048.静止の平手

「がははっ!このゴミどもがっ、本気で勝てると思ってたのかよ、あぁん?」
 辿り着いた場所では召喚師にしては柄の悪い男が大声で笑っていた。
 唾のない刀の様な剣を振り回し、ローカスを追い詰めて行く。
 それを数人の兵士が取り巻いていた。
「くそぉ……負けてたまるかっ!例え殺されようと、俺は絶対に貴様らには負けない!!」
 防戦一方になりながらもローカスに諦める様子は見られなかった。
「やめろ……もうやめろぉ!」
 目の前で行われている戦いは、はぐれ相手の戦闘とは全くの別物である。
 自分と同じ人がどれだけ傷つき死んでしまっているのだろうと、トウヤはどこかのんびりと状況を見つめた。
 アヤは口元を押さえて、涙を堪えている。それに気づいたナツミが側に寄るが、ナツミだってアヤと同じ気持ちだった。
「ほお……こんな子どもまで、暴動に参加していたのか?」
 男は目の前の光景を耐えられないとばかりに叫んだハヤトに目を止めた。
 近くに居たローカスもハヤトへと視線を向ける。
 どうやら後から追い掛けてきたリョウには気付いていないようだ。
「皆何も悪くないんだ!それなのにどうして!」
「悪くない?何が悪くないんだ?こいつら……いや、お前らは、暴動を起こしたんだ。立派に悪いじゃねぇのか!」
 ひゅっと剣をハヤトに向け、男は「捕らえろ」と命令を下す。
 その命令に従い兵士たちがハヤトへと一斉に向かう。
「我が魂の下に仕えし眷属よ」
 慌てて剣を構えようとするハヤトの襟首を掴んだリョウはそのまま後ろ向きへと引っ張りガゼルの方へと放り投げた。
「ちょっ、リョウ!?」
「光と闇の狭間より此処へ。闇を以って破壊と沈黙を齎す者―――ブラックラック!」
 ハヤトを無視したリョウの呼び声に応じ、ローブを纏った髑髏の召喚獣―――ブラックラックが姿を現した。
「黄泉の瞬き」
 その言葉と同時に闇が弾け、兵士たちの足が不自然に止まった。
 驚く兵士たちの横をすり抜け、リョウはまっすぐに男に向かい、構えた剣を往なすようにして男を吹き飛ばした。
「まったく、兄弟揃って駄目だな。ファミィ・マーンに鍛えられたのかどうか怪しいな」
「そうかよ……。兄貴の言ってた姉貴を知るガキってのは、お前のことかっ!?へへへ、だがよ、もう手遅れだぜ」
 地面に倒れた男が嘲笑う。
 その言葉通り、遠くから大きな歓声が上がる。
「騎士団の奴らの突撃だ。へへっ、時期にここにもやってくるぜ?」
「まずいな」
 一連の流れを誰よりも冷静に見ていたトウヤがハヤトの腕を引いた。
「でも、まだ他の人たちが……」
 トウヤの腕を引き剥がそうとしたハヤトの頬をリョウの掌が打つ。
「俺達が捕まったら意味がない。早く逃げるぞ」
 突然の衝撃に驚くハヤトをリョウはまっすぐに見据えて撤退を宣言した。
「……リョウ」
 ブラックラックを送還し、ポケットの奥へと仕舞った。
「ローカス。お前も今は諦めろ。騎士団は無意味に人を殺しはしないだろうさ」
「ああ、イリアスならきっと……」
 まるで自分に言い聞かせるように、レイドが呟いた言葉は風に溶ける程に便りなげではあったが、騎士と言う生き物である以上、レイドの後輩であろうその人物は暴動に加わった人間を殺す事は無いだろう。
 暴動を起こした以上、刑罰は免れないだろうがそれもすぐにではない。
 残ろうとするローカスを力ずくで連れてリョウたちはその場から撤退していった。






















夜会話:キール☆

 あの時、ハヤトを止めるべきだったのは僕だったはずだ。
 だけどリョウが何の躊躇いもなくハヤトの頬を打って止めた時、僕はハヤトを止める事は出来なかった。
 燻るような憤りが僕の足をあの場所に留めようとしていた。
「……ネガティブ思考禁止」
「ねが……?」
「否定的な考えだよ」
 くすくすと笑いながらリョウは屋根の上に寝転がった。
 その表情にはあの時の真剣な顔の面影はない。
「ハヤトは時々突っ走っちゃうから誰かが止めなくちゃいけない。それは確かにキールの役目。だけど、キールはあの時迷っただろ」
「……ああ」
「自分は無力だからハヤトを止めて連れて帰らなくちゃいけないって思いながら、自分たちなら助けられるんじゃないか?ってさ」
 それは過信だ。
 頭じゃわかっていてもどうしてもそう思ってしまったのは、きっとハヤトたちの存在の所為だろう。
 それすらも感じ取った上でリョウはすぐにあの行動に移れたのかと思うと本当に敵わないとしか言いようがない。
「ハヤトだって本当は分かってる。悲鳴の陰に隠れていたカナシイが俺にはわかるから……。確かに過去は消せないけど、未来は作ることが出来る。過去を忘れずに未来へ繋げる事の方が大事なんじゃないかな」
 不意にリョウに引っ張られ、冷たい屋根の上に寝転がった。
 ふわふわと柔らかなマナに包まれたリョウがその優しい光の様に微笑んだ。
「眉間の皺、治したら?」
 その言葉に、思わず僕は眉根に指を這わせた。
 ナツミにも同じ事を言われた気がするが、そんなに跡が残るほど寄っていただろうか。
 思わず這わせた指でぐいぐいと眉根を押さえた。



⇒あとがき
 ほのかにキルナツを匂わせる夜会話にしてみました(笑)
20040531 カズイ
20120402 加筆修正
res

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