33.異世界の魂

「んーっ。いい天気だねー」
 ぐっと背を解す様に伸ばした後、ファイがへらんと笑いながら麻里亜に声を掛けた。
「そうですね。晴れてよかったです」
 もし仮に雨が降っていたならば舗装されていない道が多いこの辺りは少々面倒な事になっていただろう。
 幼い頃であれば長靴を履いて楽しく遊んだものだが、成長した今となっては泥道は少々遠慮したいものがある。
 今日の黒鋼とファイの二人は阪神共和国に居た頃とそう変わらない服装をしている。
 思わず阪神共和国に居た頃を思い出してしまう黒鋼の服装に麻里亜はくすりと笑った。
「何が可笑しいんだよ」
「いえ、阪神共和国に居た時の事を思い出して……ふふ」
 笑いを堪えながら歩く麻里亜に黒鋼は更に眉根に皺を増やしたが、すぐに「ああ」と呟き、上下共に黒い己の服装に阪神共和国でのやり取りを思い出す。
 だが思い出したからと言って不機嫌なのは変わらなかった。
「それにしても変だよねー」
「なにがですか?」
「そんな魔道具があるのにどうして見つけられないんだろうね」
「羽根が関係してるかもって事ですか?」
「そうとは限らないけど……」
 ファイは不意に空を見上げた。
「もしかしたら面倒を押し付けられちゃったのかもね」
「あいつならやりそうだな」
 けっと黒鋼が吐き捨てるように言った。
 間に挟まれて歩く麻里亜は思わず首を傾げた。
「あいつって、甲陽叔父さんですか?」
 そう問うてみたが黒鋼は視線を逸らし、ファイはへらんと笑うのみで答えらしい答えはくれなかった。
 無言は肯定と言う事ろだろうか。麻里亜は二人の様子に思わず溜息を零した。
 三人の間に何があったのかはわからないが、とりあえずあの剣舞の後で何かがあったのだろう。
 蚊帳の外と言うのは少々複雑ではあるが、聞くのは何となく怖いので麻里亜は深くは突っ込まなかった。
「あ、この先みたいです」
 麻里亜は立ち止まり、羅針盤の持ち主である麻里亜にしか見えない光の先を見上げた。
 丹下神社と書かれた赤い鳥居とその奥へと続く長い階段。神社を囲む様に広がる鎮守の杜の木々は青々と生い茂っていた。
 それは幼い頃に何度か訪れたことのある神社だ。
 従弟の二人と毎年誰が一番早く神社まで辿り着けるか競争をしたこともある。
 懐かしさに目を細めた麻里亜はペンダントを服の中へと仕舞い込んだ。
「競争しましょうか」
「え?」
「ああ?」
「真ん中は通っちゃだめですからね。行きますよ!」
 麻里亜は早い者勝ちとばかりに走り出す。
 慣れた階段の左側を一段飛ばしに駆け上がる。
 元々の体格差が違いすぎるファイと黒鋼の二人はあっさりと麻里亜に追いついたのだが、二人は麻里亜を追い越さずにただその後ろを追走してきた。
 従弟たちであれば麻里亜を追い越して先についたりしていたのにと、思わず可笑しくなって麻里亜は笑いながら最後の一段を飛び越えた。
 石畳の参道を踏みしめた麻里亜は、思わず足を止めて走ってきた階段を見下ろす。
 鎮守の杜の隙間、鳥居の間から見えた懐かしい過去の街並みには思わずぐっと込み上げてくるものがあった。
「……麻里亜ちゃん」
 ぽすんとファイの手が麻里亜の頭を撫でる。
「泣きたかったら泣いていいし、笑いたくなかったら笑わなくていい……ですよね」
「うん」
「大丈夫ですよ」
 言えないと言うよりも、ファイや黒鋼には知られたくない。
 麻里亜はそう思って笑みを浮かべた。
「ほんの少し、こことは時間の違う……元の世界が恋しくなっただけですよ」
 本当で、本当じゃない事を口にした麻里亜はずきりと胸が痛むのを感じたが、それを無視するように再び神社に向き直った。
「ささ、行きましょう!」
 レッツゴー!と握り拳を作った右腕を空へと突き上げ、麻里亜は小走りに歩き出す。
 その後ろ姿を見つめてファイは苦い笑みを浮かべ、黒鋼は溜息を吐いた。
 再び服の中から取り出したペンダント型の羅針盤の光が指し示すのは神社の奥にある大きな樹だった。
「あ、ファイさん、黒鋼さん。あの樹……え?」
 麻里亜はその樹を指で示しながら、思わず目を丸くした。
 その仕草にファイと黒鋼の二人は首を傾げた。
「樹?」
「樹がどうかしたのか?」
「どうって……変な服の女の子が……」
 麻里亜はさあっと血の気が引くのを感じながら目の前に見える少女を凝視する。
 そう言えばこの二人はエメロードを見る事は出来なかったはずだ。
「ゆ、幽霊!?」
「麻里亜ちゃんエメロード姫見たときそんなに驚いてなくなかったっけ?」
「あれは知ってたからで、ほんの少し驚きはしたけど受け入れちゃったんです!でもあれはマジモノですよ!?」
『ちょっと、モンスターを見たみたいに言わないで頂戴』
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「いやー!!喋ったー!!!!」
『なに言ってるのよ、当たり前じゃない』
 思わず悲鳴を上げ、思いっきり逃げようとした麻里亜だったが、黒鋼が麻里亜の腕を引っ張ってもう一度幽霊の前に突き出した。
 見えてはいないため、恐らくは偶然の出来事だろうがあまり心臓に良いものではない。
『で?……貴女も私を呼びに来たの?』
 面倒臭げに彼女は言った。
「た、多分そうです」
 ビクビクとしながら言う麻里亜に、彼女は表情を歪めた。
『言っておくけど、私は輪廻を受け入れる気はないんだからね!』
 彼女が強くそう言うと、強い風が吹き付けてきたため麻里亜の身体が傾ぐ。
「きゃっ!?」
 黒鋼に支えられたお陰でどうにか吹き飛ばされずには済んだが、それほど強い風だった。
 麻里亜は何をするんだとばかりに幽霊を睨んだ。
 年は麻里亜とそう変わらないくらいだろうか。
 ピンクの淡い髪と目を引く不思議な服装が、彼女はこの世界の人間ではないのだと主張しているようだ。
 そこまで観察したところで麻里亜は少女との睨みあいをあっさりと放り投げて彼女の服をまじまじと見つめた。
 その服装に麻里亜は僅かに心当たりがあったのだ。
 そう、例えるなら後ろの大樹の様な青々とした緑の髪をした少女の様な……
「まさか、ね」
 麻里亜は自分の中で至った答えに思わず笑う。
 強い予感に、それが自分でも間違いではないような気がして、もう一度彼女を見た。
「あなたはシルヴァラントから来ましたか?答えはノーを希望しま……」
『イエスよ』
 麻里亜の言葉を遮る様に返ってきた答えに、麻里亜は両手で頭を抱え込む様にして押さえた。
 少女は何故シルヴァラントを知っているのだとでも言わんばかりの視線で麻里亜を見つめる。
 仕方のない事だ。
 彼女が居た世界、シルヴァラントは麻里亜の世界で言う『テイルズオブシンフォニア』と言うゲームの中に出てくる世界なのだ。
 略称をTOSと言うのだが、このゲームはこの時代まだ生まれてはいないため、麻里亜以外に知る者はいないのだ。
 TOSはゲームキューブで最初発売され、ヒロインのコレットが自分たちが生きるシルヴァラントを守るため旅をする話だ。
 神子であるコレットの後を追いかけて主人公のロイドがジーニアスと言う少年共に旅に出る。
 コレットの護衛にはジーニアスの姉であるリフィルと傭兵のクラトスが居て、途中でコレットの命を狙っていたしいなと言う女性が仲間になる。
 物語の途中でシルヴァラントと対となるしいなの故郷・テセアラへと移動し、コレットの対となるテセアラの神子・ゼロス、斧使いの少女・プレセア、囚人の男・リーガルが仲間となる。
 選択肢によってはゼロスが死んだりするらしいが、麻里亜はそのゲームを未プレイのため詳細は不明だ。
 ちなみに煽りは【君と響き合うRPG】らしい。
 麻里亜はゲームキューブを持っていなかったためにプレイすることを諦めたが、後にこのゲームはPS2版で発売した。
 しかしその頃には別のゲームに嵌っていたため麻里亜は結局未プレイのままであった。
 だがその内容はすでに最後まで頭に入っていた。
 幼い頃から何故か仲の良かった、同じ腐女子仲間であるくノ一の少女が貸してくれた小説のお陰だ。
 そう言えば彼女と小さな麻里亜が出会うのはもうすぐだっただろうか。
『貴女は私を知ってるの?それとも私にあの人を見ているの?』
「多分後者だと思う」
『……そう。やっぱり、逆らえないんだ』
 少女は悲しげに苦笑を浮かべた。
 それは年頃の少女にしては色を含んだ哀愁の笑みで、何となく彼女は恋をしていたのではないだろうかと麻里亜は感じた。
「あの……どうして死んだんですか?」
 見た感じ凄く若いんですけどと麻里亜は続けた。
『私はシルヴァラントの神子だった。世界を救うために旅をして……その最後の最後で仲間に裏切られた。ずっと片思いをしていた仲間の男に』
 泣きそうに歪んだ表情に、麻里亜は思わず自分の胸が締め付けられる思いを感じ、胸を押さえた。
「……ん?裏切られた?」
『そうよ。あと少しで天使化出来たのに―――殺されたの』
 皮肉に歪んだ笑みに黒いオーラの様なものを感じ、麻里亜ぞくりと感じた悪寒に腕を擦った。
「でもそれはおかしくないですか?同じ世界の住人なんでしょう?救いを拒むなんて……あ、もしかしてテセアラの人間だったんですか?」
『違うわ。あの人は私を役立たずと言って切り捨てた……クルシスの人間よ』
 麻里亜はその言葉に目を見開いた。
「それはミトスが望んだことなんですか?」
『おそらくね。あの人は私じゃなくて主を選んだのよ』
 泣きそうな表情だったが、彼女は決して泣くまいと堪えていた。
 彼女は強がりな人間の様だと麻里亜は感じた。
「貴女は自分が選ばれなかったことに嘆いているんですか?」
『そうよ』
 強欲な気持ちを認める強さ。彼女はそれを持っていた。
 麻里亜は少し考えて、口を開いた。
「え、っと……ちょっと自分の話になっちゃうんですけど、私、ずっと異世界に行きたいって思ってたんです」
 少女は口を閉じ、麻里亜の声に耳を傾ける。
「その頃の私は、今の私と違って毎日が抜け殻みたいだった」
『それはどうして?』
「好きだった人が突然死んでしまったからです」
『……辛くないの?』
「辛かったと思います。でも、私は悲しい気持ちをすぐに本の世界にのめり込む事で誤魔化していたんです」
 麻里亜は苦笑を浮かべ、視線を落とした。
「その本の中で私は二度目の恋をしました」
 脳裏に過ったのは阪神共和国で出会った桃矢。
「それが決して結ばれない想いだとわかって居ながら、私はその気持ちに従って外に目を向ける事を止めてしまいました」
 同じ中学出身の男子生徒に告白された事が一度だけあったが、麻里亜はそれに応えられずに断りを入れた。
 強い想いを感じたが、麻里亜がそれを認めたくないと拒絶してしまったのだ。
 今思えば悪い事をしてしまったと思うが、思い返せば彼はその後も麻里亜を優しく見守っていてくれた。
 彼は今どうしているだろうとふと思ったが、今は目の前の少女の事が優先だと、麻里亜は首を横に振った。
「それからしばらくして、私はこうして彼の居る異世界へ渡れる様になりました」
『会えたの?』
「会えましたよ。でも、彼は同じ世界の私に恋をしていたし、私は不安があったから何も言えなかった」
『不安?』
 その問いを麻里亜は苦笑して誤魔化した。
「もしかしたら貴女も会えるかもしれません。生まれ変わった新たな命として。そしたら今度は違う恋をすればいいじゃないですか。それが偽りの想いだと思っても、後で振り返れば前と同じ恋かも知れないんですから」
 麻里亜の言葉に少女は宙を仰ぎ見、何かを考えるようにしばらくそうしていた。
『ねえ、貴女があの世界を知っていたのはどうして?』
 視線を元に戻すと、少女はそう言った。
「この世界の未来で貴女の世界がこの世界で物語として生まれるんです」
 そう言うと、少女は目を伏せた。
『そう。……きっと私の事は描かれていないのね』
「マーテルも脇役ですよ?」
『マーテル様は既に死んだ身だもの』
 彼女は樹に寄り添い目を細めた。
『……あの人は?』
「え?」
『私を殺した……あの人』
「……と言われても、貴女を殺した人が分からないんですけど」
『―――リオン』
「リオン?」
 それは別のシリーズの登場人物だったはずだ。
 やはり知らない人物なのだろうかと思っていた麻里亜だったが、再び口を開いた少女の口から紡がれた名前に目を見開いた。
『……クラトス・アウリオン』
「クラトスですとー!?」
 クラトスと言えばテセアラ編に移動する前にロイドたちを形式的にではあるけれど裏切る敵陣営・クルシスの天使。
 そして主人公・ロイドの実の父親。
「え?ちょっ、マジで!?」
『知っているの?』
「知ってますとも!めちゃくちゃ主要人物だし!!」
 少々頭が混乱したが、その間に少女は覚悟を決めたのかゆっくりと麻里亜に歩み寄った。
『この世界なら、輪廻を受け入れてもいいわ』
「本当ですか!?」
『ただし、その子にその物語を必ず教える事。それが条件よ』
「あ、その辺りは任せてください。ばっちりフォローしますよ」
 その条件に関してはその子の親にでも言えばいい。
 水梨家の一員である麻里亜の言葉ながら、不思議に思いこそすれ、彼らは素直に受け止めてくれるだろう。
 麻里亜が頷いたのを見て、少女は淡い光の珠へと姿を変える。
 それが恐らく魂の形なのだろう。
「きれーだねー」
「見えるんですか?」
 麻里亜はファイの言葉に首を傾げた。
「その形になってからはね」
 そうなんだと納得すると、麻里亜は改めて淡く光る珠を見つめた。
「とりあえず戻るぞ」
「あ、はい」
 麻里亜は慌てて黒鋼の言葉に頷き、家路を急いだ。
 その道中、何も聞いてこない事に麻里亜はほっと小さく息を吐いたのだった。



⇒あとがき
 えーっと……名前すら出てこなかったですね。異世界の幽霊少女。
 名前を出さなかったのには一応理由がありますが、ちゃんとコーラルという名前がございます。
 本来の性格は優しいんですが、敵対心などを持つ人には棘があります。
 ちなみに、オリキャラです。どっちかっていうと、『異邦人』じゃなくて『天使の救済』の。
 コーラルちゃんやTOSをもっと知りたい!という方はどうぞそちらをお読みください。※
 自分でお薦めするのもどうかと思うけど、微妙にあっちとリンクしてます。
 とりあえず、次で日本国編終了!……予定です(笑)
20060325 カズイ
20110823 加筆修正
※『天使の救済』は現在撤去中です。すいません><
res

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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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