◆番人の力
春哉がシーハーツに来て二週間。
ファクトリーで自らの武器と服を作った春哉はちゃっかりとネルの部下に納まっていた。
一応『ネルの元で見習いをしている封魔師団「闇」の新人』ということになっているが、問題はそんなことではない。
「ネル様。どうかしました?」
綺麗に梳いた銀色の髪を後ろで一つに束ねる。
元々肩に少しつく程度の長さだったので束ねきれなかった髪が落ちているが気にしない。
「気分が悪い」
心底嫌だと言うようにネルは目の前の春哉を睨む。
理由が分かっていると言うのに、春哉は火に油を注いだ。
「ネル様こわ〜い」
キャvと最後に付け加えると、ネルはぐったりと机に突っ伏した。
今の春哉の衣装は封魔師団「闇」のほかの団員ほどではないが、ある程度の露出度のある服だった。
灰色の長いワイシャツのボタンは止めず、中から覗く白い薄手のレースシャツは肌が見えないよう内側に茶色のアンダーを着ているのが近づけばわかる。
ワイシャツは袖は長く、バラバラな長さに切りそろえられ、腰に刀をさしている。
その紐から下三つくらいまではボタンを留めているかが、その裾もまたバラバラに切りそろえられており、黒いスパッツがちらりと時折のぞく。
首にはしっかりネルとお揃いの青と黒のマフラーが巻かれているが、これはネルと共に『クリムゾンブレイド』と呼ばれているクレアからのプレゼントだ。
手にはまるでアーリグリフの某団長とおそろいのような色のガンドレッドが鈍く輝いている。
最後に付け加えることになるのだが、こころなしか春哉の顔にはうっすらと化粧の跡が見える。
それこそ今現在ネルを悩ませているものだった。
「なんで女装する必要があるんだい?」
「あれ?僕言ってなかった?」
「言ってない、聞いてない」
二人きりの部屋だからこんな話ができるのであって、他の団員は春哉が本当は男性だと言うことを知らない。
「クレア様と陛下に頼まれたんだ。女の格好してくれって」
「クレアと陛下に?一体なんで……」
「ここじゃ男が強い施術を持つって事は少し特殊なんでしょ?それでだと思う」
「最初に言ってくれ」
ネルは額を押さえながら春哉を睨んだ。
春哉は細身で、身長はネルとほんの少ししか違わない程度だ。
中性的な顔立ちは化粧によってファリンとタイネーブの中間くらいの少女に仕上がっている。
仕草もそれとなく女性らしくしなやかを意識している。
腰に掛けられた刀がなければ普通の少女のようにも見える。
「慣れてるのかい?」
「そりゃぁね。女装も立派な商売術だよ」
「仲間に女はいないのかい?」
「いるには居るけど、他人に頼るのはあんまり好きじゃないんだ」
苦笑していた春哉の表情が僅かに曇る。
ネルは少し警戒したが、春哉の次の一言でそれは疑問に変わる。
「……空は青く、曇りなき空。……グリーテンの技術者」
「は?」
「さて、なんでしょう」
「……あんたの言う『未来』かい?」
「まあ、そんなところかな。詳しくはすぐにタイネーブさんたちが持ってくるよ」
「そういうことなら待つしかないね」
「僕はファクトリーのほうに顔を出してくるよ。ちょっと作りたいものがあるからね」
「わかった」
たった二週間の間に春哉はクリエーターとしての能力を開花させていた。
職ギルドのマスターはこれでクリエーターに人気が出ればなぁとぼやいているが、人気がないのはしかたない。
「おい、クソ虫」
春哉は背後から聞こえた声に一瞬手を止めた。
しかし、自分から僕はクソ虫ですと名乗るように振り返るのは癪なので作業を再開した。
「こら、無視してんじゃねえクソ虫」
ちくちくと針を動かしながら、春哉は面倒くさそうに溜息をついた。
声の主とは三日前このアーリグリフについてすぐに立ち寄ったこのファクトリーで出会った。
「クソ虫はここにはいませんよ」
手を休めずに言うと、相手は怒ったらしく、春哉が作っていた服が置いてあったこげ茶色の机を蹴りあげた。
「なにするんですか。邪魔しないでくださいよ」
道具は必要最低限以外は片づけていたので、裁縫道具が飛び散るようなことはなかったが、針山と糸を入れていたケースが飛んでしまった。
それも一緒に拾い、机を元に戻すと、怒ったままの彼はまだ春哉を睨んでいた。
彼の名はアルベル・ノックス。アーリグリフの三軍の一つ、重装騎士団「漆黒」の団長。
つまりは敵だ。向こうは気付いていないようだが。
「腕」
「……それがどうしたんですか」
理由がわかっていてもにっこり笑って素直に口にするまで口を閉ざすことにした。
言葉とともにすっと差し出されたのは彼の左腕で、調節をしろと言うことはわかるが、軽い仕返しだ。
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
どうやらアルベルは折れる気がないようで、無言の睨み合いは終わる気配がない。
仕方なく春哉が折れることにした。
「他の人に頼めばいいじゃないですか」
「今はお前しかいないだろうが」
「……ふぅ。三日前に調整したばかりでしょう?なにしたんですか?」
「なんでもいいだろう」
ふんとそっぽを向いたアルベルにため息をついて椅子に座った。
「別にいいですけど、少し待ってくださいよ。これ今日中に作り上げないといけないし、もうすぐ終わるんで」
「待たせるな」
「どうせ調節だけなんですから少し待ってください。いい大人が恥ずかしいですよ」
春哉は黙り込んだアルベルをみて作業に集中した。
作業は本当に少しで、三分程度で完了した。
玉止めした糸を切り、綺麗に畳んで机の上に置いた。
「工具取ってきますからもう少し待っててくださいね」
席を立ち、三日前にも使った工具箱を倉庫に取りに行った。
春哉のように華奢な腕の持ち主が持つような代物ではないが、春哉は見かけによらない怪力の持ち主であった。
ドンッと足元にこう箱を置き、机の上のものを端によけた。
対となる位置に座ったアルベルに左手を出すように促し、アルベルはそれに素直に従った。
「うーん、ネジが少し緩んだみたいですね」
簡潔にそれだけ告げ、春哉はネジを締め直した。
「終わりですよ」
そう言ってあるベルの方を見て、ようやくアルベルが自分をじっと見つめていることに気づいた。
「なにか?」
「なんでもない。今日は帰る」
今日は、ということはまた来ると言うことなのだろう。
すでに背を向けたアルベルに気付かれないよう、春哉は僅かに表情を歪めたがすぐに戻した。
今日、もう間もなくグリーテンの技術者たち―――と勘違いされる―――が空から舞い降りるだろう。そして彼らを連れ、明日にはアーリグリフを発つ。
決められたシナリオをこなすのが春哉の時の番人としての役目で、その仕事の邪魔をするもののために春哉は刀を振るうだろう。
「……ごめんね、アルベル」
たった三日だったが、中々に悪くない時間だった。
きっと彼は明日も、昨日のように用もなく顔を出してくるかもしれない。
春哉は少し考えて手紙を机の上に置いた。
現在このファクトリーを使用する人間は少ない。
春哉を含めて三人。きっと彼らはこの手紙に興味は持たないだろうと考え、綴った。
『拝啓 アルベル・ノックス様
突然ですが旅立つことにしました。
どこへとは言いません。所詮旅のクリエーターですから。
再びお会いできることと、貴殿のますますのご活躍を祈って。
春哉・ルナ・クラウド』
「お会いできること、か……。また会える気がするしこれでいいか」
春哉はペンを置き、そのままファクトリーを後にした。
⇒あとがき
時間的に『アペリスの御使い』のほんのちょっと後なのでついでに発掘&加筆修正。
まだこの時点でアルベルは夢主を女の子だと思ってます(笑)
バレ話もそのうち書きたいなぁ……ボツネタにもそんな話残ってなかったorz
20030910 カズイ
20090318 加筆修正