01.旅立ちの日

 その日、水梨麻里亜は青い長袖のブレザーを着込んでいた。
 清遠高校の冬服であるその制服を夏休みというクソ暑い季節に着ているのには理由があった。
 今から二ヶ月ほど前、麻里亜を除いた39人が全員個人写真を取った。
 その日の後の一週間も麻里亜は風邪で学校を休んでしまっていたので、他クラスと一緒に撮る事さえ出来なかった。
 一人だけ夏服で写るのは、と言う事で冬服を持ってきて着替えたのだ。
 さすがに暑いだろうからということで、写真屋が準備している間、麻里亜はクーラーがガンガンに効いている職員室で自前のスポーツ飲料に口をつけていた。
「水梨さん」
 ニコニコと笑みを浮かべる司書に声をかけられ、席を立って頭を下げた。
「いいのよ、頭を下げなくて。席いいかしら」
「どうぞ」
 一緒になって席に着くと、司書はすっと一冊の本を差し出してきた。
 鍵つきらしいその本の表紙には虎のような生き物と太陽らしきものが描かれている。
「これ……」
 どこかで見たことのあるような本は、麻里亜も持っているCLAMPの本『カードキャプターさくら』に出てきそうなクロウ・リードの本だ。
 デザインはさくらのものとも、柊沢のものともデザインは違う。
「鍵もついてるんだけど開かない本なの。誤送で届いたと思ったら違うみたいだし……水梨さんこういうの好きでしょう?」
「めちゃくちゃ好きです。でも……いいんですか?」
「かまわないわよ。誤送でもなくて、偶然まぎれてたみたいだし」
 それを受け取ると、鍵の部分には鍵が一緒にかけられていた。
 麻里亜が触れても鍵をさしてみても開かないところを見ると、麻里亜には魔力はないのだろうか。
 とりあえず、希少価値はあると思い麻里亜はそれを受け取ることにした。
 普通に鍵が壊れているとしても親友の湊に任せれば一発で開けてしまうだろう。
 親友という立場ではあるが、正式な役目は麻里亜の護衛。
 忍という家系に産まれた湊に出来ないことはないだろう。
「ありがとうございます」
 夏服を入れている大き目の鞄の中に入れ、鞄を抱きしめた。
「水梨、用意できたぞ」
「あ、はい」
 入り口のほうからの担任の呼び声に席を立つ。
「じゃあ、失礼します」
 鞄を持って司書に頭を下げ、職員室の出口のほうへ早足で歩いた。
―――ふわっ
 もうすぐ担任が待つ出口だと思った瞬間、目の前に蝶がよぎった。
「……蝶?」
 それは蝶のようで蝶でない、『ホリック』で見たハンカチでできた蝶。
 麻里亜は首を傾げながらもそれに手を伸ばした。
 麻里亜がハンカチに触れると、ハンカチは解け、中から綺麗な羽根が現れた。
「これは……サクラ姫の記憶?」
 羽根に触れていいのだろうかと思いながらも蝶に手を伸ばしたときのようにのんきに手を伸ばした。
―――キィーン
 頭の中に音が響き麻里亜は思わず眉を顰める。
 甲高い音と一緒に声が聞こえた気がした。
 なんだろうと考えるよりも早く、羽根が光を放つ。
「きゃっ!?」
 強い光に思わず目を閉じ、身体を強張らせる。
 どうにか目を開けると、悲しい女性の姿を一瞬見た気がした。
 だがすぐにそれは幻影だったと気づく。
 光が完全に消えると、薄暗い世界に頭から真っ逆さまに落ちていた。
 身体には共に落ちる冷たい感触の雨がまとわりつく。
 そして薄暗い世界は少しずつ鮮明になり――――
「きゃ―――っ!!」
 こんな高い位置から落ちたら人は死ぬ。
 間違いなくそれは即死であろう。
「うそ!?いやー!!よけてくださいー!!!!」
 しかも落下しそうな場所は明らかに人の家の庭で、人が複数いる。
 走馬灯のように、
「飛び降り自殺に見せかける時はまず落下地点に人が立たないように気をつけるんです。だって死ぬのは落下地点にいた人で、殺そうとした人じゃないので。これがなかなか難しいんですよ」
 と、笑って言ってのけた湊の言葉を思い出した。
「杖を使いなさい!」
「杖!?契約してません!!!」
 庭の方から声が掛かる。
 はっと本のことを思い出すが、生憎鍵はあっても開かなかったのだ。出来るはずがない。
 威張って言う麻里亜に、それを教えた女性はため息をついた。
「いやぁぁぁぁ!!!」
 地面間近と言うところで身体がふわっと浮き、地面に足をつけることができた。
 ふわふわと身体が浮くような感じが、地に足をしっかりつけたことで取れた。
「な、なんで!?」
 ほっとすると同時に疑問が産まれた。
「クロウの加護(魔力)が守ったのね」
「でもでも!……私まだ鍵を開けてないんですよ?」
「それはあなた自身が封印されているから」
「封印?」
 首をかしげた後の微妙な沈黙。はたと気づいた麻里亜は、じっと目の前の女性を観察した。
 そして、ゆっくりと右側を見た。
 右側に立つのは色白で、金髪に青い目をした白いローブの男。
 麻里亜と目が合うとへらっと笑って見せた。
 ただ一見るだけならば優男と表現するだろう。
「ファイ?」
 だが麻里亜は彼も見たことがあった。
 再び首を傾げ、さらにいやな予感を募らせ、ゆっくりと後ろ―――正しくは左隣に視線を移す。
 黒い装束に大きな剣を持つ男。
 頬に血がついているのを見て、麻里亜は頬を引きつらせた。
「黒鋼!?ってことは……」
 今度こそ、後ろを振り返る。
「小狼にサクラ姫!……ということは、あなた様はもしや……侑子さ、じゃない。えっと次元の魔女とか極東の魔女とか呼ばれているお方?」
「えぇ、そうよ」
 ひくっと麻里亜は再び頬を引きつらせた。
「私がここにいるのは偶然ですよね。必然とか言わないでくださいよ?」
「世の中に偶然なんて存在しないわ。あるのは必然」
「いやー!!」
 耳を塞いでしゃがみこんだ。
「名台詞を聞かされてとーってもうれしいんですけど!その手の中の白饅頭とか、そっちの奥のイレズミと銀竜もったマルダシ&モロダシとか、黒饅頭もった四月一日君とか、私の目の前に本来あっちゃいけないものじゃないですか!?言っときますけど私腐女子って言う名のヲトメですよ!?いわゆるオタクって種類ですよ!?本当にいいんですか?」
「いやに説明臭い台詞ね。まぁいいわ。……対価を払えばあなたは自分の中の違和感の正体を知ることができるわ」
 麻里亜は目をすっと細め、侑子を見据えた。
「……巻き込まれたのに対価を払うんですか?」
「当然でしょう?あなたの世界と私の世界は同じようで違う。未成年のあなたにここで暮らしていく戸籍がない。さぁ、どうするの?」
「くっ……行けばいいんでしょう?私の対価はなんですか?」
「アルフィレア・リードの魂」
「ちょっと待ってくださいよ。リードってことはクロウ・リードの関係者なんですか!?実は私って吃驚人間!?」
 殺し屋な忍の親友がいる時点で既に吃驚人間だろうけれど。
「そうよ。それが今のあなたの魔力の封印の要となっているわ。だから、それを対価に渡しなさい」
「はぁ……。まぁ、別に魔力ほしいですから、あげます」
「その代わり、アルフィレアのカードの記憶がなくなるわ。クロウのカードと同じカードの使い方はわかってもアルフィレアのカードの使い方はわからない」
「いいですよ。サクラのカードの使い方も、カードの種類も私としての知識にありますから」
「じゃあ、かまわないわね」
 すっと侑子が麻里亜に手を伸ばす。まっすぐに伸ばされた腕は麻里亜の胸の中へと飲み込まれていった。
 何かをかき回されるような感触に麻里亜は眉根を寄せる。
 侑子の手が何かに触れたのがわかる。ぐっと引っ張られる感触に麻里亜は歯を食いしばった。
「……っ……」
「アルフィレアの魂は、あなたの一部でもあるから痛いでしょうけど、我慢しなさい」
 わかってるから早くしてくれ。そう思いながら麻里亜は侑子を睨んだ。
 ようやく侑子の手が離れると、あまりの息切れと動悸に膝をついた。
「あなたは無敵の呪文を持っている。さぁ、行きなさい」
 侑子の手に魔力が集中し、麻里亜は顔を上げた。
 モコナを中心に風が集まるのが目に見える。魔力がどんどん集まり、モコナの背に羽が生える。
「あぁ、白饅頭に飲み込まれる日が来るなんて」
 のんびりと考えながら、さして動揺せずに飲み込まれた。
 次に目を開ければ、道路の上だ。ここはストーリーにない展開だと考えながら立ち上がった。
 だが、まだ本調子でない体は揺らめく。
「大丈夫ー?」
 ファイに抱きとめられるようにして助けられ、顔を赤くする。
「ありがとうございます」
「いえいえー」
 のんびりとした声で返事をされ、少し気が抜けた。
「……私の世界じゃないですね」
「あ〜、オレの世界でもないよー」
「俺の世界でもない」
 その言葉に黒鋼の存在を思い出し、麻里亜は鞄の中をあさる。
「これ、どうぞ」
 綺麗に畳まれたハンカチを黒鋼に差し出すと、黒鋼は眉根を寄せた。
「左頬。ついてますから」
 しっかりと握らせると同時に、扉が開く音が耳に届いた。
「何や、兄ちゃんたち」
 目の前にあった建物の扉が開いて一組の男女が姿を現す。
 黒鋼から身を離し二人に向き直る。
「次元の魔女をご存知ですね?」
 男性―――空汰に視線を向ける。
「……侑子さんのことか?」
「もちろん」
「知ってるで。ちゅーことは、三人は侑子さんのところからきたんやな?」
「そうなりますね」
「せやったらまずは中に入りや。そないに濡れたままやと風邪引くで」
「じゃあ、好意に甘えさせてもらいます」
 一体、物語がどのように動くのか、今の麻里亜にはわからない。



⇒あとがき
 ツバサに愛を注いでみることにしました。
20040802 カズイ
20080415 加筆修正
res

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