002.喚び声は二つ

「まったく、弱い癖に俺様にかまってんじゃねぇよ。……って、逆鬼さんだったらいいそうだなぁ」
 柄の悪い少年たちをしばらく動けないようにした涼は邪魔にならないように少年たちを端に寄せ、その場を去った。
 そして今度こそ公園の方へ歩き出し、そのまま中に入った。
 入り口近くの自販機でお茶を買い、ベンチに座ってそれを飲む。
 少し落ち着いたところでポケットの中に入れていたケースを取り出すと、缶を隣に置いてケースの蓋を開けた。

 スポンジの上に鎮座する二色の綺麗な宝石のようにも見えるそれはサモナイト石と呼ばれるもの。
 それはこの世界のものではないもの。
 涼はそれを今からちょうど一ヶ月前に長老から渡された。
 これがサモナイト石と呼ばれるもので、どんな効果をもたらすものか涼は知っている。
 だが実際に手にしたのは一ヶ月前だった。

 一つは黒い色の石。
 もう一つは紫の石。
 それぞれ石の中に文字が浮かんでいる。
 両方ともこの世界ではなんの意味も成さないものであっても、涼にとっては大切な形見であった。
 愛しそうになでた黒い石には小さな亀裂が走っていた。
「……いつ呼ばれるか、わからない……か……」
 ため息をつきながら涼は石から手を離した。
 ケースを閉じてポケットの中へと戻すと、再びお茶の缶を手にとり口をつけた。

「あれー?深崎氏じゃん」

 明るい大きな声が公園内によく響いた。
 きっと運動部か合唱部のように声を出させられる部活にでも所属しているのだろう。
「橋本?」
 それに答えるように少年の声が届く。
 恐らくその声の主が件の"深崎氏"であろう。
「新堂までいるし。何よ、あんたたち知り合いだったわけ?」
「そっちこそ知り合いだったのか?乱暴者の橋本とおとなしい樋口さんが?」
「何その言い方!あたしと綾は大親友なんだからね!」
 ちらりと振り返ると、一箇所に集まった少年少女四人がいて、その内の一人が親友だといった黒髪の少女に抱きつきながら口を尖らせていた。
「大体、なんで深崎氏と綾が知り合いなのよ!」
「親同士の付き合いだよ。ね、樋口さん」
「はい」

 少し遠慮がちな声と"樋口綾"という名前に涼は聞き覚えがあった。
 一週間前、姉である美羽が自分で作った弁当を忘れ、休日の学校へ部活のために行っている日に涼は一度美羽の学校へ行った。
 その時綾がたまたま学校に来ており、美羽に声を掛けたときに見かけて美羽に紹介してもらったことがある。
 美羽の学校の生徒会の役員で、一生懸命先生と話していた姿をよく覚えている。

「それで、勇人と橋本はどういう関係なの?」
「なんかイヤな言い方だなぁ」
「そうそう。あたしたちは偶然試合であっただけだよ」
「俺が籐矢と橋本の学校に練習試合で行った時だよ」
「ああ、あの時」
「世間って意外に狭いんですね」

 同感だ。
 涼は心の中で綾の言葉に同意を示した。
 口に出すことはなく、一気にお茶をぐっと飲み干した。

「な、何!?」
 突然現れたさきほどの集団にベンチの後方から"橋本"と呼ばれていた少女の驚きの声が届く。
「おい、立木。先輩に対してさっきの態度はねぇんじゃねえの?」
 ざっと見る限り、さっきよりも人数が増えている。
 増援でも呼んだのだろうか。違う制服の生徒や私服の少年たちだ。
 後ろにいる四人には悪いが、涼は再び集団を片付けるべく立ち上がった。
「先輩こそ後輩に対してこんな大勢でくるなんてないんじゃないんですか?ギャラリーもいることですし」
 全員が全員涼よりも頭一つ、いや二つは高く、中学生というよりも高校生のようだった。
「カンケーねえよ」
「そうだよ。俺たちに恥じかかせてくれやがって……」
「キサラ隊の名に掛けて負けるわけにはいかねぇんだよ」
「……まったく、道徳のなっていない人たちだ」
 涼は素早く足を運び、四人に被害が及ばないように確実に気絶させていく。
 あっさりと倒していったが、さすがの大人数に少々手が回らなかった。
 適当にその辺りに放り投げていた空き缶を拾い上げ、空き缶を無関係の四人に殴りかかろうとした男に投げ付けた。
 それは男の後頭部に直撃した後、放物線を描いて四人の方に飛んでいったが、そこまで構っていられず、後ろ回し蹴りを向かってきた男にかまし、空き缶が当たってこちらに向き直った男に飛び掛り四人との間に滑り込む。
「イテッ!」
 カツンという音と共にその声はあがり、カラカラと足元に落ちた音がした。
「すいません!」
 とりあえず声だけ謝って、残りの面々も蹴りと突きで片付けた。

「……まったく」
 両手を叩き、四人のもとへ歩いた。
「巻き込んですいませんでした」
 ぺこりと頭を下げると、四人は涼の態度に思わず顔を見合わせた。
「いや、別に構わないよ」
 代表したように優しげな表情で少年が答える。
 声を聞いた限り、彼が"深崎籐矢"だろう。
「彼らが起きる前に場所を変えたほうがいいと思いますよ。では、失礼します」
 涼は彼らにふたたびぺこりと頭を下げ、背を向けた。

「え?」
「うわっ」
「なに!?」
「なんですか?」
 涼が背を向けた瞬間、四人がほぼ同時にそう呟き、叫んだ。
 首を傾げ振り返った涼もすぐ同じように慌てることとなる。
 彼らの身体を包む光と同様の光が涼の身体を包んでいたからだ。

『……るき英知の術と我が声によって、今ここに召喚の門を開かん』

 それは涼には覚えのある召喚の呼び声だった。
 それも"蒼"特有の。

『我が魔力に答えて異界より来たれ。誓約者の名の下に―――が願……』

『―――いやだっ!』

 悠々とした声の主も悲痛な叫びの主もわからない。
 だが明らかに召喚されているという事実はわかる。
 しかもただの召喚ではない。
 二つともが【特別】な召喚を行っている。
「ちっ」
 舌打ちをした理由は四人の方から迫り来る光の所為。
 抗うことはできるかもしれないが、それはほぼ絶望的なほど低い確立だ。
 涼は仕方なく目を伏せて呟いた。

「ゴメンなさい……応えられなくて」

 最初の声の主に届くかはわからない。
 それでも言わずにはいられなかった。
 光に飲み込まれ、四人と涼の姿はその場から消えた。
 残されたのは、気絶した少年たちとへこんでしまった空き缶が一つだけだった。

 悠々とした声の主も悲痛な叫びの主もわからない。だが、明らかに召喚されている。
 しかもただの召喚ではない。
 二つともが『特別』な召喚を行っている。
「ちっ」
 舌打ちをした理由は、後ろから迫る光の所為。
「ごめんなさい……応えられなくて」
 最初の声の主に届くかわからないが、そう呟いて、涼の姿はその場から消えた。
 残されたのは気絶した涼の先輩達と空き缶が一つだけだった。



⇒あとがき
 はい、ようやくリィンバウムに召喚されました。
 読んでいて分からなかったかもしれないので一応補足させていただきます。
 同性同士が友人。ナツミとトウヤ、ハヤトとアヤが同じ学校です。
 自己紹介とかは次でやるんでスルー。
 それぞれ原作ではありえない裏年表作っちゃってますが、皆基本的にいい子です。
 我がサイトバージョンの彼らを愛しておりますよ!!!
20040425  カズイ
20070401 加筆修正
res

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