06.覚醒の瞬間

「きゃあああ!」
 突然の悲鳴に四人の顔つきが変わる。
 心斎橋筋と書かれた看板のある低い建物の上にゴーグルを当てた集団が現れた。
 その下にはもう一組、作業服姿の青年たちの集団があった。
 年代的には二つとも若く、同じ位だろう。
「今度こそお前らぶっ潰してこの界隈は俺たちがもらう!」
 作業服の青年たちが宣言すると笙悟がデスサインを出す。
「かぁっこいい!」
「またナワバリ争いだー!」
 のんびりと呟くファイとは対照的に人々は慌ててその場から退避していく。
 またと言うだけあって、避難する側も慣れたものだ。
「このヤロー!特級の巧断憑けてるからっていい気になってんじゃねえぞ!」
「始まりますね」
 麻里亜がそう呟くと同時にリーダー以外の青年達が巧断を発動させる。
「え!?」
「あれが巧断か」
「モコナが歩いてても驚かれないわけだー」
 のんきに話している二人の側にモコナはいない。いつの間にかはぐれたようだ。
 小さく溜息をつき、麻里亜は笙悟を見上げた。
 作業服のリーダーらしき人物が巧断を笙悟にむける。
 だが、それは笙悟の巧断に弾き飛ばされてしまう。
 水が作業服の男達を襲う。
 近くにいた人がそれに巻き込まれ、一人の少年が水にすべった。
「危ない!!」
 言うが早いか、小狼は走り出し、少年と少年の近くにいた中国服のもう一人の少年を身を挺してかばった。
 その後ろには突然現れた炎が盾となって水を蒸発させる。
 炎は一角獣の狼―――レイアースに姿を変える。
「おまえの巧断も特級らしいな。……炎を操る巧断か。俺は水で、そっちは炎。おもしれぇ」
 笙悟の巧断が水泡を打つと、再び小狼の巧断である炎がそれを阻む。
「俺は浅黄笙悟だ。おまえは?」
「……小狼」
「おまえ、気に入った」
 警察が来ていないことに気づいた麻里亜が口を開く。
「笙悟さーん」
「……お前は……」
「また、会いましたね」
 にやりと意地悪く麻里亜が笑うと、笙悟は昨日の言葉の意味を思いだらしく、同様ににやりと笑った。
「今日も散歩か?」
「今日は阪神共和国見物です。だから、見逃してください」
「今からいいトコなんだぜ?」
「だって、警察が来ますもん」
 ようやく辿り付いた警察の方を指差し、麻里亜はため息をついた。
「みたいだな。ヤローども!散れ!!」
「FOWOOO!!」
 手下が同意して走り出すと、笙悟も背を向けた。
「次会ったときが楽しみだぜ!」
 看板の上を蹴り、笙悟は飛び去っていった。
 レイアースは火の玉に姿を変え、すうっと小狼の中へと消えていった。
「……おれの中に……入った?」
「すごかったねー、さっきのは小狼君が出したのかな?」
「今のも巧断か?」
「良くわからないんです。でも、急に熱くなって……怪我はないですか!?」
 小狼ははっとして背後の二人を振り返った。
 聞かれた少年は、首を縦にこくこくと動かした。
「よかった、君もだいじょう……」
 言葉を掛けようとすると、少年の傍にいたもう一人の少年がふっと姿を消した。
「ええ!?消えた!?」
「あー、あの子も巧断なんだー」
「なんでもアリだな、巧断ってのは」
「そういえば、うちの巧断みたいなのはどこ行ったのかなぁ」
「ハッ……モコナ!」
「あー大方その辺で踏み潰されてんじゃねぇか?饅頭みたいによ」
「あっちにいますよ」
 きょろきょろと辺りを探していた麻里亜は、ようやく見つけたモコナの方を指差した。
 モコナは女の子たちにかまわれ、楽しそうだ。
 どうにか返してもらうと、モコナは小狼の頭の上へと移動した。
「モコナはどこにいたの?」
「黒鋼の上にいた。そしたら落とされた。……そう!モコナさっきこんな風になってたのに!」
 聞いて聞いてとモコナがした顔はサクラの羽根が見つかったときの反応だった。
「さくらの羽根が近くにあるのか!?」
「さっきはあった。でも、今はもうかんじない」
「誰が持ってたか分かったか!?」
「分からなかった」
 モコナは小狼の手の上に移動し、体を横にゆすった。
「……そう……か」
 寂しそうな小狼同様にモコナがしょんぼりとする。
「うーん、さっきここにいた誰かって条件だとちょっと難しいなぁ。多すぎるし」
「でも、近くの誰かが持ってるって分かっただけでもよかったです。また何か分かったら教えてくれ」
「おう!モコナがんばる!」
 胸をどんっと叩き、再び小狼の頭の上に移動する。
「あの、あの!さっきは本当にありがとうございました。僕、斉藤正義といいます。お、お礼を何かさせて下さい!」
「いや、おれは何もしてないし」
「でも、でも!」
「お昼ご飯食べたい!おいしいとこで!!」
「せっかくなら本場のモダン食べたいでーす」
「え?」
「教えて!」
「はいっ」
 正義の顔がぱあっと明るくなり麻里亜も同じように微笑んだ。
「じゃあ、こっちです」

 正義についてくと32番街と言う所に入った。
「ここ?」
「はい」
 店内に入ると六人席に案内され、店員が五つ、お好み焼きの材料を鉄板に並べていく。
「これって……」
「僕、ここのお好み焼きが一番好きだから!」
「おこのみやきっていうんだ、これ。でもさっきモダン焼きっていってなかった?」
「それはお好み焼きの種類」
 麻里亜が言うとファイは納得したようで、頷いた。
 ちなみに麻里亜の席は小狼の隣、ファイの前だ。
「お好み焼きは阪神共和国の主食なのに、知らないってことは、外国から来たんですか?」
「んー、外といえば外かなぁ。……いつもあそこの人たちは暴れたりするの?」
「あれはナワバリ争いなんです。チームを組んで自分たちの巧断の強さを競ってるんです」
「で、強いほうが場所の権利を得る、と」
「でも、あんな人が多い場所で戦ったら他の人の迷惑が……」
「そうだねぇ。現に正義君も危なかったもんねぇ」
「あれは僕がどんくさいからです!」
 お好み焼きをじっと見詰める黒鋼の頭の上でモコナがお好み焼きの歌を作って歌っている。
「あの……悪いチームもあるんですけど、いいチームもあるんです!自分のナワバリで不良とかが暴れないように見回ってくれたり、悪いことするヤツがいたらやっつけてくれたり」
「自警団みたいなものなんですね」
「さっきのチームはどうなったのかなぁ」
「帽子かぶってたほうは悪いヤツらなんです!でも、あのゴーグルかけてたほうは違うんです!他のチームとのバトルの時ちょっと建物壊れたりするんで大人のひとは怒るけど、それ以外の悪いことは絶対しないし、すごくカッコいいんです!特にあのリーダーの笙悟さんの巧断は特級で、強くて大きくてみんな憧れてて!」
 いつの間にか立ち上がって熱演していた正義だったが、はっとして顔を赤くしながら座り込んだ。
「す、すみません!」
「憧れのひとなんだねぇ」
「は、はい!でも、小狼くんにも憧れます」
「え?」
「特級の巧断がついてるなんてすごいことだから」
「さっきのゴーグルチームのリーダーっぽいのもそんなこと言ってたなぁ」
「それ、なんなんですか?特級とかって」
「巧断の『等級』です。四級が一番下で、三級、二級、一級と上がっていって、一番上が特級。巧断の等級付け制度はずっと昔に国によって廃止されてるんですけど、やっぱり今も一般の人たちは使ってます」
「じゃあ、あのリーダーの巧断ってすごく強いんだ」
「はい。小狼くんもそうです。強い巧断、特に特級の巧断は本当に心が強い人にしか憑かないんです。巧断は自分の心で操るもの。強い巧断を自由自在に操れるのは強い証拠だから……憧れます。……僕のは……一番下の四級だから」
「正義君……」
「でも一体いつ小狼君に巧断が憑いたんだろうね」
「そういえば、昨日の夜夢を見たんです」
 うずうずとしていた黒鋼が篭手でお好み焼きを持ち上げると大きい声が響いた。
「待った!!!」
 声の方を見た瞬間、小狼が叫んだ。
「王様、と神官様!?」
「……桃矢さん」
 ぽつりと呟いた麻里亜の声は、小狼の声にかき消されて二人に届くことは無かった。
「お……王様!どうしてここに!?」
「はぁ?……誰かと間違ってませんか?俺はオウサマなんて名前じゃないですけど」
「え?」
「お客さん、こっちでひっくり返しますんで、このままお待ち下さ……麻里亜?」
 驚いたように桃矢は麻里亜を見た。
「あ、スイマセン。知り合いに似てたんで」
 隣にいた雪兎が変わりにフォローする。
「い、いえ」
 麻里亜は必死に笑みを浮かべて気にしていないという風に言うと、雪兎が桃矢を引っ張る形で席から離れた。
「王様って、前いた国の?」
「はい……」
「で、隣の人が神官様か」
 二人が離れたことで、麻里亜はようやく息をつくことができたという気分だった。
「次元の魔女が言ってたとおりだねぇ。「知っている人、前の世界であった人が別の世界では全く違った人生を送っている」って」
「ならあの二人はガキの国の王と神官と同じってことか」
「同じだけど、同じじゃない、かなぁ。小狼くんの国にいた二人とはまったく別の人生をここで歩んでるんだから。でも、言うなれば「根元」は同じ、かな」
「根元?」
「命のおおもと。性質とかー、心とかー」
「「魂」ってことか」
 ふっと小狼は考え事をはじめ、ファイは麻里亜に視線を送った。
「あの人の言ったことが本当なら麻里亜ちゃんがこの世界のどこかにもいるってことだよね。麻里亜ちゃんの世界にもあの人いたの?」
「いたといえばいましたけど……」
 曖昧に答え、麻里亜は視線で桃矢を追いかけた。
「恋人、だったり?」
「ち、違いますよ!!」
 顔を赤くしながら否定しても無意味だと思い、顔を伏せていると、桃矢が席に現れお好み焼きをひっくり返していく。
 桃矢の作業が終わると、麻里亜はその背を視線で追いかけた。
「麻里亜ちゃん、小狼くん、なくなっちゃうよ?」
「「はい」」
 二人して同時に答え、あわてて割り箸を割る。
「いただきます」
 両手を合わせ、食べ始める麻里亜をファイが不思議そうに見る。
「なんですか?」
「ん〜?麻里亜ちゃんって「おはし」使うのうまいなぁって思って」
「まぁ、和食好きなんでお箸はよく使いますよ」
「和食?」
「主に嵐さんが作ってくれた朝食みたいなものです」
 ファイのおかげで桃矢に視線を送らずに済み、落ち着いてお好み焼きを食べることに集中できた。



⇒あとがき
 私も桃矢がすきなんで……。けど、声優に惹かれたので、アニメのほう。
20040810 カズイ
20070412 加筆修正
res

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