008.朝の散歩

 目を閉じていただけで、月がその姿を隠し始めるとすぐに部屋に戻った。
 日の出を見計らいリプレの手伝いでもしようと台所に向かった。
 しかし「お客さま」という理由で断られてしまった。
 仕方なくリョウは散歩に出ることにした。
 ある程度この街の地理を知る意味も込めて外に出たのだが、川の流れを聞きつけ歩いて向かった。
 じっと流れる川を見つめながら、膝を抱きかかえ目を伏せる。
 川の音が落ち着くのは、昔旅をしていた頃に川べりで生活をしていたからだろう。

「?」
 ふと変わった気配にリョウは顔を上げ、気配の方を見た
「……こんにちわ」
 突然振り返ったリョウに驚いたらしいその人物は柔らかに微笑んだ。
 一見、少女のように見えるが、おそらく少年だろう。
「こんにちわ」
 相手は、リョウから一人分間を空けて隣に座った。
「変わった服ですね」
「あー……そうだね。えっと、名前聞いていい?」
「カノンです。お兄さんは?」
「リョウ。……俺、多分お兄さんって言う年じゃないと思うけど?」
「そうなんですか?僕は17ですけど、お兄さんは?」
「やっぱりね。俺は13」
 カノンの表情が笑顔のまま固まった。
「えぇ!?」
 予想通りの反応にリョウはくつくつと笑った。
「だからさ、お兄さんじゃなくてリョウって呼んでほしいんだけど」
 そう言うとカノンは笑いながら首を縦に動かした。

「カノンはどうしてここに?」
「朝食が思いのほか早く作れたので、散歩に。リョウは?」
「俺はすることなくて散歩。……あのさ」
「なんですか?」
「聞いちゃいけないことだったらごめんな?カノンって鬼神の子?」
 カノンは瞠目する。
「わかるんですか?」
「リィンバウムの住人とは少し違う気配がしたから」
「確かに、僕は鬼神の子です。でも、半分は人間ですよ」
「うん。それもわかった」
「どうしてか、聞いても?」
 少し警戒したようなカノンにくすくすと笑った。
「俺が特殊だから気づいただけ。普通はわかんないよ」
「特殊?」
「そう。俺とカノンは似てるよ。俺、四分の一がシルターンの人間なんだ」
「リョウはまだ人間じゃないですか」
「言っただろう?特殊だって。……俺の身体には四つの血が流れていて、一番強いのは父方の祖父の血だ。多分、カノンよりたちが悪い化け物なんだよ」
 リョウはすくっと立ち上がり、砂埃を払う。
 もう人々は目覚める時間だ。
「また……」
「ん?」
「また、会えますか?」
「わかんないけど、しばらくはサイジェントにいると思う。……うん、会えるよ、多分」
 カノンは笑みを浮かべた。
「じゃあ、また今度」
 リョウはカノンに手を振って、南スラムへ向けて走っていった。

 フラットに戻ってきたリョウは、朝食が出来たとリプレに言われ、トウヤとハヤトを起こしに三人で使っている四人部屋へと向かった。
 右側にあるベッドの上がハヤト。下がトウヤ。
 左側にあるベッドの下にいるのがリョウ。上は鞄置き場と化している。
 部屋の扉を開けると、すでに着替えの完了したトウヤがハヤトを起こしているようだった。
「おはよう」
「おはよう。いつから起きてたんだ?」
「三時くらいかな。目が覚めたからそのまま起きてた」
「そうか」
「新堂さんはまだ寝てるのか?」
「ああ。なかなか手強くてね」
「ふーん。俺に任せてよ」
 トウヤは苦笑しながら梯子から降り、リョウが代わりに登った。
 リョウはにやにやと笑いながら、そおっとハヤトの鼻をつまんで、口に手を当てた。
「……リョウ?」
「し」
 気持ちよさそうに眠っていたハヤトの顔色が変わり、ジタバタと暴れ始めた。
「むぅぅぅぅ!!!」
 ぱっと手を離すと、ハヤトは飛び起きてゼイゼイと呼吸をした。
「おはようございます。新堂さん」
 リョウはこれでもかというくらいの愛想笑いを浮かべてハヤトに声を掛けた。
「お前は俺を殺す気か!!」
「そんな、これくらいで死んじゃうくらいならどうぞ死んでください」
「俺になんか恨みでもあるのかよ」
「昨日今日会った人間があなたごときに恨みなんて持つ訳ないじゃないですか」
「たしかに。……って、俺ごときってなんだよ!」
「あなたごときですよ。トウヤの方が何百倍も良い人ですし」
「お褒めに預かり光栄だね」
「いえいえ。トウヤは気に入っているので」
 腹黒いところが。
 心の中でだけ付け加え、リョウは梯子から降りた。
「二人とも準備ができたら広間に来いよ。リプレの朝食が待ってる」








「朝ご飯、どうだった?……たいしたもの作れなくてごめんね」
 リプレが申し訳なさそうに言う。
「そんなことない。おいしかったよ」
 たいしたことはないと当人は言うが、味も量も申し分なかった。
「そりゃあ、タダで食うメシだもんなぁ。味の文句なんか言える訳ねぇぜ」
 横からガゼルが辛辣な言葉を投げかけた。
 それにリョウはむっと眉を寄せた。
「本当においしかったからそう言っただけだ」
 ぴしゃりとそう言いきられ、ガゼルは舌打ちして部屋を後にした。
「やってられるか」
「ガゼル!……ごめんなさいね。後で叱っておくわ」
「いいよ。気にしてないし、ここに余裕がないことは気づいてたし」
 四人はリョウと同じようにリプレにお客だからと言って手伝いを断られ、子どもたちの相手をしているはずだ。
 リョウだけはそれを断り、リプレに話があったんで再び戻ってきたのだ。

「本当、ごめんね」
「いいよ。それで……これ、リプレに預けておこうと思って」
 リョウはポケットのケースの裏側に忍ばせていた金貨を五枚取り出し、リプレに渡した。
「なっ!?」
 リプレは手の上に載せられたそれに目を見開く。
「こんな大金預かれないよ!!」
「いつかこっちに来たときに使うようにって持たせてくれてたものだし、気にしないでよ」
「だめだめ!リョウのお金でしょう!?リョウが使わなきゃ」
「俺たちはこの世界では無力だ。トウヤたちにおいてはこの世界のことをまだ良くわかっていない。この世界に永住するにしても、当てもなく元の世界に帰る方法を探す旅に出るとしても、しばらくは確実にここにお世話になることになる。身の回りのものって意外にお金がかかるし、迷惑になるのは俺たちの方だから、受け取ってよ」
「リョウ……」

「って、綺麗にまとめてみたけどさ、本当は……買い物の仕方がわからないんだ」
「え?」
 苦笑するリョウにリプレは首を傾げた。
「母さんも父さんも買い物とかしたことがなくて、それで」
「リョウのご両親って、貴族なの?」
「貴族の子どもが、どうして召喚されるんでしょうか」
 謎々のように言うリョウに、リプレははっとする。
「それもそうね。……じゃあ、召喚獣だったの?」
「そう。それもちょっと特殊な護衛獣っていう奴。……この世界には不自由なので、一般常識とか、いろいろ教えてください」
「ふふ。リョウって変わってる」
「そうかなぁ……」
 二人はしばらく顔を見合わせていたが、どちらからともなく笑いあった。



⇒あとがき
 トウヤは腹黒だと思います。
 ていうか、腹黒じゃないと夢主にのちのちの利点が生まれないんで(笑)
20040502 カズイ
20070420 加筆修正
res

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