051.炎の侯爵

「いやいやいやーっ!いやですのーっ!」
 サーカスのテントの前に辿り着いたリョウたちは裏口の方から聞こえる悲鳴に思わず一瞬足を止めた。
「裏口の方みたいです!」
「急ごう」
 頷き合い、昨日一度来た事のある四人を先に行かせて走った。
「モナティはここの団員なんですっ!どこへも行かないですのーっ!」
 自らをモナティと呼ぶ亜人の少女は、駄々を捏ねる小さな子どもの様に首を横に振る。
「ハハハ、それはさっきまでの話さ。これからは私が新しい君のご主人様なのだよ」
 モナティの前に立つ金髪の男。イムランの弟のカムランが柔らかな物腰で亜人の少女を見下しながら笑う。
「うそうそうそーっ!」
「モナティ!」
 どう言う経緯でそうなったのかは大凡察することが出来る。
 だが当の本人であるモナティが嫌がっている事は明白な事実だ。
 頭で考えるよりも身体が先に動くらしいハヤトは誰よりも早くモナティとカムランの間に割って入っていた。
「なんだね、君は?この子の関係者かね?」
「俺は……」
 咄嗟に飛び出したもののモナティとハヤトの関係は昨日の失敗の加害者と被害者でしかない。
 多少言葉を交わしただけで関係に名を付けて良い物か迷ったハヤトは思わず口を噤んだ。
「関係ない者は口を出さないでくれたまえ」
 カムランはあからさまに不快だと言う表情をハヤトに向け、再びモナティに向き直る。
「よくお聞き?団長さんはね、君を私に売ってくれたんだ。失敗ばかりの君より、お金を選んだのさ」
 諭す様に優しく、だが目は明らかにモナティを見下したまま説明する。
 恐らく昨日の失敗と言うのは良くあることなのだろう事がその言葉から察せられた。
「そんな……!?」
 モナティはそれを聞いてショックを受けたようで、瞳に涙を滲ませた。
「だが心配は無用さ。私は君を気に入っている」
「モナティ……まだ恩返しもできていないのに……。何もできずに……また……」
 俯いて涙声で呟くモナティの"まだ"と言う言葉は、モナティを呼び出した召喚師の事がモナティの中でしこりの様に残り続けている所為だろう。
 形は違えど同じ召喚獣と言う立場から感じるその思いの眩しさに、リョウは少し目を細め、モナティを憐れむ様に見やった。
「さあ、おいで!華麗なる私のペットとして、末永く可愛がってあげよう」
「いやあぁーっ!」
 カムランがモナティの腕を掴むが、モナティは泣きながら首を横に振った。
 召喚師が死んでしまってはぐれになりかけた所を助けてくれた団長。モナティの世界の中心はこんな風に変えて良い物ではない。
「やめてよ!」
 そう感じたアヤがその間に割り込む様に近寄りながら叫んだ。
「その子には自分の意志ってものがあるんだ。他人が好き勝手にしていいものじゃないよ!」
「ハッ、くだらんな」
 カムランが、嘲笑を浮かべながら軽く肩を竦めた。
「彼女は召喚獣なんだよ?はぐれなんだよ?召喚獣は召喚師に服従するのが当然ってものじゃないかね!?」
「そんなの……!」
「きゅおぉぉーっ!」
 ナツミが反論するよりも早く、ガウムがカムランに体当たりをした。
「ガウムっ!」
「うわっ!?」
 モナティの腕を掴んだままナツミと口論していたカムランがそれを避けられるはずもなく、その場に尻餅をつく破目になった。
「は、はぐれが……よくもこの華麗なる私に不意打ちをっ!?マーン三兄弟の三男!カムランの名に誓って絶対に許しません!!」
 立ち上がったカムランが抗議したナツミとモナティを守るように立ちはだかったハヤトと、攻撃してきたガウムを睨みつけた。
 モナティ自身もハヤトの後ろにしっかりと隠れた。
「……出でよ、華麗な天使よっ!」
 カムランがサモナイト石を掲げると光と共に背に翼を持つ人影が現れた。
 手に剣を持ち、表情の乏しい顔をリョウへと向ける。
『……炎の侯爵!?』
 天使の声はリョウ以外には理解出来ずその驚き様に首を傾げていた。
 それを横目にリョウも天使と同じサプレスの言語で返した。
『知っているなら早い。人間に仕えるのと灼熱の業火に焼かれて輪廻の輪から外れる。どちらか選ばせてやるよ』
『知っていて逆らうつもりなどありません、炎の侯爵』
 リョウに対して頭を垂れた天使はカムランの言われてもいないにも関わらずまだ微かに開いていた門から勝手にサプレスへと帰ってしまった。
 カムランの手の中のサモナイト石がそれと同時に弾け飛び、カムランは目を見開いた。
「なっ……化け物か!」
 リョウはその言葉にただ静かに微笑んだ。
 そして直に表情を変えると、サモナイト石をこれ見よがしに取り出した。
「カムラン・マーン。お前の姉、ファミィ・マーンには返し切れない程の借りがある。このまま見過ごすと言うのなら何もしない」
「くっ……貸しておくぞっ!!」
 カムランは身を翻しながら捨て台詞を吐くと、背を向けて去って行った。
「借りておくぞ、の間違いじゃないのか?」
「言ってやるな……トウヤ」
 ハヤトの言葉で一応トウヤは笑みの裏側に滲み出していた黒いものを引っ込めた。



⇒あとがき
 すいません、トウヤさん。黒い人で……
 ていうか、それを感じ取れるハヤトがすげぇとか思ったり。
20040603 カズイ
20130518 加筆修正
res

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