049.サーカスのタダ券

 ある程度賞金を稼いだ後は時間が空いて暇で仕方がない。
 それを身を以て体験しているリョウは体力消耗を避けて昼寝に興じていた。
 だがそれはあまり長くは続かなかった。
「リョウ!」
 久しぶりに感じた勢いを付けた体重の重みに、目覚めさせられたのだった。
 今回は一人分かと呑気に考えながら目を開ければ、にこにこと楽しそうな表情のナツミがリョウの上に飛び乗っていた。
「ナツミ?」
「じゃ、じゃーん!見て見て」
 目の前にずいっと差し出された券に眉根を寄せながら目を通す。
 愛らしイラストと共に記された文字は普通真っ先に習わないであろう娯楽の単語が並んでいた。
 それでも人によってはタダと言う文字位は読めたかもしれない。
「サーカスのタダ券?」
 何故こんなものがと思いながらリョウは首を傾げた。
「あ、やっぱ読めるんだ」
「普通こういう文字から習わないだろうけど……。で、サーカスのタダ券がどうしたんだよ」
「これね、リプレから子どもたちを連れて行ってほしいって言って貰ったんだ。八枚あるから一緒に行こう!」
 大方いつも大量に購入している上客と言う事で商店街のどこかの店から貰ったものだろう。
 八人で自分を誘うと言う事は名も無き世界組の五人と子どもたち三人で行こうと考えたのだろう。
 別に無理に自分が行く必要はないだろうと判断したリョウは小さく溜息を零してタダ券をナツミの方へと押し返した。
「パスする」
「えぇ〜?つまんないよ〜」
「今日は一日休むって決めたし」
「わがまま〜。子どもじゃないんだし……って、子どもか」
 目を擦りながら、リョウは再び昼寝に勤しむため布団を深く被った。
 子ども扱いされるのは別段嫌いではないので文句は言わず、一応聞いておこうと掛布団越しに自分の上から渋々移動し始めたナツミに問いかける。
「誰が行くんだ?」
「子どもたち三人と、私とアヤとトウヤとハヤト。だから後一人はリョウにしようって話になったんだけど……どうしよう、これ」
「キールでも誘ったらどう?」
「え?キール?」
「息抜きならキールだろ。あの四人の中で一番責任感じるタイプみたいだし」
「責任ってなんの?」
「自分の胸に手を当てて考えて見ろよ。昨日の事とか、四人とも責任感じてるから」
 ひらひらと布団から出した手を振り、リョウは欠伸を一つ浮かべた。
「後一人はキールで決定。お休み」
「ちょっ……」
 ナツミが何か言うよりも早く、リョウは目を閉じ再び昼寝に勤しむのだった。

  *  *  *

「……と言う訳」
 ナツミは説明が終わると頬を膨らませた。
「その後はのび太くん並に早く寝ちゃったよ」
「のびた?」
「私の世界の話!……あ〜あ、折角リョウと仲良くしようと思ったのに」
「しょうがないよ。リョウは少し頑固なところがあるみたいだし」
 キールの言葉にナツミは溜息を吐いた。
「そーなのよ。本当、子どもって言うか、頑固なんだよね」
 ぷくりと頬を膨らませ続けるナツミの反対隣に居るアルバは、そのまた隣のハヤトへとまだかまだかと言う様に話しかけている。
 サーカスが初めてという事で、始まる前からわくわくが止まらないらしい。
 そわそわと落ち着きがない様子は見ていて微笑ましい物がある。
 ちらりとだけそれを見て、ナツミはキールの方へと首を動かす。
「キールは……キールだけじゃないけど、責任かんじちゃったんだってリョウは言うけど、私はわからかった……だけど、原因は私たちでしょ?」
「まあ、色々と問題を起こすからね」
「むっ、本気で言ってるな!?……ま、本当だから仕方ないけど、ごめんね」
「!?……いいよ」
「ならいいや」
「心配を掛けちゃってるみたいだから、僕こそごめんね」
「お相子だね」
「そういうことにしておこうか」
 苦笑しながら、まだ始まらない舞台からナツミへと視線を移した。
「とりあえずはリョウの分まで楽しんでいこう」
「うん。帰ってたっぷり自慢話してやるんだから!」
 意気込むナツミを見つめ、キールは目を細めて微笑んだ。
 それを偶然目撃したハヤトは一瞬驚いたが、すぐにアルバとの話に意識を戻した。
 ナツミはキールの穏やかな微笑みを見ることなく、進行役がひょこっと姿を現した舞台を見ていた。



⇒あとがき
 キルナツはまだまだすれ違い。
 だってそれにはまずナツミが夢主に振られていただかないと……ねえ?
20040531 カズイ
20120424 加筆修正
res

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