045.集められた"罪人"

「なあアニキ。ヒマかい?」
 散歩に出ようかとのんびりと考えて玄関を目指したトウヤを待ち受けていたのはどこか楽しげにそう問うてきたジンガだった。
 納税の日だからと部屋に籠ってしまったガゼルとは違い、何か面白い事でも見つけたのだろう。
「うん、まあ……ヒマ、かな」
「だったら俺っちと一緒に市民広場まで行かないか?」
「市民広場に?」
 首を傾げながらもトウヤはさっき一度出掛けていた時の事を思い出す。
「なんか知らないけど、この街の騎士たちが集まってるんだ」
 騎士、と聞いただけでトウヤにはジンガの考えていることに合点がいった。
「……まさか、騎士に勝負を挑むつもりなんて言わないよな」
「あはは、まさかぁ!顔を見るだけだよ。戦ったりしないって」
 トウヤはジンガの反応に一抹の不安を覚え、小さく溜息を吐いた。
「本当に戦わないって約束できるかい?」
「あ、バカにしてるな。騎士とケンカしたらどうなるかくらい、俺っちでもわかるさ」
 それもそうだ。流石にわかるかと苦笑した。
 騎士に喧嘩を売るなんて、警官にケンカを吹っ掛けるようなものだ。捕縛されても文句は言えない。
 そこまで馬鹿ではないことを信じてトウヤは首を縦に動かした。
「じゃあ行こうか」
「そうこなくっちゃ!」
 しかし街に騎士が集まっていると言う情報はトウヤの中で引っかかっていた。
 納税の日と騎士の集合。何か関係があるのだろうか。
 そうトウヤがのんびり考えられる余裕は力一杯ジンガに引っ張られたためなくなっていた。

  *  *  *

 市民公園を大勢の兵士が囲んでいた。
 その兵士たちが身に纏っている鎧は、以前アルク川で花見をした時に見た物と同じ物だった。
 その数はどこか物々しさをこちらへと伝えてくる。はっきり言って異様な雰囲気だ。
「罪人達の点呼は完了しましたか?」
 少し距離はあったが、兵士たちの中に溶け込む少女の声がトウヤの耳に届いた。
 それは傍らに佇む兵士への静かな声での問いだった。
 彼女は恐らく騎士だろう。周りの兵士たちとは違う衣装を身に纏った年若い少女がこの兵士たちを束ねているのは間違いないようだ。
「はっ、完了しました!」
 兵士は敬礼してそれに応えた。
「罪人……?」
 それはトウヤからしてみれば聞きなれない単語であった。
 思わず問い返すわけでもなく呟いた言葉にジンガがトウヤの服の袖を引いた。
「なあ、アニキ。あの人たち本当に罪人なのかなぁ。見るからによぼよぼの爺さんとか、女子どもも並んでるぜ」
 視線の先に居るのは杖を突かねば真面に歩けないのだろう老人や、幼い子を抱えて青ざめた表情を浮かべる年若い女や、訳が分からず戸惑いぐずる子どもたちの姿も見えた。
 ジンガの言う通り、トウヤの目にも彼らが罪人には決して見えなかった。
 むしろ罪人に見える人の方が少ないと言えるだろう。
「……罪人ですよ」
「えっ?」
 声はトウヤのすぐ後ろから聞こえた。
 エドスと同じ位かそれ以上かもしれない大柄な男がトウヤとジンガを見下ろす様に立っている。
「彼らは税金を払えなかった罪で捕まった人たちなのです」
 痛ましげに男は騎士たちに罪人と呼ばれる人たちを見やった。
「なんだよそりゃ!?」
「あの人たち……どうなるんですか?」
「この広場で見せしめにされた後、足りない分は労働奉仕で払うことになります。男は鉱山、女は工場の一番過酷な場所で働かされますね」
「酷い……」
 トウヤは本の中でしか垣間見ることの出来なかった過去の史実と目の前の現実を重ねあわせて見た。
 だがそう口にしたもののどこか現実味が感じられないないのはトウヤと言う人間の性なのかもしれない。
「仕方ないんですよ。そう領主が決めたのですから。……ふむ、正確には領主を利用して召喚師たちが決めたんでしたか」
「なんで皆そんな無茶に従ってんだ!?」
「落ち着いて、ジンガ」
 殴りかからんばかりの勢いでジンガが男に問う。
 それを押さえながらトウヤもその問いの解が欲しくて男を見上げた。
「召喚師の力が怖くて泣き寝入りをしているんでしょう。ですが……全員が全員、そうしているわけでもないようですね?」
 男は意味ありげな視線を動かし、トウヤたちもその視線を追う。
 その視線の先に居たのはくすんだ赤髪を持つ男だった。
 他の罪人たちとはどこか違う雰囲気を感じ、トウヤはそっと目を細めた。
「もう我慢できん!俺たちが一体何をしたって言うんだ!?働けば働くほど高くなる税金なんて払えるわけがあるまい!!」
 男の声にざわついていた人々が水を打ったように静まり返った。
「……あの者は?」
「はっ、義賊を気取っていた盗人の頭目です」
 少女が兵士に小声で問いかけると兵士はすぐに答えた。
 それを聞いた少女は男の前へ歩み出た。
「人の富を盗んだ事。それがあなたの罪ではありませんか?」
「ハッ、だったら貴様らの親玉も同罪だろう?市民からの税金を力で奪い取る、立派な盗人様だろうが!?」
「こいつっ!口を慎めっ!!」
 男の嘲りの言葉に、騎士が気色ばむ。
「……殺せよ。殺さなきゃ、俺の口は止まらんぞ!?」
「ほざいたなっ!」
 兵士が剣を抜いた。
「助けなきゃ。あの人、殺されるな……」
 咄嗟にポケットへと手を伸ばしたトウヤの手を止める者が居た。
 勢いよく振り返ったトウヤの前に居たのは見知った仲間であるリョウであった。
「リョウ」
「……行かなくても大丈夫」
 リョウは顎で少女と兵士、そして義賊の男の方を示した。
 同時に硬い物が何かを叩く音がした。
「ぎゃあっ!」
 視線を戻した先に居たのは悲鳴を上げ、倒れる兵士だった。
「呆れたものだな。都合の悪い事を力で消し去ろうとは」
 倒れた兵士の側に赤い鎧を纏った剣士が立っていた。
 鞘に入ったままの大剣を提げている所を見ると、あれで殴ったのだろう。
「あの人は……」
 荒野で出会った男だ、とトウヤはすぐに思い当たった。
「それが市民を守るべき者としての姿か!?」
 低くそれほど張り上げていない声にも関わらずその声は辺りに良く響いた。
 ざわめき等関係ないその声はトウヤの耳にもしっかりと届いた。
「ラムダだ!アキュートのボス、ラムダだぞっ!!」
 誰かが、そう叫んだ声が小波の様に辺りに広がる。
「罪なき人々よ!さあ、今こそ立ち上がるのです!!」
 トウヤとジンガ、そしてリョウの後ろに居た男が声を張り上げた。
「貴方たちの生きる権利は、貴方たち自身の力で守りなさい!!」
「アキュートは、戦う者たちの味方だ!召喚師の手先になった領主を許すなっ!!」
 まるで煽るように女と男が罪人として市民公園に集められた人々へと声を上げる。
 恐らく先ほどまでトウヤの側に居た男と声を上げた男女は赤い鎧の剣士の仲間だったのだろう。
 此処に潜んで時期を見定めていたのだろう男の様子に気づいたリョウがトウヤを止めていなければ何も知らずにトウヤはジンガと共にあの騎士の少女へと向かって行っていた事だろう。
「追い払いなさい!!」
 ざわめきの中、少女の声に反応した兵士たちが集められた人々をかき分けて声の主を探し求めて赤い鎧の剣士へと殺到する。
「ひゃー、すっげぇ!あのオッサンたちは、反乱分子だったのかよ」
「感心している場合じゃない、ジンガ」
「いいじゃんか、ついでに暴れてこうぜ」
 楽しそうに構えを取るジンガにトウヤは眉根を潜めた。
「最初に喧嘩しないって約束したの誰だったっけ?」
「えっと……」
 トウヤが約束を持ち出してにっこりと微笑むと、ジンガは笑みを引きつらせ、慌てて構えを解いた。
「暴れるのは後」
 リョウはトウヤとジンガのやりとりを静観していたが、話が終わったとわかるとすぐに二人の腕を引いて走り出した。
「先にフラットに戻ろう。時間をかければかけるだけ、暴動を起こした人たちの不利になる」
「どういうことだ?」
 走りながらジンガがリョウに問いかける。
「騎士団が守るのは領主。その後ろには?」
「召喚師か」
 トウヤははっとしたように一度だけ後ろを振り返って、フラットへと急いだ。



⇒あとがき
 珍しくトウヤ視点で統一。
 そして、ローカス再登場。……さしあたって好きなやつではないが割かしいいやつだとは思う。
20040531 カズイ
20120401 加筆修正
res

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