとに干渉しなくてもいいでしょう?カナギの事情だって深く突っ込まないくせにっ」
どんどん低くなる声に、リディアの機嫌の悪さが伺える。
これが一般の男性であれば彼女を宥めるところだろうが、生憎ソラはその枠組みに当てはまらない。
「泣きますか?」
キッとリディアはソラを睨む。
「泣かないわ。泣いたってあの人は帰ってこないもの」
「……何故罪人の道を歩むのですか?」
「話に脈略がないわ」
これ以上付き合っていられないとリディアはソラに背を向ける。
「私はただこう言いたかったんです」
振り返らない。
それでもソラは言葉を続ける。
「あなたを傷つけて喜んでいる自分が居ます」
ぴたりと足を止める。
「今日から鬼畜詐欺師って呼ぶわよ?」
「できればソラと呼んで欲しいですね。今は名があるのですから」
「誰が呼ぶか」
「愛しています」
「あなたのそれこそ錯覚よ」
「いえ。誰かを愛しているあなたを愛しています」
「私は誰も愛さない」
もう二度と、失いたくないから。
「リディア」
名前を呼ばないで。
「逃げないで下さいね」
嘘っぽい作り物の笑みじゃなくて、ほんの一瞬の、人のような笑顔。
「私は羽を刈られてしまっているから遠くへ飛べないんです」
それは破壊者。
人の形を模した、人ならざる―――鳥。
黒い錬鉄の鳥篭から空へと飛んでも、空は高すぎた。
羽を刈られた鳥は、錯覚の恋すら叶わない……
⇒あとがき
うわ、なにこれ。というのが書き終わった後の率直な自分の言葉。
とりあえず見ての通りソラの一方通行です。あははは……ごめんなさいm(_ _)m。
20060211 カズイ
20070507 加筆修正