034.送還術
「分かりました。でも、せめてスウォンさんも一緒に連れて行きませんか?」
クラレットの言葉に、リョウは少し考える。
「そうだよね、やっぱり当事者も連れて行った方がいいか」
「じゃあ、戻りましょう」
クラレットは安心した笑みを浮かべ、リョウの手を引っ張った。
キールやソルのように自分よりも大きいと想像していた手は思いのほか小さくて、この手の、この細腕にどれまでの力が秘められているのだろうと不思議に感じた。
「クラレット?」
「いえ、なんでもありません」
クラレットは顔を赤くして首を振ると、歩き出した。
フラットへ戻るとアヤが説得したらしく、皆いつでもいけると言った表情で待っていた。
先ほどのメンバーからリョウの代わりにエドスが外れ、一同は森を目指した。
少し時間を置いたことで迷いがなくなった様子のスウォンの意見で森の奥を目指して歩く。
「あれは……」
森の奥深くにそれはあった。
人間よりも一回り大きいキノコの姿をした召喚獣。
傘の部分が頭なのか、口と胴体にあたる部分には手のようなものまである。
「あいつが……はぐれ召喚獣!」
「あれは、トードスです。間違いありません。周りの小さいのは同じ、プチトードスです」
腰くらいまでの小さなものが全部で五匹。
サイズが小さいだけでトードスとなんら変わりはない。
「召喚師が呼んだ……はぐれ」
プチトードスにレイド、ガゼル、トウヤ、ハヤト。
召喚師四人とアヤ、ナツミ、リョウ、スウォンは召喚術などの遠距離攻撃でトードスと戦うことにした。
回復用のサモナイト石を取りだそうとしたリョウは異変に気づいた。
ソルが召喚したライザーの攻撃を受けたトードスの悲鳴。
頭に響いていたその声が同時に隣から聞こえたのだ。
隣を見れば、ナツミがサモナイト石を手から落としていた。
「……イタイヨ」
うつろな瞳に、その身体を包みこむ緑色の光。
「クルシイ……カエリタイ……モウ、イヤダ……」
「ナツミ!一体どうしたんですか!?」
「多分トードスの意識とシンクロしてしまったんだと思う」
同じく異変に気づいたクラレットが悲鳴のような声を上げる。
それに他の皆もナツミの異変に気付き始める。
ふと、リョウは門が光が強まるのと同時に開く気配を感じた。
「トードス、もう苦しまなくていい」
泣きだしたナツミの肩を引き寄せ、その背中を撫でた。
「サファン……カエル、デキル?」
「ああ、元の世界に還してあげる」
「ナツミ!リョウ!」
ナツミの身体を取り巻いていた緑い色の光がリョウに移り、ナツミの身体が崩れ落ちる。
「キール、ナツミの身体よろしく」
「え!?」
リョウはトードスの元へと走り寄りながら、警告を口にする。
「皆、トードスから離れろ!」
リョウはトードスの前に立つと両手を広げた。
術に巻き込んだら最後、狭間の領域に流されてしまうだろう。
全員が離れるのを背中に感じながら、リョウは詠唱を口ずさむ。
「界を繋ぎし門よ、我が声を聞き、応えよ。見えざる縁の糸に結ばれたる魂の兄弟を縛る呪縛の鎖を打ち砕き、汝にその身を委ねる。その身を開き異界の友をその世界へ還せ!」
緑色の柱が立ち昇り、トードスもプチトードスもその姿を消した。
死して魂となって還ったのではなく、門を飛び越え元の世界へと帰ったのだ。
「消えた!?」
驚く仲間たちを横目に、リョウは眩暈を覚えふらついた。
踏ん張り倒れることだけはこらえようとしたが、予想以上に力を消費したらしくその身体が崩れ落ちる。
誰かがリョウの身体を支えたが、それが誰なのか分からぬほどすぐに意識は落ちていた。
* * *
「送還術?」
「今では失われたと言われている術だよ」
キールが反芻したハヤトに説明する。
ハヤトは落ちそうになったリョウを背負い直し、キールに視線を向ける。
「それをリョウがしたってことか?」
「そうなるね」
「どうしてリョウはそれを知っていたんだろうね」
トウヤは不思議そうに同じく眠っているナツミの寝顔をちらりと見る。
ナツミはレイドの背で安心しきったような顔で眠っている。
二人に何があったのかは当人らにしか分からない状況だろうが、リョウが送還術を使ったことだけは理解できた。
「最初から知っていたのかもしれませんね」
クラレットは再び森に来る前のリョウとの会話を思い出す。
そう言う素振りは見えなかったが、還したいと願っていた気持ちは確かだった。
「リョウって秘密主義だよなぁ」
詰まらなさそうにソルが呟いた。
「いつか言うって言ってるなら大丈夫だよ。言質は取ってるんだから、ね」
くすくすと黒さをちらつかせる笑みを浮かべるトウヤは、どうやらリョウの秘密主義を批判しなかった。
改めてトウヤの腹黒い一面を見て、誰もがそれ以上は何も突っ込まない方がいいだろうと口を噤んだ。
⇒あとがき
……腹が黒いお父さんの勝者ですか?
20040523 カズイ
20081016 加筆修正
←