05.この先もお前から目が離せそうにない

「長次ー!私、卒業したら嫁ぐぞー!!!」
 機嫌よさげに教室に飛び込んできた#name1#に教室の空気が一気に凍りついた。
 昔から空気を読む気のない奴だとは思っていたが、今の大声はこの階―――上級生の教室には確実に響き渡っただろう。
 思わず額を押さえ、溜息を吐いた。
 ことりと先生の手からチョークが落ち、皆もその音ではっと我に返る。
「……#name1#、授業中だ」
 いつものように小声だと言うのに静まり返った教室には妙に静かにその声が響いたような気がする。
「すまんすまん!」
 遠い距離に立つ#name1#は難なく音を拾い上げ、からりと笑って教室へ入ると先生が落としたチョークを拾い上げた。
「はい先生。授業遅くなってごめんなさーい」
 謝る気があるのかないのかわからないのんびりとした謝罪の後、#name1#は機嫌良さそうに俺の隣に座った。
 皆、今の話はいつもの#name1#の勘違いによる発言だろうと解釈してぎこちなくではあるが授業へと戻ろうとした。
 だがそれを許さなかったのは隣の教室で授業を受けているはずの文次郎だった。
「嫁ぐとはどういう事だー!!!」
「文次、今は授業中だぞ!」
「堂々と遅刻してきたお前が言うなバカタレィ!」
「喧しいなぁ。言葉通りだ!昨日の事謝りついでに会いに行ったら嫁に来てくれますか?って言われたからおう!って答えただけだ」
「それ可笑しいだろ!そうだ、幻聴か!?幻聴なんだろ!?」
「違う!なんなら今から確かめに行くか!?」
「おもしれえ、確かめてやろうじゃねえか!!」
 馬鹿な遣り取りに俺は縄標を構えて投げた。
―――ヒュンッ
「うわ?!」
「うおっ?!」
 二人は間一髪で避けたが、俺は口元がにへらと歪むのを感じながら二人を睨んだ。
「今が授業中だ」
「「はい」」
「ほら、戻るぞ親父気取り」
「誰が親父気取りだ」
 迎えに来たらしい仙蔵と共にい組の教室へと戻って行った。
 その背に何故か暗雲を背負いながら。
 ……そうか、あいつは父親気取りだったのか。そうかそうか。
 この面倒を押し付けても問題ないか?……と思ったのは俺だけ……だろうな。


  *    *    *


「で、結局うまくまとまった、と言う事でいいのかな?」
 食堂でぱくぱく二膳目の食事に手を掛ける#name1#はこくりとだけ頷いてそのまま食事を続けた。
「あの尾浜が落ちたか……流石#name1#」
「いや、どうやってこの男らしい#name1#に惚れられるのか俺は尾浜に問いたいな」
 伊作と違い、さも不思議そうに留三郎はじろじろと#name1#を見るが、#name1#は気にした様子がない。
 恐らく俺たちの中で一番#name1#を男として見ているのは留三郎だ。
 そのため他の学年は#name1#が女だと気付かないのだと思う。
 後は文次郎と伊作の努力か?
 仙蔵は何時も少し後ろでけらけら笑ってる割に#name1#の暴走の一番の被害にあっているな。
「長次ー、卵焼き頂戴?」
「だめだ」
「ケチー」
「いっそもう一膳頼め。どうせ足りないんだろう?」
「まあね。おばちゃーん!B定食後で頼むから準備しといてー!」
「はいよ」
 呆れたように、けど笑いながら返事をするおばちゃんに#name1#はにっと笑い返した。
「#name1#」
「ん?何?」
「尾浜にはあの事は話したのか?」
「あの事?」
「前の事」
 そう言えば#name1#は納得したらしく、箸を咥えたままうーんと小さく唸った。
「ちらっと話したよ。気付いてはなかったけど」
「ちらっと?」
「間違って前のって言ったけど気付いてなかったから……うん、いつかは話すよ」
 咥えていた箸でご飯を掬うと口の中に放り込んだ。
 子どものように無邪気な#name1#の一瞬だけ変わった表情は、誰に気づかれることなく消えた。
 #name1#が生まれた時に自分で決めたのだと言っていた。
 前の世の記憶があることを忘れたようにして、今をきちんと生きるのだと。
 夫婦になるのならばその秘密を墓まで等とは言えないだろう。
 #name1#は忘れようとしているだけであって実際記憶がそう簡単に消えることはなく、誰かの命を奪って立っているその場所を#name1#は時折嫌悪して泣くのだから。
「何があっても二人で乗り越える!それが夫婦だろう!!」
 自信満々に言い切るのはいいが、この後の収集は誰が付けると思っているんだろう、#name1#は。
 俺はふうと溜息を吐きながら、これからの事を思うのだった。

 #name1#の事は好いている。
 一人の男として。けれどそれ以前に一人の友として。
 だからこそ、この先もお前から目が離せそうにないなと俺は笑うしかないのだ。


⇒あとがき
 終わったー!!!
 お題ならぬ弟の言葉一つで決まった相手役&面倒見る人でしたが、いやあ楽しかった。
 ふと浮かんだ話を経った二日で纏める当たり気合入り過ぎだとは思ったんですが、成り代わりも一度はやってみたかったんですよね。
 意味も分からず協力してくれた弟に最大の敬意を表して敬礼!!←何かおごっちゃれよ社会人
20101106 初稿
20220709 修正
res

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