27.イデアの国

 目を開いたとき、間近に黒鋼の顔があり、麻里亜は思わず本音を叫んでいた。
「萌え!」
「!?」
 さすがの黒鋼もびくりと麻里亜から離れた。
 それによって正気に戻った麻里亜は気恥ずかしさから顔を俯けた。
 だが、ふっと何時もならここで突っ込んでくれるはずの存在が一人としていないことに気づく。
「……え?あれ?」
 きょろきょろと辺りを見回しても、視界の中に映る人間は黒鋼以外に居ない。
 しかも辺りは一面の緑―――木々である。
「サクラは?小狼くんは?ファイさんは?モコナは?」
「知るか」
「ガーンッ!」
「声に出して言うな!」
 苛立ったような黒鋼に裏拳で突っ込まれ、とりあえず麻里亜は口を噤んでもう一度辺りを見回した。
 どう見ても桜都国の景色ではない。
「森……かな。なんか知ってるようなぁ……知らないような?」
「あんまちょろちょろするな」
 立ち上がってほんの少しの範囲を歩こうとしたら黒鋼に首根を捕まえられ、麻里亜は大人しくするしかなかった。
「……おい、いるなら出て来いよ」
 にやりと好戦的な黒鋼の口調に、麻里亜ははっと辺りに警戒を強める。
 辺りに居るのは数人。その姿は見当たらないが、かすかな気配が感じられた。少なくとも魔力の気配はない。
 うっかり気が緩んでいて近くに人がいたことに気づかなかった。
「貴様ら、水梨家のものか」
 感情のない淡々とした声がどこからどこからともなく聞こえた。
「水梨?知るか、そんなもの」
 きっぱりと言い切った黒鋼と、傍にいた麻里亜に向けて何かが飛んでくる。
 慌てて避けようとしていた麻里亜の身体を横抱きにし、黒鋼はそれらを難なく交わした。
 やはり麻里亜を足手まといだと判断しているらしいことが伺える。
 麻里亜は横抱きにされていることよりも、先ほどまで居た地面に刺さっている『何か』を見た。
 それは鋼の使い込まれた刃物。
「余所者は排除する」
「ま、待って!」
 麻里亜は慌てて木々に覆われた空へと声をかける。
「水梨って、水梨……"片死双"の水梨家でしょ!?」
「かたしそう?」
「片死双を知るとは……水梨の縁者か」
「ではその男だけが部外者と言うことだな」
「この人は私の婚約者だからまだ何も知らないだけよ。手を出さないで」
「水梨の一族になると?」
「そうよ」
「ならば許可しよう」
 その言葉に麻里亜はほっと息を吐いた。
 そして風が吹くかのように颯爽と現れた黒服の集団、それは忍と呼ばれる人々。

「お前の世界か?」
「まだ分かりません」
 小声で問うた黒鋼に返事をし、下ろしてもらう。
「でも、もしかしたら……」
「おい、何を話している」
「今日は彼の友達と一緒に来ていたんだけど、その人たちも同じ目にあってないかって聞かれたのよ。私たちは奥に行く気がないんだけど、彼らは迷ってるかもしれないの」
 不意に風が動き、また一人忍が増えた。
「直ちに下山せよ」
 その忍は女性だったらしい。
 どこか聞き覚えのある声だと麻里亜は思った。
「どういうことだ」
 他の者たちは不審げに女に声を掛ける。
「今日はお前が……」
「残念ながら次期当主である甲陽様のご命令だ。娘、下山したのち水梨家に迎え」
 きっぱりと女は言い切る。
 若干不敬な雰囲気を感じて「あれ?」とは思ったが、それよりも小狼たちのことである。
「あの」
「仲間は先に下山している。行け」
「ありがとう」
 麻里亜はそう言って黒鋼の腕を引っ張った。


 しばらくして黒服団が姿を消すと、黒鋼はようやく口を開いた。
「やっぱりお前の所か?」
「そうなんですけど、違います。多分」
「あ?」
 辺りを見回し、麻里亜は寂しそうに微笑んだ。
「私の仮定が正しければ、私の世界の十年ほど前です」
「過去、ってことか」
「はい。……だとしたらもうすぐ来るはずなんですよ」
「何が?」

―――シャァァ……
「ぅにゃぁぁぁぁぁ」
 ローラー音と共に何かが目の前をよぎった。
「ぃにゃぁ!!」
 麻里亜は思わず額を抑え、黒鋼は目の前を走り去って森に向っていったものを目で追った。
 手前の小さな茂みに突撃し、ようやく止まることが出来たのは幼い少女。
 茂みに突っ込んだことでぼさぼさになった長い黒髪に、透き通るような白い肌。
「うぅ……」
 カラカラとローラーが動き続ける音が辺りに静かに響いていた。
「……麻里亜?」
「うゆ?」
 驚いたような黒鋼の声に少女は大きな目を丸くした。
 黒の双眸は確かに麻里亜と同色で、黒鋼は隣に立つ麻里亜と少女を見比べる。
 麻里亜はそんな黒鋼に対して苦笑を浮かべ少女の前に屈んだ。
 少女は何故麻里亜たちが名前を知っているのだろうと言う風にきょとんとした顔で首を傾げていた。
「ねぇ、お姉ちゃんにあなたのお名前教えてくれる?」
「麻里亜!」
「……だそうですよ」
 舌足らずではあるが、右手をあげて己の名前を元気よく発音するもう一人の麻里亜に、黒鋼は閉口した。
「おねえちゃんは?」
「私も麻里亜って言うの。だからお兄ちゃんが驚いてるの。よろしくね?」
「うん。よろしくね、麻里亜おねえちゃん!おにいちゃんは?」
「こっちは黒鋼お兄ちゃんだよ」
「くろがねおにいちゃん?……麻里亜おねえちゃんとくろがねおにいちゃん!麻里亜おぼえたよ。えらい?」
「えらいえらい」
 よしよしと麻里亜は小さな麻里亜の頭を撫でた。
「麻里亜おねえちゃんたちはどこにいくの?」
「水梨のお家だよ」
「麻里亜のおうちだ!じゃあ、いっしょいこ!」
「そうだね。道案内お願いしちゃおうかな」
「れっつごー!」
 音の主でもあったスケートボードの端を手でひっっぱって小さい麻里亜は歩き出す。
 なんだか楽しくなりながら麻里亜は目の前の小さな麻里亜の後を追いかけた。
 黒鋼も慌てて奇妙な二人の後を追いかけた。



⇒あとがき
 日本国編開始〜♪
 オリジナルストーリー第一弾です。
20050806 カズイ
20080829 加筆修正
res

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