30.甲陽の意図

―――とたとたとた……
 廊下に響く軽い足音にサクラは顔を上げた。
 壁に寄りかかりうつらうつらとしていたはずの麻里亜を見れば、その音の所為なのかすでに覚醒していた。
 隣の部屋で止まった足音に麻里亜はゆっくりと立ち上がる。
「くろがねおにいちゃん、ふぁいおにいちゃん、しゃおらんおにいちゃん。ばんごはんできたよー」
 麻里亜はその声を聞きながら、部屋を出るべく障子戸を開けた。
「行こう、サクラ」
「はい、姉さま」
 サクラは立ち上がって麻里亜の後を追いかけて部屋を出た。
「よし、つぎは麻里亜おねえちゃんたち!ってうえ!?」
 小さな麻里亜は走り出そうとして足を滑らせた。
「危ないっ」
 だがすぐに隣の部屋からさっと人が飛び出し、小さな麻里亜の身体を受け止めた。
 受け止めたのはファイだった。
「大丈夫ー?」
「……きゅん」
 小さな麻里亜はファイの腕の中で固まっていたかと思うと、へらりと笑ったファイの微笑みに頬を染めていた。
 黒鋼は小さな麻里亜と麻里亜を見比べ、目を細めた。
「……お前」
「言わないでください!」
 着いたときに本人を前にして萌え!と叫んだ事を言いたいのだと感じ、麻里亜は慌てて黒鋼の言葉を遮った。
 顔を赤くする麻里亜にファイは首を傾げながら小さな麻里亜の身体を起こした。
「何かあったのー?」
「こ……」
「何も無いです!無かったと言わせてください!!」
 何かを言おうとした黒鋼の言葉を再び遮り、麻里亜は叫んだ。
「まぁ、そう言う事にしておくよ」
「ばんごはん!」
 はっとして小さな麻里亜がそう言った。
「遅れるとお父さんうるさいもんね」
「そうなのー」
 軽い足音を立て、小さな麻里亜は特に麻里亜の言葉を気にせず歩き出す。
 その後ろを麻里亜が追いかけ、小狼たちも二人の麻里亜の後を追いかけた。
 部屋に入ると、二つにつなげられた机の上に結構な量の夕食がずらりと並んでいた。
 上座に位置する席は空席で、一番奥に甲陽と隆明の二人の姿があった。
「とりあえず座って座って」
 甲陽に促され、麻里亜たちはそれぞれ席についた。
 そこへ晶と老婆がお茶と炊飯器を持って現れた。
「まぁまぁ、素敵な殿方たちに可愛らしい御嬢さんですこと」
 ほほほと老婆は柔らかな笑みを浮かべ、小狼たちの顔を一人一人見渡していく。
「とのがたー?」
「男の人の事です。この場合はファイさんと黒鋼さんと小狼くんですね」
 首を傾げるファイに麻里亜はそっと意味を教える。
「なるほどー」
 ファイはぽんと手を叩き、納得した様子を見せた。
 晶と老婆は小さな麻里亜を挟んで並んで座った。
「初めまして、私、ヨネと申します。現当主・嘉信の家内にございます」
「つまり、僕らのお母さんってわけ」
「麻里亜のばーばなの!」
 にいっと笑う小さな麻里亜の頭をヨネが優しく撫でる。
「今日は主人は居りませんが、ゆっくりと休んでくださいな」
「ありがとうございます」
 ぺこりと小狼が頭を下げる。
「それじゃあ、食べようか」
 甲陽が両手を合わせると、隆明、晶、ヨネもそれに続く。
「「「「いただきます」」」」
「いただきまーす」
 ぱちんとワザと音を立てて手を合わせた小さな麻里亜に、麻里亜と黒鋼とモコナも手を合わせた。
「「いただきます」」
「いっただきまーす!」
 ファイと小狼とサクラも見様見真似で両手を合わせる。
「いただきます」
「いただきまーす」
「えっと……いただきます」
 ファイたちの前には晶の親切で箸と一緒にフォークやスプーンも並べられていた。
「はい、黒鋼さん」
 ふいにきょろきょろと視線を動かした黒鋼に麻里亜はすっと醤油の入った瓶を差し出した。
 その様子に隆明は身体を強張らせ、箸をぽろりと落とした。
「あら」
「おやまあ」
 晶とヨネは隆明と違い、微笑ましそうに麻里亜と黒鋼の二人を見ていた。
「麻里亜もおしょーゆ」
「ほらよ」
 両手を伸ばしてきた小さな麻里亜に黒鋼は瓶を渡した。
「隆明、よかったね」
「ななな何がだ!?」
 意味深に笑った甲陽に隆明は激しく動揺をしていた。
 一連の動作の意味が分からずファイと小狼とサクラの三人は揃って首を傾げ、モコナが一人けたけたと笑っている。
「いい予行練習じゃないか。凪が言うには黒鋼くんは麻里亜の婚約者らしいし」
「なんだとー!?」
「おとうさんうるさいの。じーじがおこるよ」
「……うう」
 小さな麻里亜が可愛い隆明はぐっと涙を堪えるも、誰も慰めようとはしない。
「で、本当の所はどうなの?」
「どうもなにもその場凌ぎですよ。凪さんには言わないで下さいね」
「なーんだ。つまらなーい」
 唇を尖らせた甲陽に対し、隆明はほっと胸を撫で下ろすと甲陽の頭に拳骨を落とした。
「ところで、凪さんって?」
「僕の護衛をしていた人だよ。一応僕と隆明の幼馴染でもあるんだ」
「そうなんですかー」
「そう言えば姉さま、前の国ではファイさんと婚約者ってことにしてましたもんね」
「そうだったねー」
「なにぃ!?」
「隆明。一々過剰に反応し過ぎ。婚約者ってことにしてたって言ってるでしょ?」
「ううっ」
「まったく。親馬鹿になっちゃって……」
 呆れながら甲陽はお茶を啜った。
「そうだ、麻里亜」
「なーにぃ?」
「いや、麻里亜じゃなくて、お姉ちゃんの麻里亜ね」
 自分じゃないと判ると、小さな麻里亜は再び食事に夢中になった。
「九時半ごろに道場においで」
「はい」
「胴着とかはお風呂に入ってる間に用意しておくから。晶がねー」
「!?……はいはい。わかりましたよ」
 突然名前を呼ばれた晶は一瞬驚いたものの、慣れているため苦笑しながら頷くのだった。
「ありがとうございます」
「あと、黒鋼とファイも一緒に道場に来るように。あ、二人は手ぶらでいいからね」
「は?」
「なんでー?」
「まぁ色々と、だよ。麻里亜もいいよね?」
「え……あー……お願いしま……すぅ?」
「よしよし。ナイス反応」
 首を傾げた麻里亜にはさっぱり甲陽の意図がわからなかった。



⇒あとがき
 ひ、久しぶりに書けました。
 励ましもあったんですが、ショックなコメントの衝撃が大きくて……(泣)
 いっそ連載を消してしまおうかと悩んでいた自分、さようなら!
20051010 カズイ
20101103 加筆修正
res

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