◆アペリスの御使い

 最初に聞こえたのは、5回+最初の1回と合計6回目となる聞きなれたガラスの砕ける音だった。
「……またか」
 春哉は大きくため息をついて自分の身体を包む光に身を任せた。
 強い光に目を閉じ、流れに身を任せる。
 しばらく待っていると、ゆっくりと浮遊感がなくなる。
 それを待ってからトンッと軽い音を立ててどうにか地面に足をつけた。
 どうやら今回は重力がまともにある場所であることは確かなようだ。
 辺りを見回すと、少し古びてはいるが礼拝堂のような場所だった。
「ハルモニアか、それとも別の……」
「ここは交易都市ペターニ」
 金髪に赤い瞳の少女が春哉を見上げてそう言った。
 どうやら今、この建物の中には春哉と彼女以外、人はいないようだ。
「君は?」
「あなたは?」
 そう聞かれた春哉は苦笑して答えた。
「僕は春哉・ルナ・クラウド。改めてレディ、お名前は?」
 少し驚き、少女はおかしそうにくすっと笑って名乗った。
「アクアです」
「アクア。僕のことは春哉でいい」
「わかりましたですよ」
 アクアは椅子に座り、春哉に隣に座るように促した。
「さっきの光はなんなのですか〜?」
「さあ、僕にもわからないんだ。まぁ、おかげで可愛いアクアにあえたけど。アクアは一人でここに?」
「はい。パパはダメにんげんなのですよ。いっぺんくたばりやがれ〜なのですよ」
「……お母さんは?」
「しらないですよ。パパにはアクアだけがいればいいのです」
「そっか」
 春哉は苦笑しながら天井を見上げた。
 アクアの服装や建物の内装から判断するに元の世界で言うところの中世前後と言ったところだろうか。
 簡単に判断するのはいけないことだが、春哉は少ない情報を見える範囲で少しでも多く集めようとぐるりと中を見回した。
 それでなくとも春哉は誰かの陰謀が明らかに働いたようないろんな異世界を渡り歩いているのだ。
 前回は思いっきり戦闘中の軍艦の中に現れてしまいいきなり命の危機に晒されたのだ。
 連続での独房入りはごめんだ。
「それで、アペリスのミツカイはパパを助けるのですか?」
「アペリスの御使い?」
「違うのですかぁ?ここはアペリス教の教会ですよ?」
「ふぅん……で、なんでアクアはパパを助けてくれるのかって聞いたか聞いていい?」
「パパは生活力ゼロなのです」
「……そうか」
 春哉は少し考えて、アクアの手の上に自分とアクアの瞳と同じ赤い小さな水晶を乗せた。
「少しくらいのお金にはなると思うよ」
「……ホントーにミツカイだったのですね」
「さあ、どうだろうね。とりあえず、これはお話をしてくれたお礼ですよ、レディ」
 春哉は苦笑して立ち上がると、アクアの金色の髪を撫でて再び口を開く。
「また会えるといいね」
「そうですね」
 アクアは少し俯いて春哉に手招きをした。
「ん?」
「少しかかんでください」
 アクアは椅子の上に立ち、春哉と視線を合わせようとしたが届かなかった。
 春哉が少し腰を曲げると、アクアは春哉の頬に軽くキスをした。
「ありがとう。アクア、またね」
「また」
 春哉が建物を出ようとすると、春哉を見ようともせず慌てた様子で男が中へと入ってきた。
 背中越しに聞こえる声はアクアの名を呼ぶもので、恐らく彼がアクアの言うだめにんげんなパパだろう。

 春哉の服装は修業用の簡単なもので多少寒さを覚えるもののやはりこの世界では違和感のないものだった。
 前は周りはすべて軍服で、あまりの異端っぷりを発揮してしまったがこのくらいなら大丈夫だろう。
 それでも
「記憶喪失でどこかに倒れてた方がラクだったかも」
 思わずため息をつきたくなりながらも、街を歩いて回ることにした。
 しばらく歩いているうちにすぐに自分をつけている人物に気づいたが心当たりはない。
 どうしてこう自分にはトラブルが付きまとうのか、思わず出そうになった溜息を堪え、春哉は路地裏に上手く入り込み、振りかえった。
「僕なんかの後をつけてもなんの利益もないんじゃないですか?」
 振りかえった先には誰かがいた気配だけが残っていた。
「……こっちにはあるんだよ」
 黙ってじっと見ているとどうやら向こうが先に折れてくれたらしく、渋々と言うように露出度の高い服を着た赤い髪の女性が出て来た。
 紫の視線が射るように春哉の視線と絡み合う。
「私はネル・ゼルファー。陛下の命令であんたを迎えに来た」
「迎えに、ね……」
 通貨も違うであろうこの世界ですぐになじめるようには感じない。
 金に変わるであろう宝石は常に持ち歩いているが、無駄遣いをする気はない。
「一つ聞きたい。なぜ僕なんだ?」
「私にもわからないさ。ただ、陛下が強い施術の力がここにあるから、会いたいといっただけだ」
「……せじゅつ?」
「あんたじゃないのかい?」
 どうしようとでも言うようにネルは少し表情を歪めた。
「いや、もしかしたら名称を知らないだけかもしれない」
「……施術は体に施文と呼ばれる特定の文様を刻み、特殊な韻と印を組むことによってさまざまな現象を生み出す技術のことさ」
「施術、か。少し違うが、確かに持ってる」
「なら……」
「だけど僕には利益は無い。まぁでもどうせすることもないし、いいよ」
「助かるよ。そういえば、あんた名前は?」
「僕は春哉・ルナ・クラウド。春哉でいいよ、長いし」
 くすくすと笑いながら春哉はここでようやく警戒心を解いた。
「で、陛下がいるのはどこ?」
「聖王都シランドさ。イリスの野を越えたところにある」
「遠い?」
「そんなにはないけど、モンスターは出るね。あんたは戦えるのかい?」
「それなりに」
「じゃあ、心配ないね。……武器は?」
「なくても施術が使えるから、しばらくは大丈夫だろ。なんか工場とかある?武器作るところ」
「それならここでクリエーター契約をしておいたらシランドで作れるよ。資金はこっちで出す。ついてきてもらうんだしさ」
 ネルの案内でクリエーター契約をし、目指すはシランド。ということになった。


「綺麗なところだね」
「ああ、自慢の街さ。悪いけどファクトリーは後でいいかい?陛下が待ってるんだ」
「別にかまわないって」
 ネルの後ろを追いかけ中に入った。
 場所は城なのだが、中には礼拝堂があるらしい。
 城に入る前に門番が「この者が……」等と言っていたが、春哉は特に気にしないことにした。
 二階の大きな扉の前で一度立ち止まる。
「ここだよ。くれぐれも、陛下の前で変な態度を取るなよ」
「大丈夫、だと思う」
「不安だね」
「あはは」
 ネルに促されるままに部屋の中に入り、赤い絨毯の上を歩いた。
 陛下と思わしき女性の前に来ると、ネルにならい膝をついた。
「陛下、ラッセル様。ただいま戻りました」
「御前を拝借させていただき大変うれしく思います」
 ちらっとネルが驚いたように視線を投げてくるのが目に入った。
「陛下からお言葉がある面を上げよ」
「「は」」
 顔を上げると、目に入ったのはやはり女王だった。
 春哉の師でもある女性と何処か似た儚い印象を与える女王だ。だが決して弱くはないのだろう。
 額には見たことのない文様があり、煌びやかな椅子の上で、二つの瞳がじっと春哉を見つめている。
「ようこそ、遠き異国よりの佳人。私は聖王国シーハーツの27代目女王ロメリア・ジン・エミリアです」
「先に名乗りあげず、失礼いたしました。闇の世界の番人にして失われし一族の末裔、春哉・ルナ・クラウドと申します。以後お見知りおきを」
「そうですか。あなたにここに来ていただいたのは他でもありません。私は昨日からあなたの放つ強い施力を感じていました。……いいえ、私だけではありません。施力を感じることの出来る者は皆、あなたの強い施力を昨日より感じていました。どうか我らシーハーツの地に留まり、民を見守ってあげてくれませんか?」
「……憎しみの連鎖は、悲しいものです」
 不意に口に出した言葉にネルが驚いたように春哉の顔を見詰める。
「あなたがたは、なんのために戦いますか?」
「我らの国と、民を守ること。悲しみを増やすことのない世のために、その連鎖を断ち切るためです」
「そうですか……では、力を貸しましょう。私は闇の世界の番人、あなたたちにはその加護がある」
「失礼かもしれませんが、どういう意味でしょうか」
「詳しくはお話できませんが、闇の世界の番人にはほんの少し先の『未来』を見る力があります。『未来』は決して一つではありません。いくつもあります。ただその中の一番強い光を持つ『未来』をあなたたちに上げます。代価は……そうですね、しばらくの宿で結構です」
 話の最後ににやりと笑うとネルは呆れたようにため息をついた。
「しっかりしてるね」
「物心つく前から暗殺稼業にいそしんでますから。生きるすべだけは達者です」
 三人ともが驚いたように春哉を見る。
 春哉は美しい銀髪の間に揺らめく赤い瞳に楽しそうな色を浮かべ、外見と同じ年相応のような笑みを浮かべている。
 決してネルの同年代やそれ以上の年には見えないのだが、誰もが春哉の実力が確かなものだと感じ取ることができた。
「……あんたが敵じゃなくてよかったよ」
「褒め言葉としてとっておくよ」
 春哉は不敵に微笑んだ。



⇒あとがき
 とんでもない発掘をしました(笑)
 アクア夢とか言う奇跡な物……一応アルベル夢と同一主です
20030908 カズイ
20090304 加筆修正
res

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