006.リプレママ

 案内されたのは古い建物だった。
 古いと言っても、周りの建物に比べればボロボロというほどもなく、まぁまともなほうである。
 ボロボロ加減なら梁山泊も良い勝負だ。
「ここが私たちがねぐらとして借りている場所だ。もとは孤児院だったんだがな……」
「つぶれてほったらかしになっていたのを、まあ、無断で使っているってわけだ」
 レイドの後をエドスが継ぐ。
「しょうがねぇだろ、院長だっちがとっ捕まって行方不明なんだから」
「捕まったのに行方不明、ですか?」
「ケッ、お前にゃ関係ねぇよ!」
 ガゼルに怒られ、アヤはそれ以上聞けず、黙り込んだ。

 元孤児院だという建物の中は、とくに物がなく、綺麗に掃除もしてあるようだ。
 スラムの真ん中にあるとはとても思えないほどこざっぱりした場所だった。
「まあ、とにかく座ってくれ」
 広間のような場所に通され、椅子を勧められた。
「自己紹介がまだだったな。私はレイド。そっちはエドスで、隣がガゼルだ。君たちは?」
「リョウ。立木涼」
「深崎籐矢です」
「俺は新堂勇人」
「橋本夏美だよ」
「樋口綾と申します」
「変わった名前だな」
 エドスが不思議そうに呟く。
「フルネームだからね。名前はトウヤ、ハヤト、ナツミ、アヤだよ。こっちの世界とは情勢が違うから全員貴族じゃない」
「あぁ、そう言うことか」
 エドスはそれで納得したようだ。

「返せよ、オイラんだぞ!」

 子どものものらしい声が部屋に届き、軽い足音と共にオーバーオールを来た女の子が入ってくる。
 年齢は小学生ぐらいだろうか。
 その後ろから同じ年くらいの男の子が追いかけて入ってくる。
「べーだ!はやいもの勝ちよぉ!」
 女の子は、何かを手に隠して男の子から逃げ回っているようだ。
「ま、まってぇ……」
 二人に贈れて、小さな女の子がもう一人入ってきた。
 少女の身体には少し大きなクマのぬいぐるみを抱えて必死に二人を追いかける。
「おい、チビども!あっちに行ってろ!!」
 ガゼルが苛立ちのまま怒鳴った。
 逃げ回っていた女の子と、それを追いかけていた男の子の動きがぴたりと止まった。
「……ううっ」
「うわぁぁん!」
 涙を堪えるよう二人と違い、その後ろを追いかけていた小さな女の子は堪えきれずすぐに泣き出した。
「わわっ、こら、泣くな、泣くんじゃねぇっ!」
 ガゼルは慌てて止めようとするが、小さな女の子はさらに泣き出す。

「どうしたの、ラミ?」
 部屋の奥にあったドアから、赤い髪をおさげにした少女が出てきた。
「ひっく、ひっく……」
 小さな女の子は、クマのぬいぐるみを間に挟んで、少女のエプロンにしがみついてしゃっくりあげる。
「ガゼルっ!またあんたが泣かしたんでしょ!?」
 赤毛の少女は、母親が子どもをしかりつけるかのような風にガゼルを問いただす。
「な、なんでそうなるんだよ……。俺はただこいつらがうるさかったから……」
 赤毛の少女の迫力にたじたじの様子のガゼル。
「ふ〜ん、生意気にも口答えなんかしちゃうんだ?」
 腕組みをして、赤毛の少女がガゼルに聞き返す。
「それはつまり、今晩のごはんはいらないってことね?」
 そう言って微笑む。
 もちろん額に浮かぶ青筋は消えてはいない。
 彼女が少女であることは右に置いておいて、どこの世界でも"母は強し"のようだ。
「ちょ、ちょっと待てっ!」
 可哀想なくらいに慌てるガゼル。
「『ごめんなさい』は?」
「……ちくしょー」
「『ご・め・ん・な・さ・い』は?」
 先程よりも強く赤毛の少女は言った。
「……ごめんなさい」
 観念したガゼルが誤った。
 最初に会ったときとの印象があまりにも正反対すぎて情けないを通り越して哀れだ。
「よろしい」
 ガゼルの反応を見た赤毛の少女は満足そうに微笑んだ。

「あー、リプレ?取り込み中のところ申し訳ないが……」

 苦笑しつつ、エドスが声を掛けた。
「ここにお客さんたちがいることに、そろそろ気づいてほしいんだが……」
 同じくレイドが苦笑しながら言葉を継いだ。
「え?」
 赤毛の少女はようやくリョウたち五人の方を見て、目を見開いた。
「きゃあ!ごめんなさい!!みっともないところをお見せしちゃって……。すぐにお茶をいれてきますから!」
 リプレと呼ばれた赤毛の少女はガゼルの襟首を掴む。
「ほら、あんたも手伝うのよ」
「な、なんで俺が?」
「いいから来るの!」
 ガゼルは半ば引きずられるように赤毛の少女についていった。

 まだぐずっている小さな女の子に近寄り、リョウは視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
 小さな女の子はなんだろうと言う風にリョウの手を見る。
「見てろよ」
 左手を握り締め、右手の人差し指で三回叩きながら数を数える。
「?」
「ほら」
 表に向けて指を開くと、手の中には包装紙に入ったままの飴が出てきた。
「わぁ……」
 その飴を泣き止んだ小さな女の子にあげた。
「いいの?」
「俺は食べないし、いいよ」
「ラミだけずるい!」
「君たちもほしいの?」
「「ほしい!」」
 息を合わせたような二人の返事に、リョウは両手を差し出した。
「三つ数えてみな」
 二人は顔を見合わせ、楽しそうにゆっくり数を数えた。
「よし、ちゃんと数えたな。見てろよ……ほら」
 リョウは先ほどのように手を開いてみせる。
 同じ包装紙に入ったままの飴が一つずつ姿を現す。
「すごーい!」
「お兄ちゃん魔法使いみたい」
「ありがとうな。とりあえず、別の場所で遊んでおいで。またガゼルに怒られる前にさ」
「うん」
 男の子が強く頷いた。
「じゃあね」
 女の子が手を振って、先に出て行った男の子の後を追いかける。
「また、ね?」
 小さな少女がクマのぬいぐるみで顔を隠しながらお礼を言って、背を向けた。
 三人は素直に部屋を出て行った。
 リョウはそれを見届けてから、再びそ知らぬ顔で席に戻った。



⇒あとがき
 リプレとガゼルのやりとりが好きです。
 おもしろいから。
20040502 カズイ
20070413 加筆修正
res

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -