043.アヤの中の棘

「私との約束を破るつもりなのか!?」

 アヤとハヤトがレイドの部屋の前を通った時、そんな怒鳴り声が響いた。
 二人ともその怒声に思わず首を竦め、足を止めていた。
「練習が辛いことは最初に言ったはずだ。それでも頑張ると約束したのはお前だろう」
 いつもとは違う厳しいレイドの声。
 誰が怒られているのかと二人は顔を見合わせた。
「辛いことから逃げ出すのでは、騎士になどなれないぞ!」
「……ちがうっ!!おいら、練習がつらくてやめたいんじゃない!!」
 答えた声はアルバのものだった。
 何をやめるのかわからなかったが、レイドが剣術道場の指導をしていると言う話を思い出した。
 そう言えばアルバがその剣術道場に行きたがり、通うようになったと言う話を思い出した。
「では、どうしてだ?」
 詰問口調はいつものレイドからは想像できないきつい声音だ。
 怖いと、何故か思った。
「何故黙っている!?……待ちなさい!?」
 次の瞬間、ドアが開いてアルバが部屋から飛び出していき、そのまま 走って外へと飛び出していった。
「俺、アルバ追いかけてくる」
「え?」
 アヤと同様に足元が凍ったように動けずに居たはずのハヤトだったが、部屋の中を見て気まずくなったのかそう言って走り出した。
「……聞いていたのか」
 開いたドアの向こうからアヤと走り出したハヤトの姿を見て驚いていたレイドは、呟くようにそう言った。
「あ、はい……すいません、立ち聞きなんかしてしまって」
「いや、構わないよ」
 さっきの様子からいくと、なにかがあったのだろう。
 アヤは悩みながらも口を開く。
「何があったんですか?」
 余計なことかもしれないと思いながらもアヤはそう問うていた。
「アルバがな、剣術道場に行きたくないと言い出したんだよ」
「え?あんなに習いたがっていたのにですか?」
 アルバは早く剣術を習いたいとよく言っていた。
 最近ようやくそれが叶ってレイドが教えている剣術道場に通うようになったのだ。
「道場の稽古は厳しいからな。遊び気分では続くものじゃない。あの子には、まだ早かったのかもしれんな」
 何かが引っかかり、アヤは首を傾げた。
(アルバがそんな風に思うでしょうか)
「しばらく様子を見て、本人が何も言わないようなら辞めさせるよ。やる気のない者に無理をさせても無意味だからね」
「私、アルバにやる気がないとは思えません」
 アヤの言葉にレイドは目を見開く。
「その……私じゃなくて、ハヤトが聞いたそうなんですけど、アルバは早く剣術を習って、皆を守りたいって……」
 何を言いたいんだろうと自分でも思いながらも必死に言葉を探す。
「それで……えっと、だから……遊び気分ではないと思うんです。きっと何か理由があって、それが言いづらいだけかもしれません」
「何故言いづらいのか、君はわかるのかい?」
「なんとなく、ですけど」
 名もなき世界と呼ばれる自分の世界に居た頃を思い出す。
 "樋口"の名前は大きな存在で、実の所友達は少なかった。少しずつ大きくなればなるほど周りはアヤを敬遠していった。
 何か粗相をしてはいけないと怯えるように遠巻きな友人ばかりでアヤが親しくできた数少ない友達と言えば一握りで、後は生徒会の仲間くらいじゃないだろうか。
 それと反比例するように両親や祖父からのアヤへの期待は大きかった。
「子どもって、親に言えないことがあると抱え込んじゃうんです。私も、そうでしたし……多分、アルバもそうなんじゃないかな、って」
「そうだといいけど……」
 ため息交じりに呟くレイドに、アヤは喧嘩したまま別れた両親の事を思い出した。
 結局謝るも何も話すら続けないままこの世界にやってきた。
 心配しているのは間違いないだろうが、それがアヤ本人を心配してなのか、"樋口"の名を心配してなのかはわからない。
 できれば前者であってほしいとは思う。
「君は……」
「はい?」
「やっぱり、帰りたいのか?」
「そうですね……帰りたいとは思います」
 アヤはレイドの問いに苦笑で返した。
 帰ったからと言って両親に素直に謝れる気はしない。
 不安はそれだけではない。いつも通りの生活に戻れるだろうか?こんな温かい場所を知って、と思う。
 絶えず付きまとう些末な事がアヤの脳裏を帰りたいと思う気持ちと共に過るのだ。
「不安だらけ、ですけど」
「そうか……」
「それに、私たちはカシスたちが還してくれるって約束してくれましたけど、リョウはわかりません。残して元の世界になんて、不安すぎて出来ません」
「リョウは、二重誓約だったっけ」
「はい。私たちの事があるから本当の召喚主を探しにいけないんじゃないかと思って……」
「確かに……リョウには迷惑をかけっぱなしだな」
 レイドはすまなさそうに視線を落とした。
「アルバたちを覗けば一番年下のはずなのに、私がここを支え切れていないばかりに……」
「そんなことないですよ。レイドさんは十分頑張っています」
「ありがとう、アヤ。出来たらそのレイドさんって言うのはやめてほしいな。もう皆、レイドって呼び捨てだし」
「!……レイドがそう言うなら、そう呼ばせてもらいます」
 苦笑を浮かべながらも調子の戻ってきたレイドにアヤはほっとしながら笑みを浮かべた。



⇒あとがき
 人は誰しも不安という棘を持つ。
 アヤの心に残っていた小さな棘は両親と喧嘩別れをしていたということ。
 このことはエルゴの試練で再びさらに暴かれることとなるでしょう(笑)
20040530 カズイ
20101123 加筆修正
res

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