29.青色の封筒

「ここが麻里亜のおうちなの」
 小さい麻里亜は自分の家を指さした後、玄関まで先に走り出した。
 だが扉を開けず、ぴたっと止まってしまった。
「どうしたの?」
「麻里亜、だまっておそとにあそびにいったの。だから、おとうさんおこってるかもしれないの……」
 しゅんとなった小さな麻里亜の視線に合わせるように麻里亜は膝を折った。
「じゃあお姉ちゃんが先に開けてあげよう」
「ほんと!?」
「うん、本当」
 麻里亜はすくっと立ち上がり、玄関の戸に手を掛けた。
 だがこの時まったくその先のことを考えてはいなかった。
「麻里亜ー!!」
「ぐえっ」
 玄関の戸を横に引いた瞬間、家の中から勢いよく一人の男が飛び出してきた。
 腰にタックルするかのように麻里亜に飛び込んだかと思うと、男は麻里亜の身体を抱きしめていた。
「どこに行ってたんだお前はー!!」
「何勘違いしてんだてめぇは!」
 黒鋼が麻里亜と男―――二人の麻里亜の父・隆明を引き離した。
「ん?なんだ貴様は!」
 引き離された隆明は黒鋼を睨む。
 そんな隆明の袖を小さな麻里亜がくいくいと引っ張った。
「くろがねおにいちゃんなの」
 にこっと微笑んで言う小さな麻里亜に、麻里亜は怒られる心配してなかったか?と自分の事ながらも呆れた。
「麻里亜!お前何処に行ってたんだ!」
 隆明の怒声にびくっと小さな麻里亜は肩を揺らした。
 麻里亜も思わず同様に肩を揺らしてしまったが、隆明は気付かなかったようだ。
「ふえ……うっ……ふえぇぇん!!」
 大声を上げて泣き出した小さな麻里亜に当然隆明は慌てだした。
「わ、お父さんが悪かった。ごめん麻里亜!だから泣きやんでくれぇ」
 情けない父親の姿に麻里亜は思わず片手で顔を覆った。
「よしよし麻里亜。お母さんは怒らないから泣きやんでちょうだい」
「晶、俺一人を悪者にするな!」
「素直に悪いこと認めた麻里亜は偉いわよ〜」
「ほんと?」
「ええ、本当よ」
「麻里亜〜、晶〜」
 妻と娘に無視され、隆明は情けなく嘆く。
 隆明は昔から妻と娘に甘くて弱いのだが、ここまで情けない姿を見せていたとは思わなかった。
 麻里亜はそんな父の姿が恥ずかしくて、黒鋼の方を向けなくなってしまっていた。

「麻里亜を連れてきてくださってありがとうございます」
 ぺこりと二人の麻里亜の母・晶は頭を下げた。
「いえ、どうせこちらに用事があったので」
「と言うことはお前たちがあの魔女の手さ……じゃない、小狼たちの仲間か?」
「(あの魔女の手さ?)……あ、はい」
「あら、隆明さんに似てる」
「麻里亜が大きくなったらこんな感じか?」
「そうだといいわ。だってとっても可愛いもの」
「あ、えっと、ありがとうございます」
 言外に隆明が可愛いと言っているであろう晶に、隆明は照れくささからか誤魔化したいのかワザとらしい咳払いをした。
「とにかく、先に案内する」
「はい」
 先に歩きだした隆明の後を追い、麻里亜たちは靴を脱いで水梨家に上がった。

「……血は争えないんだな」
 ぽつっと黒鋼が言った言葉に麻里亜は立ち止まって頭を押さえて悶絶した。
「どうした」
「なんでもない。さっさと行くぞ」
 ひょいっと黒鋼に首を引っ張られ、麻里亜はとぼとぼと歩きだす。
「ああ、穴があったら入りたいっ」
「別に悪いとか言ってねぇぞ」
「わかっますよ」
「それにしても似てるな」
「え?」
「お前とあいつ」
「まぁ……それは……。でももっと驚ける人がいますから」
「あ?」
「見たら判りますよ」
 苦笑しながら麻里亜は目的の部屋を見つめた。

「連れてきたぞ」
「あ、入って入って……え?」
「あ?」
 部屋の中に居た甲陽は麻里亜を。麻里亜の隣に立っていた黒鋼は甲陽を見てそれぞれ驚いていた。
「本当に次元の魔女が言ってた通りだ。ともなく部屋に入って」
「失礼します」
 ぺこりと麻里亜は頭を下げ、部屋に入る。
「やっほー」
「あ、ファイさん。小狼くんとサクラも」
「無事でよかった、姉さま」
 サクラはほっと胸を撫でおろして微笑み、小狼も同様に安堵の笑みを見せてくれた。
「さてさて、自己紹介しておこうか。僕は水梨甲陽。この家と隣の道場を含めた水梨家の次期当主だ」
「俺はその双子の兄、水梨隆明と言う」
「俺ぁ黒鋼だ」
 麻里亜は言っていいものか迷いつつも正直に口を開いた。
「水梨麻里亜と言います」
「「!?」」
 予想通り二人は驚きに目を見開いた。
「何と言う偶然だろうね、といいたいところだけど……これが次元の魔女が妙に楽しそうだった理由か……」
「どういうことだ甲陽」
「ん〜?つまりは、この子は未来の僕の姪っ子ってこと」
「何!?麻里亜は大きくなったら甲陽に似るのか!?」
「隆明〜、そこは一卵性なんだから自分に似るのかって言っとこうよ」
「そ、それもそうだな」
 隆明は顔を赤くしながら咳払いをした。
「まぁ、そう言う話は諸々右に置いておいて、話をしても大丈夫かな?」
「はい、お願いします」
「麻里亜は封筒を見た?」
「いえ、まだです」
「それじゃあ今見ちゃって」
 そう言う甲陽に麻里亜は相変わらずだと思いつつ手紙を開いた。
「えっと……『羽根(キオク)を捜すついでに私の代わりに水梨甲陽の願いを叶える事』って、ええ!?」
「そういうわけだからよろしく」
 小狼たちは当然言葉を失っていた。
「あ、続きがある。『対価はちゃんと甲陽から支払われるから期待しなさい。主に麻里亜だけど』……ん?私?」
 何故主に自分なのだろうと思わず首を傾げた。
「あの……対価ってなんなんですか?」
「後で道場の方においで。成人する水梨の者にしか口伝されないことだからね」
「えええええ!?」
「君にはまだ早いだろうけど、それが必要に思えるから」
 確かに麻里亜は杖が使えない。つまり魔法が使えない状況なのだ。
 武術も習っていたが、実戦で使ったことはない。
 戦うことが出来ると言うのは麻里亜にとって大変ありがたいことだ。
「……よろしくお願いします」
「いやいや、こっちこそ面倒事お願いしちゃうからね」
「で、"願い"って何なんですか?」
「黒鋼くんたちが居た方角を更に行くと一つの大きな屋敷があります。そこに住まう一族の娘が選ばれたのです」
「何に、ですか?」
「――必然が定めた器に」
 思わず首を傾げたくなる言葉に麻里亜は眉を寄せた。
「僕の代では彼女で二人目です。一人目は麻里亜、君ですよ」
「私!?」
「そう。なんでしたっけ」
「アルフィレア・リードだ」
「ああそうそう。よく覚えてたね、隆明」
「自分の娘のことだ。忘れるはずがなかろうが」
「うん。それもそうだ」
 にこにこと微笑んでいた甲陽がふと目を細めた。
「人はね、どこか別の世界に同じ魂を持ってる。それは麻里亜も同じだし、君たちもそうだ。だけどね、時折枠組みから外れてしまう魂があるんだ。それを助けてあげるのが僕、水梨家時期当主の役目なんだ」
「そうだったんだ……」
「知らなかったの?」
「はい」
「知らなくて当然。これは普通次期当主が役目を知る時に口伝されることの一つだから」
「なら当然ですね。私、次期当主じゃないし」
「そうなんだ」
「はい。詳しくは言いませんけど」
「それがいい。……話を戻そう。一人目がそのアルフィレア・リード。禁忌を犯したことにより輪廻の輪から外れ行き場なく彷徨っていたところを隆明が見つけて僕が保護した。晶がそれを引きうけ、麻里亜の魂と結合したことで麻里亜はようやくアルフィレアの後世の魂として鼓動を始めた」
 麻里亜は事の真相と言っても過言ではないその話に目を白黒させた。
「驚いた、かな?」
「はい」
「詳しくは僕たちもあまり知らないんだけどね」
「あの魔女に押しつけられたんだ。アルフィレアだけはな」
 眉間に皺を寄せて嫌そうに言う隆明に甲陽は苦笑を浮かべた。
「それで、君たちに頼みたいのは二つ目の魂の方なんだ。器の方は身内だったからあっさり見つかったんだけど……」
「それならモコナわかる!」
「本当?」
「アルフィレアじゃないほうの力をさがせばいいの」
「ああ、それで知ってるんだー」
「なにがだ」
 納得したファイに黒鋼が眉根を寄せる。
「黒鋼さんたちが来る前にモコナに聞いたんです。羽根の気配は?って。そしたら……」
「強い力が二つあるーって。一つはモコナも知ってて、もう一つはわかんない」
「おれとファイさんも見たことがあるって言われてたんです」
「一つはもう一人の私で、もう一つが捜している魂ってこと?」
「たぶん」
 モコナの言葉に麻里亜はそうかもしれないと納得する。
 今の麻里亜にはアルフィレアはいない。だが後世の魂として出来上がっているのでもうアルフィレアは用なしだ。
 いなくても麻里亜は何ら変化はないのだから問題もないだろう。
「とりあえず今日はここでお休み」
「捜すのは明日にするといい」
「麻里亜は夕食の後に道場の方に来てね」
「……はい」
 麻里亜が頷くのを見て甲陽は立ち上がり、部屋を出た。
 隆明もその後を追ってすぐに出て行ってしまった。
「ふぃー。なんだか緊張しちゃった」
 へにゃとファイは壁に背を預けた。
「麻里亜ちゃんのお父さんと叔父さんそうとう強い人だね」
「一応ここの道場の当主の直系の息子たちですから」
 麻里亜はふと遠い目をした。
「ついでに言うと叔父さんは食えない男です注意してください」
「あー、それはなんとなくわかったよ。ね、小狼くん」
「……はい」
 どうやらすでに何かあったようだ。
 麻里亜と黒鋼はそれをすぐに察した。



⇒あとがき
 どんな話だよおいって感じに進行してますなぁ。
 さて、どうやって話をこじらせようかなぁ……←え!?
20050812 カズイ
20090709 加筆修正
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