01.俺の目の届く範囲にいてくれ

 七松#name1#と言う少女と出会ったのは、今から五年前。忍術学園の入学時の事である。
 鼻歌を歌いながら名前を書いていた#name1#は無言で後ろに立った俺を見るなり「うおっ!お前デカイな!!」と大きな声で叫んだ。
 学園に来る途中で泥にでも塗れたのか泥だらけの恰好でにかりと笑った#name1#を初め、子猿のような奴だと思った。
 実際、五年経った今も子猿のようにしか思えなかった。
 授業中に日差しが温かかったと堂々と昼寝をしたり、気が向いたと突然塹壕を掘り始めたり、走り足りないと叫んでは突然裏裏裏山辺りまで走って戻ってきたり、そうして腹が減ったと毎食俺の倍は食う。
 とても少女とは思えない外聞を気にしない様子に同級生で俺以外に#name1#が少女だと知る奴らは皆たまに#name1#が女であることを忘れる。
 俺自身もたまに忘れそうになるのは#name1#自身が自分が女であると言う事をまったく意識していない所為だからかもしれない。
 今までであればそれで許されたかもしれない。
 だが、十五となった#name1#も流石にそうはいかなくなったらしい。

「……おお!」

 実家からの文を見つめ突然声を上げた#name1#に俺は首を傾げた。
 何やら感嘆の声を上げているところを見ると目出度い事でもあったのだろうかと本から顔を上げる。
 #name1#は俺と視線が会うとにかりと笑った。
「ちょっと仙ちゃんの所に行ってくる!」
「?」
「私に縁談だって!面白いから報告してくるー!」
 いけいけどんどーん!と部屋を飛び出していった#name1#に数拍遅れて本を閉じて後を追いかけた。
 #name1#の実家はそう裕福な家ではないと言う。
 学園に入学するのもなけなしのお金を叩いたのだと言っていた#name1#はその言葉通りに二年生に上がる頃に奨学金目当てで試験を受けたり、自分の食べる分くらいはと休みの度にバイトに行っていた時期もあった。
 そんな#name1#に縁談話と言うのは少々妙な話だ。
 #name1#はもう十五。嫁ぐ話を出すにしては少々遅い気がした。
 よっぽど良い縁談が飛び込んだのだろうか?……あの#name1#に?
「仙ちゃーん!」
 勢いよく仙蔵の部屋の戸を開け放った#name1#目掛けて宝禄火矢が飛ぶ。
 しかし#name1#はそれをひょいっと避けると、背後で長屋に戻ろうとしていたのであろう伊作が吹き飛ぶのを無視して先ほどの文を仙蔵につきだした。
「いきなり人の部屋を」
「仙ちゃん見て見て!」
「ぶっ」
 仙蔵の言葉を遮るように部屋の中に入って文を押し付ける……と言うよりも顔に叩きつけた。
「……#name1#、それでは読めない」
 ぼそぼそと小声で告げれば、#name1#は「そうだな!」と笑って文を改めて仙蔵に「はいっ」と渡した。
「私に縁談だって!」
「は?」
「お?なんだ文次、いたのか?」
「居たよ!って言うか誰が見合いだって?」
「私!なんかね、母ちゃんの姉ちゃんの子どもがね、年頃だからどうかーって!」
「それお前相手は娘さんじゃねえのか?」
「お前仮にも女だろうに……」
 俺も思わずこくりと頷いたが、#name1#はなんでだ?とばかりに首を捻っていた。
「年頃つったら女が相手だろ。で、お前の性別は?」
「そんなもの女に決まってるだろ?徹夜のし過ぎでついにボケたか文次」
「違ぇよ!!」
 文次郎は思い切り突っ込んだ後深々と溜息を吐いて俯いた。
 わかるぞ、文次郎。俺も脱力した。
「じゃあこれ断りの文書かなきゃいけないのか?うーん……でも確かあいつちゃんとちんちんついてたぞ?」
「女の子がち、ちんちん言うな!」
「お前が照れるなキモん次」
「喧しい!!」
「喧しいのはお前だ。まったく……」
 仙蔵はふうとため息を吐くと改めて#name1#に向き直った。
「#name1#は相手を知っているのか?」
「小っちゃい時にあったっきりだから向こうも私の事は覚えてないと思うけどな!」
 にかりといつものように笑う#name1#はとても年頃の娘らしくない。
 忍術学園に入って治ったものと言えば力の制御の仕方と体力の発散方法位ではないだろうか。
「うん?でもそう言えば……」
 ふと#name1#は腕を組んで首を傾げる。
 それっきり黙った#name1#は宙を仰ぎ見て、そのまま後ろ向きにぱたりと倒れ込んだ。
「おい、#name1#?」
「……あああー!!!」
「な、なんだ!?」
「名前!」
「は?」
「名前思い出せなかったんだけど、思い出したんだよ!」
「ほう?それで、名は?」
「勘ちゃん!五年い組の尾浜勘右衛門だ!私ちょっと行ってくる!!いけいけどんどーん!!」
「「はあ!?」」
 言うが早いか#name1#は走り出してしまった。
 まさか出てくるとは思わなかった名前に俺は目の前が真っ白になった。
 五年い組で学級委員長を務める尾浜勘右衛門はちょっとした有名人である。
 成績は座学に優れ実技は中の上と言う努力型の人間であるが、優しい性格からか後輩に好かれており、面倒見もいい。
 学級委員長委員会の一員らしく楽しいことが好きと言う面もあるのだが、それ故か女遊びが激しいのだ。
 今まで何か大きな騒動になったことはないが、同じ女と一緒に居る様子を見たことがないのだ。
 悪い奴ではない。
 だがそんな奴にここまでまっすぐ育てた#name1#を渡してよいものだろうか。いや、よくはない。
 俺はすっと立ち上がると、仙蔵と文次郎に「すまん」と言い残して#name1#の後を追った。
 この学園で#name1#の足に追いつける者など限られている。
 数拍でも後を追うのが遅れればその姿など当然見えるはずもなく、逆に尾浜が居るであろう場所へ向かった方が早いだろう。
 そう思って五年生長屋へと足を向けた瞬間、五年生長屋から悲鳴が上がった。
「人攫いー!?」
 と。聞きなれた後輩の声。
 俺は思わず「くっ」と呟き目頭を押さえてしまった。
「頼むから俺の目の届く範囲にいてくれっ」


⇒あとがき
 お母ちゃん(長次)は娘(夢主)の暴走に泣きそうです。と言う話。
 ちなみに相手は弟に以下の問題を出して決めました。

Q.1 3〜6から好きな数字を選べ。
A.1 昨日は3だったから5
Q.2 では、いとは。どちら?
A.2 い。
Q.3 豆腐と饂飩。どちらが食べ……いいですか?
A.3 ……饂飩?

 弟、最終的にいぶかしんでました。そりゃそうだ。
 ちなみにこの前日に何の絵を描くかを似たような感じで質問して藤内になりました。うふふふ。
20101105 初稿
20220709 修正
res

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