038.鬼神と鈴と巫女
「……あれ?」
鈴を持ったままでは戦いにくいと思い、オプテュスを捲いたまではよかったのだが、リョウは迷子になってしまっていた。
様子から言えばおそらくここは北スラムだろう。
足を向けることは殆どないに等しいその場所をリョウが知る由もなかった。
「まずい」
怒られる。
そう感じ、引き返そうとしたリョウの耳に大きな爆音―――おそらくペンタ君だ―――と共に聞きなれた声が聞こえ、リョウは音の発信源に向かって走った。
音の発信源にはアヤ、カシス、ナツミ、クラレットの少女四人がいた。
ハヤトたちはいないのかと思うよりも早く、それに目が行った。
太い腕、一回り大きな身体。額からは角のようなものが伸びておいる。
リョウはそれがどう言う意味かを知っていた。
「カノン!」
鈴を強く握りしめ、召喚術を唱えようとするカシスの詠唱を邪魔した。
「立ち向かうな、逃げろ!」
「リョウ?」
「いいからすぐに!カノンは俺に任せて!」
鈴でカノンの攻撃を流し、リョウは身体をその流れのまま一度くるりと回転させた。
「きしんさまにねがいまする」
朗々と響き渡る鈴の音とリョウの声。
「ぐルルがアァッ!!」
鬼神と化していたカノンの唸り声が咆哮に変わる。
空気が震えるような感覚は、リョウの頬を裂いた。
「っ……」
肩にカノンの手が乗り、抵抗するように強く力を入れる。
伸びた爪がリョウの肩に遠慮なく食い込んだ。
「しずまりませ」
鈴を再び鳴らすとカノンの力が緩む。
「しずまりませ」
再び言葉を重ねると、更に力が弱まる。
「このねにみをゆだね、どうかしずまりませ」
完全に力がなくなったカノンの体を抱きとめ、そのままへたりと座り込んだ。
角のなくなった額は、引き裂いたリョウの肩に触れている。
痛みはあるが、今のカノンに比べたらと思うと、リョウは黙ってカノンの体を必死に支えた。
「その子、はぐれ召喚獣じゃないの?」
ぽつりとカシスが言う。
「はぐれじゃねぇよ」
バノッサは鋭い視線でカシスを睨み上げた。
「こいつは人間だ……少なくとも半分は人間のはずなんだっ!!」
「つまり、召喚獣と人間のハーフなんですね?」
クラレットが確認するように聞き返すと、バノッサは頷いた。
「……ああ。カノンは魔物を父親にして生まれたんだ。ただそれだけの理由で母親に捨てられてよ、スラムに来たのさ。人一倍優しいくせに、人以上の力を持ってしまったことであいつは迫害されたんだ。おかしな話だとは思わねぇか……?自分より劣った連中に、こいつは居場所を奪われたんだぜ!?」
こんな風に義弟とはいえ他人のことで腹を立てるバノッサを、誰が想像できただろう。
リョウは目を開いて、バノッサを見た。
「だから、俺様は教えてやったのさ。居場所が欲しけりゃ力ずくで奪え、ってな!」
だが驚きも薄れる。
バノッサの心を占めるのは怒りではない。憤りだ。
「こいつと俺様は、同じなのさ……。居場所のない俺たちには、力しかないんだよっ!!」
「そんなの、違います!居場所がないなんて!」
「知った口を聞くなっ!はぐれ野郎っ!!手前ぇに俺様の気持ちがわかるかよっ!」
「バノッサ……」
二人は何も言い返せない。
カシスとクラレットにおいては言う気もないようだ。
「俺様は絶対にあきらめねぇ……死ぬまで、絶対にあきらめねぇ!ククククッ。必ず手前ぇらを。ぶっ潰してやるっ!!」
バノッサはそういってリョウからカノンを外そうとするが、リョウがそれを拒んだ。
「てめぇ……」
「ナツミ、アヤ。俺、カノンが心配だからカノンを送ってから帰る」
「なんで!?」
「ひとりでなんて、私たちも行きます!」
「これは俺とカノンの問題でもある。知りたかったらカシスに聞いてよ。……俺とカノンの関係くらいはわかるんじゃない?」
カノンの体を負担のないように抱き上げて、バノッサを見上げた。
「起きたら、カノンに話しておきたいことがあるから、案内してよ」
しばらく沈黙が続いたが、バノッサは舌打ちをして背を向けた。
「……ついて来い」
早足で歩き出したバノッサの後をリョウは追いかけた。
「あ、そうだ。泊まりになったらトウヤたちへの言い訳もよろしく」
付け加えて、リョウはバノッサに追いつくために小走りになった。
⇒あとがき
シルターン万歳。カノン好きです。女の子みたいじゃし……(にやり)
あぁ、次が楽しみvvv
20040524 カズイ
20090825 加筆修正
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