057.カノンと……(恥)

「カノン、バノッサ。……どっちも居ないのか?」
 ドアをノックするが返事はなく、リョウは首を傾げた。
「あ、お前……」
 背後から掛けられた声に振り返ると、サングラスを掛けた男が居た。
 その姿に見覚えがあるような気がして、場所的に彼はバノッサの手下なのだろうと考え至る。
「何しに来たんだ?返答次第じゃただじゃおかないぜ」
「カノンに用があって来たんだけど、バノッサもいないのか?」
「……やめとけ」
 リョウの言葉に男は眉根を寄せるとすいっと目を反らしそう告げた。
「もしかして……メスクルの眠り?」
 その言葉に男がぴくりと反応したようだった。
「バノッサも?」
「バノッサさんは出かけてる」
「カノンが罹ってるんだな。なら余計に会わなくちゃ」
「は?」
 信じられないと言った表情で見られ、リョウは苦笑を浮かべた。
「バノッサに知らせてきてよ。俺が治すって」
「は?メスクルの眠りの薬は城の召喚師が買い占めて……」
 信じられないと言った表情の男にリョウは薬を取り出してはっきりと見せた。
「薬ならある。少ししかないけど、カノン一人ならまだ余る」
「本物……なのか?」
「本物だよ。信じられないならあかなべの薬師を訪ねろよ」
「……信じるよ!だから、頼む!カノンを助けてくれ!!」
 男の切羽詰まったような声に頼まれ、リョウは表情を崩した。
「言われなくてもそうするさ。カノンは俺の友達なんだからさ」
 一先ず家の中に入る事が許され、リョウは家の中へと入った。
 前に来た時よりも重い雰囲気を持つ家内に、リョウはまっすぐカノンの部屋へと向かった。
「カノン!」
 部屋の中に入ると、死んだように眠るカノンがベッドに横たわっていた。
 前にカノンの力を封じに来た時よりも顔色は良くない。
 起きていれば簡単だが、吸い飲みが見当たらないため薬を飲ませることが出来ない。
 だが躊躇していてもカノンの病は直る訳ではないとリョウは覚悟を決めて薬の蓋を開けると自分の口の中へ含み、カノンの唇に自分の唇を重ねた。
 カノンが薬を飲むのを確認してから唇を離すと、優しくカノンの前髪を梳く様に額を撫でた。
「……ごめん、カノン。……んでもってシオン、苦すぎ……」
 思わずうへぇと舌を出し、置き去りにされていた水桶と布きれに視線を移し、手を伸ばした。
 布きれを水に付けて絞り、一応カノンの額に乗せてリョウは水桶の水を変えるべく部屋を後にした。

  *  *  *

 カノンがメスクルの眠りに罹った。
 城の召喚師たちが薬を買い占めている事は知っていた。
 だからもう駄目だと分かった瞬間から何をしていいのか分からず酒場で酒を煽っていた。
 苛立ちのまま酒を煽り続けていた所に手下の一人がバノッサを探して酒場に走り込んできた。
「カノンが……」
 そう切り出された瞬間、カノンは死んだのかと強い喪失感に襲われた。
 だが、次に紡がれた言葉はカノンの死ではなかった。
「助かるかもしれないんです!」
「……てめぇ、本当か?」
「フラットの奴が薬を……」
 誰がとは言わずともそんな事を態々するのはリョウしかバノッサには浮かばなかった。
「付けとけ!」
 酒場の親父に告げながら、バノッサは酒場を飛び出し、北スラムにある我が家へと急いだ。
 真っ直ぐにカノンの部屋を目差し扉を開いた。
 眠ったカノンの顔色は家を出た時よりも大分良く、額には熱がないと分かった瞬間被せる事を止めてしまった布きれが置かれていた。
「……っ」
 小さく呻きながら睫毛を震わせたカノンの瞳がゆっくりと開く。
 もう二度と開くことは無いと思っていた瞳が開き、バノッサはそれを確かめるようにベッドに近寄った。
「……バノッサ、さん?」
 掠れたような声は二日振りだろうか。よく持った方だと思う。
 バノッサは安心と共に襲った脱力感に、カノンの眠るベッドの端に腰を落とした。
「バノッサさん?」
「はは……よかった」
「あれ?バノッサだ」
 開いたままの扉の所にはリョウが立っていた。
 手には湯気が立った、恐らく食べ物が乗せられているのだろうお盆があった。
「てめぇ……」
「薬、余分に分けてもらったから心配で見に来たんだ。余裕があるから手下の奴にも居るなら分けてやってよ」
 そう言ってリョウはカノンのベッドサイドに置いてあった残り二瓶の薬を示した。
 一度水桶を交換しに部屋に戻ったリョウは直にカノンが起きた時の為に病人食を用意するためキッチンへと戻っていたのだった。
 その際に邪魔になる薬をベッドサイドに置いていた。
「城の召喚師が回収しちまってんのにどうやって手に入れたんだ?」
「前にカノンの鈴をくれた人から貰った。材料が一つ足りない状況で手元に残ってたから回収されなかったんだってさ」
「……そうか」
「カノン、飯食える?」
「いえ、まだちょっと……」
「そっか。じゃあ食えるようになったら食ってよ。覚めても大丈夫だからさ」
 ベッドサイドの上に置いていた薬を避けてお盆を置くと、リョウはバノッサの方に視線を向けた。
「お前も疲れてるんだろ?休んだ方がいいぞ?」
「うるせぇ」
 安心して脱力したのだとは言えず、バノッサは顔を上げられず、リョウから視線を逸らす様にふいっと横を向いた。



⇒あとがき
 やだ、カノンとちゅーしちまった(笑)
20040612 カズイ
20130518 加筆修正
res

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