026.花見の珍事

 伸びやかな竜笛の最後の一音が流れる川とはらりひらりと落ちるアルサックの花びらの美しい景色の中に溶け込む。
 初めて聞く曲に感嘆のため息を漏らす者も居れば、知っている曲に懐かしさを覚えるものも居る。
「『さくらさくら』だね」
「花はアルサックだけどね」
 トウヤの言葉をナツミが揶揄する。
 リョウは竜笛から口を外すとそのアルサックの花を見上げた。
「リョウ?」
「……母さんに」
 じっと幕に覆われてしまったアルサックを見つめる。
 あの幕の向こうは貴族が花見をしている。
 幕をして覆うことで美しさが損なわれてしまっているのが非常に残念だが、
「見せてあげたかった」
 ぽつりとリョウは本音を零し、再び竜笛に口をつける。
 全員がそれに聴き入る中で、二人の影がこそこそと動き出した。



「……ガゼルと新堂さんがいないんだけど」
 演奏後の余韻もなしにリョウがぽつりとそう口にした。
 そこでようやく皆もそのことに気付いた。
 演奏を途中で止めるのもどうかと思ったし、すぐに戻ってくるだろうと考えて止めなかったのだが、それにしては帰りが遅い。
―――キィィィィン
 不意に頭に響くような音に、リョウはため息をついて立ち上がった。
 初めてハヤトに出会ったときも思ったが、ハヤトは誰よりも魔力が高い。
 その所為かはわからないが、初めて召喚術を行ったとき、門の開閉がリョウの中に一瞬だけ鮮明に描かれ見ることが出来た。
 あの時は間違いなくリョウはハヤトの力を導いただけに過ぎない。それなのに導いただけのリョウにも鮮明に見ることが出来たということはそれだけハヤトの魔力が高いことを証明していた。
 しかもその魔力はこの世界に来て跳ね上がったのではなく、元の世界の頃から高く、この世界にきたことで更に跳ね上がっているのだから稀有な話である。
 しかしどれほどハヤトの魔力が高かろうと、今はまだ迷惑でしかない。
 早く力をバランスよく使えるようにして門を開くときの魔力を最小限に抑えてほしいものだ。
「サプレスの門が開かれた」
 思わず額を抑えながらも、誰よりも早く走り出し、リョウはアルサックを囲む幕の方へと向かっていった。
 一足遅れて、戦えないリプレと子ども達を残した面々が追いかける。

「魔精タケシー」

 幕の内に入ると、リョウは視界に入った召喚獣の名を口にした。
 リョウが声を掛けると、タケシーは慌てて髪をオールバックにし、眼鏡を掛けた男の後ろに逃げた。
「なっ、なに!?」
「お前、召喚師だな」
 うんざりと呟いたリョウだったが、男の服装と何処となく過去の名残のある面立ちに思わずため息を吐いた。
「……金の派閥議長ファミィ・マーンの弟の一人、イムラン……だったか?」
「なっ!」
「へぇ、今でも怖いんだ。あの女(ひと)」
「やかましい!」
「とっとと戻りなよ。客人への弁明が先だろ。この二人の説教なら俺がする。お前にはお前のすることがあるだろう」
「くっ……貸しにしておいてやる!」
「貸したのは俺だ」
 聞く耳持たないというように男はその場を去り、リョウは溜息をついた。

「知り合いなのか?」
「少し、ね」
 テントに背を向けたリョウはガゼルとハヤトの頭を一回ずつ叩いた。
「なにしてたか知りませんけど、力を過信しないでください。それと、ポワソは防御力が弱くて防御にむきません。早く送還してください」
「わ、わかったよ」
 ハヤトはサモナイト石に意識を集中させ、ポワソを送還する。
 ポワソがサプレスに還り、門が閉じたことを感じて、リョウは再びため息をついた。
「俺は許しますけど、リプレのことまでは知りませんからね」
 リョウがそう言うと、二人ははっとして後ろを恐る恐る振り返った。
 そこには怒った様子のリプレが、どこに隠し持ってきていたのか、麺棒を片手にハヤトとガゼルに歩み寄った。
 その顔は二人の目には間違いなく鬼に見えたことだろう。
「「うわぁぁぁ!!」」
「問答無用!」
 三人の追いかけっこが始まったところで、トウヤがリョウに視線を向けた。
「止めないのかい?」
「自業自得」
「まぁ、それもそうだね」
 トウヤはにこにこと追いまわされる親友を見捨てた。
「裏切り者〜!」
「って言っても僕は荷担してないから」
 それは爽やかな笑顔で切り捨てていた。






























夜会話:ハヤト☆

 くそぅ……腹減ったぁ……
 ガゼルの話に簡単に乗るんじゃなかった。
 おかげで悪鬼のごとく怒り狂うリプレに夕食抜きにされちゃうし……はぁ……

「生きてます?」

 ひょこっと屋根の上に誰かが現われた。
「うわぁ!」
 俺は驚いて身体を強張らせる。
 向こうも俺の驚いた声に驚いて動きが一瞬止まる。
 この世界に来るまで面識の無かった唯一のヤツにして、俺をやたら嫌っているリョウだった。
 最近は結構丸くなったけど、俺を嫌いなのは間違いない。
 なのに、なんでこいつが?
「トウヤたちじゃなくて悪かったですね」
 リョウは眉間に皺を寄せそう言った。
「エスパーかよ」
「顔に書いてあります。どうぞ」
 リョウは俺の隣に座ると何かを差し出した。
 それはパンと小さ目の容器に入れられたサラダだった。
「これって……」
「リプレには内緒ですよ」
 俺の反応が楽しいからなのか、リョウはくすくすと笑った。
 腹は確かに減っているので俺はリョウの好意を素直に受け取って俺はパンを口に頬張った。
「……うまい」
「それはこっそり持ち出してきた甲斐があったってことですね」
 もくもくと食べながら、ふっとリョウに視線を移す。
 そう言えば、なんで俺だけ敬語使われてるんだろう。
「どうかしましたか?」
 月を見上げていたリョウが俺の方を見て首を傾げる。
「あのさ、何で俺だけ敬語使ったり苗字で呼ぶんだ?」
「……言われてませんから」
「は?」
「名前で呼んでほしいとか、敬語を使うな、とか」
「でもガゼルとかエドスには普通に……」
「それは出会いが出会いでしたし、事後承諾済みですよ」
「なんだよ、それだけかよ」
 思わず肩の力が抜けた気がした。
「じゃあ、俺のことも今から名前呼びの敬語なしな」
 笑ってそう言うと、リョウは目を一杯に開いてものすごく驚いた顔で俺を凝視する。
「なんだよ」
「新ど……ハヤトがそんな事言うとは思ってなかったから。しかもすごい笑顔」
 驚いた顔が柔らかい微笑みに変わる。
「ちょっと、うれしいかも」
 はにかんだようなその笑みに心臓がどきりと跳ねた。

 ……ってちょっと待て!
 何故ときめく、俺!

「ハヤト?」
「な、なんでもない!」
「でも、顔赤いぞ?」
「平気、平気!さっさと部屋に戻ろうぜ」
「あ……うん」
 俺が女なら母性本能か?とでも思えるだろうが、俺は生憎男だ。
 ……恋?
 いやいやいや。俺、男。リョウも男!
 ない!ない!

 ……今度からは気をつけよう。



⇒あとがき
 やっとハヤトが夢主を意識するようになりました。
 でも意識するだけ、自覚なし。ハヤトファンの皆様。もうしばらくお待ちください。
 まだしばらく扱いひどいかもしれません。
20040514 カズイ
20080809 加筆修正
res

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