02.必然の羽根

 麻里亜は玄関入ってすぐの四畳半の部屋に敷かれた布団の上で眠る小狼とサクラの濡れた体を拭く。
 雨に濡れたといっても、一番濡れていなかった麻里亜は制服の上を軽くタオルで擦っただけですぐにその作業に没頭した。
 その助手はモコナだ。
 コートを干すだけという作業で終わったファイは、今は席を外している空汰に事情を説明した後から手伝っているが、黒鋼は自分を拭くだけ拭いて、部屋の隅で麻里亜を睨んでいる。
 麻里亜はそれに気づきながらもあえてスルーすることに決め込んだ。
「起きないね」
「そうだね」
 モコナの言葉に相槌を打ちながらサクラの頬を拭った。
「大きい二人に違和感はあるけど、どこの世界も二人はラブラブだなぁ……」
 目を細め、しっかりとサクラを抱きしめる小狼を見た。
 あまりのかわいさに小さく笑みを浮かべながら作業を続けた。
 その時、小狼が眉根を寄せ始めた。
「モコナ、小狼の顔拭いてあげて」
「わかったの」
 モコナが小狼に手を伸ばした瞬間、小狼の目が突然開く。
「ぷう、みたいな」
「さ……くら……」
「……ツっこんでくれない」
 小狼の頬を拭きながら、モコナが泣きまねをする。
 そんなモコナをファイが抱えあげた。
「あ―――目が覚めたみたいだねぇ」
 膝の上に置き、にこにこと小狼を見下ろす。小狼は小狼で、はっとして上体を起こす。
「さくら!」
 自分の腕の中にサクラがいるという事実に気づき、ほっと息をついたが、すぐに険しい顔に変わった。
「一応拭いておいたんだけど」
「モコナもふいたー!」
「私も拭きました」
「寝ながらでもその子のこと離さなかったんだよ。君、えっと……」
「小狼です」
「こっちは名前長いんだー。ファイでいいよ」
 自分を指差しながらファイが話している間にモコナは移動を開始する。
「で、そっちの黒いのはなんて呼ぼうか」
「黒いのじゃねぇ!黒鋼だ」
「くろがねねー」
 モコナは黒鋼の膝の上にぽすっと乗った。
 その様があまりにもかわいくて思わず麻里亜はくすくすと笑っていた。
「君は?」
「水梨麻里亜です。呼び方は麻里亜で結構です。それでなくても呼びづらいでしょうし」
 小狼に頭を下げると小狼も小さく頭を下げ返してきた。
「さてと、ちょっと失礼しますね」
 小狼の背中。マントの内側に手を伸ばす。
「あれ?」
 すかっと手は空気を掴んだだけだ。
 首を傾げた麻里亜の後ろからすっと手が伸びる。
「んー、これぇ?」
 ファイがへらっと笑うと、羽を手にした手を小狼に見せた。
「あの時飛び散った羽根だ。これが、さくらの記憶のカケラ」
 小狼の呟きに、麻里亜はずっと握ったままで、横によけていたハンカチを一緒に差し出した。
「私も拾ったんです。記憶のカケラを」
 ハンカチを開いて、小さな羽根を出し、一緒にサクラの胸元へ置いた。
 すると、羽根はサクラの中へすうっと飲み込まれた。
「体が……暖かくなった」
「今の羽根がなかったらちょっと危なかったね」
「おれの服に偶然ひっかかったから……」
「この世に偶然なんてない。ってあの魔女さんがいってたでしょ。だからね、この羽根も君がきっと無意識に捕まえたんだよ。その子を助けるために」
 すごくまじめな話。
 それを一転させる一言をファイは付け加えた。
「なんてねー、よくわかんないんだけどねー」
 へにゃんと笑うファイに思わず肩ががくっと落ちた。
「私がこれに導かれてあそこに行ったのも偶然じゃなくて必然だって言ってましたもんね」
「けど、これからはどうやって探そうかねー」
「モコナ分かる!」
 手を上げながら飛び上がったモコナが小狼の上に移動する。
「え?」
「今の羽根すごく強い波動出してる。だから近くなったらわかる」
 くるくると回るモコナをかわいいなぁと思いながら見ていたのは失敗かもしれない。
「波動をキャッチしたら……モコナこんな感じに、なる!」
 めきょっと目を大きく開いて顔をぴちぴちと叩く。
「げっ!」
「ひっ!」
 黒鋼の声と、思わず重なった声。
 麻里亜は黒鋼同様準備できていなかった心臓を押さえて、動悸が落ち着くのを待った。
「だったらいけるかもしれないね。近くになればモコナが感知してくれるなら」
「教えてもらえるかな。あの羽根が近くにあった時」
「まかしとけ」
「……ありがとう」
 胸を叩いて威張るモコナに小狼が感謝の言葉をかける。
「おまえらが羽根を探そうが探すまいが勝手だがな、俺にゃあ関係ねぇぞ。俺は自分がいた世界に帰る。それだけが目的だ。お前たちの事情に首をつっこむつもりも手伝うつもりも全くねぇ」
「はい。これはおれの問題だから迷惑かけないよう気をつけます」
 その言葉に黒鋼はあっけに取られ、すぐに舌打ちをして目をそらした。
「あははははー、真面目なんだねえ小狼くん」
「そっちはどうなんだ」
「んん?」
 黒鋼の言葉にファイは首をかしげる。
「そのガキ手伝ってやるってか?」
「んー、そうだねぇとりあえずオレは元いた世界に戻らないことが一番大事なことだからなぁ……。ま、命に関わらない程度のことならやるよー。他にやることもないし」
「お前は?」
 黒鋼の視線が自分に向かったことに麻里亜は驚いた。
「私ですか?」
「お前以外に他に誰がいる」
「まぁ、たしかに。……そうですね……私は黒鋼さん(言い辛っ)同様、元の世界に帰らないといけないんでしょうね。一応望んで来たわけじゃないし」
「手伝うのか手伝わないのか聞いてるんだよ」
「まぁまぁ、そう短気にならないでもー」
「てめぇは黙ってろ。お前はちょっと妙なんだよ。俺の、いや、俺たち全員の名前を名乗る前から知ってたし、他にも……」
「そのことについてはノーコメントです。沈黙を貫きます。……手伝うか手伝わないのかに関しては手伝うとしか言い様がありませんね。理由はファイさん同様。命に関わらなければ別に手伝ってもいいんじゃないですか?旅は道ずれ世は情けって言うじゃないですか」
「知らねぇよ」
「まぁ、そりゃそうでしょうね。別の世界の言葉なんですから。でも、この中でいえば一番文化が近いのは私と黒鋼さんですから」
「あぁ?」
 分からないといった様子の黒鋼が聞き返そうとするが、それよりも先に部屋の扉が開く。
「よう!目ぇ覚めたか!」
 大きな皿を持った空汰とお茶を載せたお盆を持った嵐が部屋に入ってきた。
「んな警戒せんでええって、侑子さんところから来たんやろ」
「ゆうこさん?」
「あの魔女の姉ちゃんのことや。次元の魔女とか極東の魔女とか色々呼ばれとるな」
「これ」
 嵐が小狼に掛け布団を渡し、サクラにかぶせる。
「わいは、有洙川空汰」
「嵐です」
 嵐がぺこりと頭を下げる。
「ちなみにわいの愛する奥さん。ハニーやから、そこんとこ心に刻みまくっといてくれや」
 嵐は空汰を無視してお茶を渡していく。
「つーわけでハニーに手ぇ出したらぶっ殺すでっv」
 語尾にハートマークがついているが物騒な言葉だ。
「なんで俺だけにいうんだよ!!」
「ノリやノリ。でも本気やぞ」
「ださねぇっつの!!」
 笑顔で親指を立てている空汰に黒鋼がマジ切れをする。
「さて、とりあえずあの魔女の姉ちゃんにこれ、預かってきたんやな」
「モコナ=モドキ!」
「長いな、モコナでええか」
「おう!ええ!」
「事情はそこの兄ちゃんらに聞いた。主にそっちの金髪のほうやけどな」
「とりあえず兄ちゃんらプチラッキーやったな」
「えーっと、どのへんが?」
「モコナは次に行く世界を選ばれへんねやろ?それが一番最初の世界がココやなんて幸せ以外の何もんでもないんで」
 空汰の手が窓にかかり、横向きに開かれる。
「ここは阪神共和国やからな」
「ぅわー、本当に阪神一色……」
 のんびりと麻里亜が呟くと空汰は少し驚いた顔をした。



⇒あとがき
 Xは映画の本を見たのと、コミックもちょっと。
 そのくせこの話に神威か譲葉を絡ませようと考えるあたり、無謀だ(汗)
20040802 カズイ
20070821 加筆修正
res

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