023.未来の過去

 母の親友。
 母・リィエルから受け継いだ記憶の限り、それに該当する人物は二人いた。
 ソミア、そしてアルディラ。
「ソミアさんが生きてるわけ……ない。だとしたら……アルディラさん?」
 布団をさらに引き寄せ、悪寒のする身体を毛布でくるんだ。
 あの儀式の場所で感じた憎悪の気によって身体のバランスが崩れたような感覚を覚えた。
 おそらくはそれによって風邪を引いたのだろう。元の世界であればよい薬があったが、この世界でそう優しいものはない。
 だがアルディラの知り合いであればこの悪寒から開放される可能性は高い。

―――コンコン
「どうぞ」
 扉が開き、オレンジ色の髪を二つに分けて結んでいる少女が入ってきた。
 だが少女の持つ雰囲気は普通の少女ではなく、随分と大人びたもの。リプレとはまた違う本当の大人。
 そしてその動作は些細なところまで精錬されている。かなりの腕の持ち主であることが瞬時に判断される。
 扉の向こうに青年を残し、待機するよう指示を出して扉を閉めた。

「はじめまして。と、言ったほうがいいですよね」

 灯りをつけ、第一声にそう言った。
 実に奇妙な表現である。
「私は帝国陸戦第4部隊隊長アリーゼ・マルティーニと申します」
 ゆっくりと歩み寄るアリーゼに、リョウはゆっくりと起き上がる。
「アルディラさんから薬を預かってきました」
「やっぱりアルディラさんか。目覚めてたんだ。……これって病気?風邪にしては酷すぎる」
「風邪は風邪ですが、それは病気の所為ではありません。あなたが大人になっていく証拠とでも言うんでしょうか……」
 アリーゼはリョウに断りを入れ、ベッドの横に座った。
「あなたは四つの血を持ち、多種の魂を覚え持っている人。だから成長の差がばらばらで予測できない。でも、二つだけ……悪魔の血と、融機人(ベイガー)の能力だけは私と会う頃に成長する。そう聞いています」
「アルディラさんから?」
「いいえ、あなた自身から」
 アリーゼの微笑みにリョウは眉間に皺を寄せた。

「私は四つ子の三番目に生まれた次女でした。兄弟四人そろって軍学校に入るために家庭教師を雇って勉強をしていました。でも私たちは家庭教師に反抗的な態度を取るので先生はころころとすぐに変わっていきました。ある日、軍学校に入学するために新しい家庭教師の先生と一緒に乗った船が海賊に襲われ、その時起こった嵐に巻き込まれて甲板にいた私たちは荒れ狂う海へと投げ出されてしまいました」
 アリーゼはどこか人事のように自分のことを語る。
 アルディラに触れるような個所はどこにも見当たらない。
「何が言いたいんですか?」
「今から20年ほど前、その嵐によって投げ出された私を助けてくれたのは海賊船にのっていたあなたでした」
「20年前に俺は生まれていない」
「でもたしかに私は会いました。あなたに―――リョウに」
 アリーゼの目が嘘を言っていないことくらい分かる。
 いくらリョウがサプレスの血を引いているとはいえ、リョウは人間の時間の流れで13年しか生きていないのだ。
 第一つい最近までリョウは名も無き世界で生活していたのだ。
 そんなことありえるはずがない。
「今のリョウはまだ私と出会ったリョウじゃないんです。いつか、あなたが私に会う日がちゃんと来ますから。その時とは今のリョウにとってまだ未来なんです」
「……俺にとっての未来?」
「そして、私にとっての過去です」
 アリーゼはうれしそうに微笑んでいたが、はっとして手に持っていたグラスをリョウに預け、鞄の中から紙袋を取り出してリョウへと差し出した。
「これ、抗体用の薬です。今までのあなたはシルターンの力が強く、そのために人と同じ時間の流れ、ないしそれ以上の速さで姿が成長していました。きっかけは私は知らないですけど、今はサプレスの力の一部とロレイラルの力が覚醒を始めたんです。それによって身体のバランスが崩れ、体調が崩れやすくなったり、魔力の消耗が異様に早くなったりするそうです。それに今後は融機人としての体質が目立つことになります。これはそれを少しでも押さえるためのものと言うことを覚えて置いてください」
「そういうことなんだ」
「ええ。一週間に一回。二錠を必ず飲むようにだそうです」
「ごめん」
「いえ、そう言うときはごめんなさいではなくありがとうなんですよ」
「じゃあ、ありがとう」
「とりあえず今日はこっちの風邪薬を飲んでください。リョウの体質に合わせて調合してますから、次に風邪を引いたときはこのシートの薬を飲んでください。もちろん抗体用の薬もちゃんと飲んでくださいね」
 アリーゼがわざわざ出してくれた風邪薬と抗体用の薬をリョウは水で飲み下し、残りの水もついでに飲み干した。
「あと一つ」
「ん?」
「もし、サプレスの力が完全に覚醒したら、その後はもう飲まなくても大丈夫ですよ」
「どうして?」
「四つの力のバランスだとか……何しろ20年近くも前の記憶なので、少々あやふやなんです」
「そっか……わかった」
「それで、今日はあなたの未来で約束通り、私の大切な人を連れてきました。でも、本人には言ってないからナイショですよ?」
 いたずらっ子のような笑みを浮かべたアリーゼに釣られてリョウも小さく微笑んだ。






























夜会話:レイド☆

 ふと、水を飲みに起きた私は外に光を見た。
 月の光に似ているけれど、それは空からではなく屋根からの光だった。
 私は外へと抜け出し、屋根へと続く梯子を上った。

「レイド?」

 上ってみれば、リョウが驚いた顔で私の方を見る。
「もう、大丈夫なのか?」
「あ……うん」
 リョウの隣に座り、リョウを見た。
 リョウの身体には綺麗な光の粒子がまとわりついていた。
「ああ、これはマナだよ」
 視線に気づいたリョウが説明をしてくれた。
「少しでも早く体力を回復しておこうと思って」
「……君は、病気だったのか?」
「あれを病気と呼ぶのなら、そうじゃないかな」
「わからないのかい?」
「成長期、みたいなものって言ったらいいのかな。身長が一気に伸びると身体がギシギシする〜みたいなヤツ」
「十分成長している気がするが?」
「外見はね。まだ中身がついてきてないんだ。……サプレスの力が完全に目覚めるまで戦力は当てにしないでいてほしい」
 俯いて、それ以上は何も言わないリョウの背を撫でた。

 リプレにたしか聞いたんだったな。リョウの年は外見とは不釣合いな13歳だということを。
 ハヤトたちよりもアルバたちとそう変わらないと言ったほうがいいかもしれない。
 親に頼ることのできない環境で、家族と呼べる他人との共同生活の中で育ってきた。
 精神的にも大人びていて、それでいて時折子どもらしいところを見せる。

「君はフラットの一員だ。だから、いつでも頼ってくれてかまわない」
「……ありがとう」
 リョウの肩が微かに震えて、泣いているのだと気が付いた。
 不安なのは、なにもハヤトたちだけじゃない。この子もきっと……



⇒あとがき
 よっしゃ、夢主の体質ネタバラシ完了!
20040512 カズイ
20080809 加筆修正
res

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