003.とりあえず自己紹介
「……っ」
「あ、大丈夫?」
その声にはっと目を開けると、そこにいたのは二組の男女。
おそらく自分よりも年上だろうと思われる。
ゆっくりと覚醒する頭が、四人がさっきまで公園にいた四人だとすぐに思い出した。
「大丈夫?」
「大丈夫です」
アヤに心配そうに覗き込まれ、リョウは慌ててそう応えた。
リョウは起き上がり、辺りを見回す。
でこぼこした断面が目に入り、ここが大穴の中だと言う事がわかった。
「とりあえず自己紹介しとこう。あたしは橋本夏美。バレー部の部長をしてるんだ」
明るく振舞うナツミはリョウの手を取り、半ば強制的に握手をする。
「僕は深崎籐矢。剣道部の主将をしていたんだ。ちなみに橋本とは同じ学校だよ」
優しげな眼差しで微笑むトウヤにリョウもつられて微笑んだ。
「俺は新堂勇人。バスケ部のキャプテンやってた」
ひきつった笑いで名乗ったハヤト。
恐らく彼が先ほどの空き缶の被害者なのだろう。
「さっきはすみません」
「あ、いや……」
「大丈夫。ハヤトは丈夫だし、これ以上馬鹿にはなんないよ♪」
「なんだと!?」
「なによ」
「まぁまぁ」
謝るリョウの肩を叩いてグッドサインを出したナツミにハヤトが反論する。
一触即発の二人をトウヤが苦笑しながらどうどうと治めた。
治まったところでアヤが口を開いた。
「えっと、私は……」
「樋口綾さんですよね?」
リョウがそういうとアヤは目を見開いた。
「入学式の時はうちの美羽が大変お世話になりました」
ぺこりと頭を下げると、アヤは首を傾げた。
「ああ!新体操部の風林寺さん!彼女の弟さんですか」
合点がいったというようにアヤは両手を合わせ、リョウを見た。
「新体操部の風林寺?ああ、あの眼鏡の子か」
「ハヤトも知ってるのかい?」
「ああ。一年エースってんで有名なんだよ。同じ室内競技だから部活中に何度か会ったことあるし、なにより……」
ハヤトはくすっと笑った。
「入学式に迷子になって樋口に連れて来てもらった子だったからさ。な、樋口」
「ああ、そんなこともありましたね。えっと……風林寺くんの名前は?」
「涼です。立木涼」
「立木?」
「姉といっても一緒に暮らしているだけなんで」
「あ、ごめんなさい」
「いえ。慣れてますから気にしないで下さい。樋口さんのことは姉さんから聞いてたんです。それに、一週間前くらい前に学校に行った時に一度あってますから」
「そうなんですか?」
「姉さんがお弁当を忘れていったときに届けに行って、そのときに。挨拶程度しかしてないんで覚えてなくて当然でしょうけど、姉には入学式の時に迷子になった時に助けてくれた生徒会の人だからって教えて貰っていたんで覚えていたんです」
「まぁ」
「生徒会の会長なんて凄いですね」
「そ、そんなことはないですよ。私なんてまだまだで……」
リョウとアヤがほのぼのと会話をしていると、ナツミがじとっとそれを睨む。
「ハヤトとアヤばっか話ててずるい」
「そういわれても、ですね……」
リョウは少し困った顔をしてナツミを見た。
ふっとナツミの顔の横にキラリと光るものが見え、ナツミの顔の横を通って土壁に手を伸ばした。
「にゃ!?」
「……これはっ」
手に取ったのは透明の宝石のようにも見える石。
それはリョウも二つほど持っているサモナイト石だ。
誓約されていないようで、リョウのものと違い文字は刻まれていない。
一見すればただの石のようにも見えるが、リョウにはこれが間違いなくサモナイト石だとわかった。
「それ、こっちにもあるぞ」
ハヤトが同じように見つけ、拾い上げた。
残りの三人も口々に言い、同様の石を拾った。
ハヤトは赤。
トウヤは紫。
アヤは緑。
ナツミは黒。
四人とも魔力を無意識ではあるようだがその身に秘めているのだから、何かしらの反応があってもいいものだが、石はなんの反応も示さなかった。
それこそ四人はそれがただの石のように感じたかもしれない。
四人ともが持つ石とは違う属性が得意属性だということだろうか。
赤はシルターン。
紫はサプレス。
緑はメイトルパ。
黒はロレイラル。
それがそれぞれの属性だ。
リョウはまだ一度も使ったことはないが、ロレイラルとサプレス、それからシルターンの石を使うことが出来るはずだ。
やろうと思えばもしかしたらメイトルパの召喚もできるかもしれないが。
ちなみに透明は"名も無き世界"に繋がると言われている。
この石に関しては魔力を込めれば誰であろうと使うことができるオールマイティな石である。
リョウが魔力を込めればこの石は輝き契約を成すかもしれない。
だが今は特に考えなくてもいいだろう。
「とりあえず持っていくか」
トウヤのその言葉に頷き、全員石をポケットに入れた。
リョウは少し考えて胸のポケットに入れた。
ズボンの右のポケットにはすでにサプレスとロレイラルのサモナイト石があるが、それを使うことは出来ない。
反対のポケットにはしぐれに持たされている護身用のナイフがあるが、サモナイト石同様使う予定は無い。
服装といえば皆制服で、トウヤとリョウは学ラン。
ハヤトとアヤはブレザー。
ナツミは制服の上にセーターといった格好だ。
各々バラバラな服装だが、こんな場所だ。誰一人として雰囲気と服装は一致していない。
「そういえば、どうしてここに?」
「さあ。僕たちもまだ気がついたばかりだから」
「そうですか。じゃあ、出てみましょうか」
「そうだな」
ハヤトが土壁に手を伸ばそうとする横で、リョウは足に反動をつけて跳躍した。
常人離れした跳躍により、途中で土壁に触れる事無く、リョウは一番登りづらい場所からいとも簡単に脱出した。
「すっごーい!」
「別に、うちでは普通ですから」
美羽もこのくらいは飛べる。
長老たちの域になるともっと飛べるだろう。
リョウは大きなクレーターのような穴に背を向け、息を飲んだ。
いつも道場で死にそうな人は見た。
だが、この死体は母がリョウに唯一残した"記憶"に酷似していた。
「ひっ」
胸の奥から溢れ出る恨みの念がリョウを襲う。
それはリョウの気持ちではないのに、まるでリョウの気持ちのようにシンクロしていた。
「立木くん!?」
「どうかしたのか!?」
高く跳ねる心臓を服の上から抑え、必死にそれを押し殺した。
ゆっくりと死体に背を向け、呼吸を繰り返す。
「大丈夫か!?」
再び掛けられる声にリョウは大穴の中を覗き込んだ。
「ちょっと、ヤな事思い出して……」
リョウは少し考え、男二人の方を見た。
「新堂さん、深崎さん。ちょっと覚悟して来てくれません?俺、ちょっと……」
―――ドクンッ
強い感情。
悲鳴のようなそれに息が詰まった。
「っ」
身体から吹き出る黒い光。
見られるわけにはいかない。
リョウは唇を噛み締め、必死にそれを押さえ込む。
「……俺はあなたたちとは違うっ」
その言葉に黒い光が弾けるように霧散して消えた。
「今のは?」
先に上がってきたらしいトウヤの声に、リョウは顔を上げる。
「……なんでもないです」
リョウは首を力なく横に振った。
「よっと、何があんだ?」
後を追ってきたハヤトに手を貸し、死体の方を指差す。
「……これ、は……」
二人は目の前の光景に顔を顰めた。
「ドッキリか?」
「まさか」
決定的な証拠。
サモナイト石が分からなくてもこれを見てしまえば認めずにはいられない。
「ここは日本なんかじゃない」
これは本当のことで、
「ましてや地球なんかじゃない」
認めたくなくても、
「……これは現実だ」
呆然とそれを見ていた二人も、視線を逸らした。
鼻を僅かに刺激した焼け焦げたような匂いと、血の匂い。
人には感じ取れないものもリョウの刺激していた。
―――ドクンッ
⇒あとがき
黒い光の正体はまだずーっと先です。
うっかりネタバレになっちゃいますからね(笑)
加筆修正したことでここまでですでに結構話がちょこちょこ変わってるのでかなり恐ろしいですよ。
20040425 カズイ
20070402 加筆修正
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