28.似た顔の男

 目を開くと、小狼は木々に囲まれた森らしき場所にいた。
 隣にはサクラ、辺りを見回せばファイとモコナの姿もある。
 どうやら皆も小狼同様今目覚めたところらしい。
「アレ?麻里亜ちゃんいないねぇ」
 ファイの言葉に小狼ははっとして辺りを見回す。
「黒鋼さんもいませんね」
「姉さま……大丈夫かなぁ」
 心配そうなサクラに小狼はもう一度辺りを確認する。
―――かさっ
 木々が動き、ゆっくりと紺色の見かけない衣装を身に纏った黒髪の若い男が現れた。
「「え!?」」
「あれー?」
 三人の驚き声が重なったのも無理はない。
 黒髪の男は確かに男性なのだが、その面立ちは驚くほど麻里亜に似ていたのだから。
 適当に左肩の方でまとめている長い黒髪もそうだが、本当によく似ていた。
「僕の顔に驚くと言う事は、君たちが次元の魔女が言ってた子たちかな?」
「次元の魔女?」
 サクラは首を傾げた。
「そうなのー」
 男の問いに答えたのはモコナだった。
「だとすれば僕の家に案内しよう。あまり長く血族以外がここにいると僕が怒られてしまうからね」
「あのっ」
「なんだい?」
「まだ仲間が二人いるんです」
「その二人の特徴は?」
「黒くて大きい男とー、貴方によく似た女の子ー」
「……次元の魔女が言っていたのはそう言う意味か」
 男は少し考えると、首に下げていた笛を鳴らした。
 特に音は聞こえなかったので小狼たちは首を傾げた。
「何か御用でしょうか」
 すると、音もなく黒服の人物が姿を現れ、男に跪いた。
 声の感じからすれば間違いなく女性だろう。
「今日は君だったんだ。ならもっと早く呼び出しておくんだった〜」
「御用をとっととおっしゃりやがってください甲陽さま」
 明らかに怒気を孕んだ言葉になんら臆することなく男は微笑んだ。
 むしろおかしな敬語を内心嘲笑っているようにも見受けられる。
「黒くて大きい男と僕によく似た女の子が奥に迷い込んだみたいなんだ」
「甲陽様に、ですか?」
「そう。これから下にこの子たちを連れていくから、見つけたら屋敷に行くように言ってくれるかな?」
「御意」
 疑問形でありながら、願いと言うよりも命令なその言葉に女は頭を垂れた。
 そして失礼と小さく言葉を残すと、再び音もなく姿を消した。
「今のは?」
「僕の護衛だよ。あ、そうそう、名前を名乗り忘れていたね。僕は水梨甲陽。次元の魔女とは古い付き合いなんだ」
 小狼たちも慌てて甲陽に自己紹介を返した。


 先に下へ行こうかと切り出した甲陽を先頭に、小狼たちはゆるやかな坂を下りた。
 辿りついた場所は春香の家に似ているがそれよりも随分と大きな屋敷だった。
 門の奥、玄関先には両腕を組んだ、これまた麻里亜に似た男が待ち構えていた。
 だが玄関先に立つ男の方は、甲陽と違って髪が幾分短い。
 服装も似ているが、彼は上下対称の色合いをした衣装に身を包んでいる。
「甲陽、何処に行っていた。お前は次期当主だと言う自覚を持てと何度言ったら……ん?」
 男はようやく小狼たちに気づいたのか、眉間の皺を深くする。
「なんだ、そいつらは」
「ん〜、お客さん?」
「そう言うことを聞いているんじゃない!第一疑問で返すな!」
「あ、判った。こっちから小狼、サクラ、ファイ、モコナだってさ」
「名前が聞きたいのでもない!!」
 小狼はファイと黒鋼の二人を見ているようだと思ったが、あえて口には出さなかった。
「次元の魔女が来るって言うから様子見に行って来たんだ」
「あの怪しい女か……」
「手紙を渡してあるって言ったからそれが証拠になると思うんだけど」
「あ、それなら姉さまが持ってます」
「……って訳らしいよ?」
「確認もせずにつれて来たのか!」
「次元の魔女が言ってたように彼らは僕の顔を見て驚いた。それにね、隆明」
 ひょいっと甲陽はファイの肩からモコナを掴みあげ、隆明の眼前に差し出した。
「こんな生き物この世界中探してもなかなかいないと思うよ?」
「ぷぅ、みたいな?」
「な、な、な、な、なぁぁぁぁぁ!?」
 隆明は勢いよく後ろ向きに走り、玄関の扉の外枠部分の壁に張り付いた。
 そしてワナワナとモコナを指さす。
「喋った!?」
「隆明が信じてくれたってことで、ささ、あっちの玄関から中に入って。あ、家の中では靴は脱いでねー」
「はい、おじゃまします」
 ちらりとモコナを凝視し続ける隆明を見た後、小狼は靴を脱いで上がった。
「隆明、客室にこの子たちを案内してくれるかな?」
「なんで俺が」
「隆明はお茶入れられないでしょ?」
「……わかった」
 渋々と言うように隆明は頷いた。
「行くぞ」
 小狼たちにそれだけ声を掛け、隆明は無言で歩きだす。


 広く長い廊下を突き進み、ある一室の前で隆明は立ち止まり静かに障子戸を横に引いた。
 その奥にあるのは畳が敷き詰められた広々とした部屋だった。
 中には長方形の低い机があり、それを囲むように座布団が置かれていた。
 隆明は部屋の中に入ると奥に見える障子戸を開き、そこに隠れていた窓を開けて風を通した。
 窓の外には手入れされた中庭がよく見えた。
「適当に座って待っていろ」
 そう言う隆明も座り、ぴんと背を伸ばし正座をしていた。
「モコナ、羽根の気配は?」
 小狼はそっとモコナに問いかける。
「わかんない。でも強い力があるの」
「強い力?」
「二つあって、一つはモコナも知ってる。だけどもう一つは……モコナ、わかんない」
 しゅんとモコナが項垂れた。
「知ってるってどういうことー?」
「ファイも小狼も知ってるの」
「「?」」
 小狼とファイは顔を見合わせて首を傾げた。

「お待たせー」
 開け放したままの扉から甲陽が湯呑を乗せた盆を手に入ってきた。
 机の前で膝を折るとそれぞれの前に暖かそうな湯呑を置いて行く。
「異世界から来た人の口に合うかはわかんないけど、緑茶って言うんだ。熱いから気をつけてね」
「はい」
「頂きまーす」
 ファイは一口飲んだがそれ以上は口をつけなかった。
 どうやらダメだったらしい。苦そうな顔をしていた。
「さてと、改めて自己紹介をするけど、僕は水梨甲陽。この屋敷と隣にある道場の次期当主だよ。こっちは僕の双子の兄の隆明」
「水梨隆明だ」
「お兄さんが家を継ぐんじゃないんですか?」
 サクラは素直に疑問を口にした。
「僕の方が隆明より強いからね」
「お前が本気でやればの話だ」
「失礼な。僕はいつでも本気だよ」
「嘘つけ」
 隆明にじとっと睨むように見られ、甲陽は目を逸らした。

「隆明さん、隆明さん!どこにいるの!?」

 不意に遠くから女性の呼ぶ声と、足音が聞こえた。
「……晶か」
 隆明はすっと立ち上がると部屋を出た。
「どうしたと言うんだ、騒々しい」
 小狼達の視界にも晶と呼ばれた女性の姿が目に入った。
「あの子がいないの」
「なに!?」
 突如隆明の顔が真っ青に変わったのも見えた。
「ちょっと目を離した隙に……ああもうどうしましょう」
 どうしていいか分からずおろおろ慌てるしかない二人に甲陽は呆れたように溜息を吐いた。
「二人とも、少しは落ち着いて。お客さんの前だから」
「「あ!」」
 二人は顔を赤くして、冷静さを少しは取り戻し始めたようだった。
「晶ちゃん、家の中は探したの?」
「探したわ。でもどこにもいないのよ」
 不安そうな晶の肩を隆明が抱く。
「麻里亜のことだから外で遊んでるんじゃないかな?」
「それだぁ!!」
 隆明は勢いよく飛び出して行った。
「麻里亜?」
 小狼は首を傾げた。
 とても聞き覚えのある名前だった。
「そ。水梨麻里亜。隆明と晶ちゃんの娘だよ」
「少々お転婆な子で落ち着きがなくって……目を離すといつもこうなんです」
 すいませんと晶は頭を下げて隆明が向かった方へと歩き出した。



⇒あとがき
 オリキャラ満載☆
 でも気にしない。←気にしろ
20050806 カズイ
20081120 加筆修正
res

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