24.黒い鳥の夢

「グロサムさん!」
 麻里亜が追いつけたのはグロサムが屋敷の中に入ろうとしていた時だった。
 馬は使用人に預けたのだろう、どうにか間に合ったのだと麻里亜はほっと息をついた。
「お前は……」
「麻里亜です。ジェイド国の歴史書を見せていただきに来ました」
「町長から借りたんだろう」
「ええ。ですがあれは子どもたちを浚った犯人が一度読んでしまっています」
 グロサムは目を見開き、動作が一時固まった。
「どういう……」
「見せていただけますね?」
「あ、ああ」
「では、少しお時間を取りますのでどうぞお先に身体を温めてください。いくら貴方がこの国の出身で、この寒さに慣れているとは言え風邪を引いてしまいます」
「……わかった」
 入れとグロサムに促され、麻里亜は屋敷の中へと入った。
 奥からメイドがもう一人やってきて、麻里亜を客間へと案内した。

  *  *  *

 外装は確かに地主らしく大きいのだが、家の中は想像以上に質素なものだった。
 収入的によくないのもあるだろうが、彼は地位に囚われ華美にものを飾る人ではないのだろう。
 メイドが温かな紅茶を淹れてくれ、麻里亜はのんびりとそれを飲んで一人の時間をやり過ごした。
 ちょうど二杯目を淹れてくれたところで急いで戻ってきてくれたのだろうグロサムが部屋に戻ってきた。
 髪はまだ少し湿っているようだ。
「待たせた」
「いいえ。おいしい紅茶をいただいていましたから」
 カップをソーサに置き麻里亜はにこりと笑んで見せた。
 社交辞令ではなく事実メイドの淹れた紅茶は美味しかったのだ。
「これがそうだ」
 机を挟んだ反対側のソファに座り、グロサムは麻里亜に歴史書を差し出した。
 それは町長が持っていたものと同じ表紙のものだった。
 麻里亜はそれを受け取ると、すぐに空白になっていたページの部分を開いた。
 そこには絵までついた地下水路に関する記述があった。
「そこがどうした」
 真っ先にそのページを開いたことで、グロサムは眉間の皺を深く刻んだ。
「町長さんの本ではこの部分が破られていました」
「破られていた?破った者が犯人と言うことか」
「ええ。それとこちらをお借りしたいのですがいいでしょうか?」
「かまわん」
 簡潔に答えたグロサムは未だに厳しい表情を崩さない。
「犯人は誰だ。そう言うのだから目星はついているのだろう?」
「カイル先生です」
 きっぱりと答えた麻里亜に、グロサムは肩の力を抜き溜息を吐くように言った。
「そうだったか……。しかし、何故だ」
「目的はエメロード姫の伝説にある鳥から貰ったという輝く羽根です。子どもたちはその労働力……自分では探すことのできない場所に羽根があるから……」
「だがお前はどうやって答え(そこ)にたどり着いた」
「知っていたからです」
「なんだと?」
「けど私は知っていただけです。証拠はありません。……普通は凶作によって収入が少なくなった貴方を疑うところでしょうが、貴方のずぶ濡れ姿を見れば、聡い人間なら貴方が犯人ではないと気づきます。犯人はあの川を渡る術を知っているはずなのだから」
 グロサムはその通りだと麻里亜の言葉に苦笑した。
「また後で皆と一緒に来ます。その時に詳しいことをお話しさせていただきます。……カイル先生が犯人だと言う証拠を確かめるための」
「……わかった」
「私が知っていたと言うことは攫われたサクラしか知らないんです。だから皆には内緒にしててください」
「ああ、わかった。聞きたいことは多々あるがお前にも事情があるんだろう……この胸に秘めよう」
「ありがとうございます。では、失礼します」
 立ち上がってスカートの裾を取り、グロサムに礼をしてから麻里亜はその部屋を後にした。


 グロサムの家から町長の家の近くを通りながらカイルの家の方へと向かう。
 家の中に入ると、すぐに小狼たちの姿はあった。
「ただいま」
「おかえりなさい、麻里亜さん」
 自警団の青年の姿は見当たらない。
「麻里亜さん、答えはわかりました。いるはずのないもの……それは黒い鳥ですね。子どもたちを浚った犯人は、子どもたちが自分の足で城に向かうよう暗示を掛けていたんです」
「正解。花丸あげちゃう」
「でも、どしてわかったんです?」
「……な・い・しょv」
 まるでモコナの様に言った麻里亜に小狼は目を瞬かせた。
「麻里亜も焦らし上手ー」
「ありがとうモコナ」
 ふふっと笑うと、麻里亜はグロサムに借りた歴史書を小狼に差し出した。
「これは?」
「グロサムさんの所にあった歴史書よ。全部のページが揃っている分。黒い鳥のことがわかったんならもう犯人は判ってるんだろうけど」
「……はい」
 俯いた小狼の髪をくしゃりと麻里亜は混ぜた。
「じゃあ、作戦開始と行こうか」
「え?」
 きょとんとした小狼に微笑みかけ、麻里亜は拳を振り上げた。
「えいえいおー!」
 もうすぐ麻里亜の知らない未来が来る。
 その先に脅えるよりも動いてみる。その結果がなんであれ、事前に知ることはないが必然なのだと信じよう。
 絶対、大丈夫だよ。
 その無敵の呪文を胸に。

  *  *  *

 麻里亜とファイと黒鋼の三人は自警団のところへと向かっていた。
 小狼は前の国で手に入れたウロコを擂り潰したものをモコナに持たせ、今日暗示を掛けられた子どもの家に連れて行ってもらった。
 その足でグロサムの元にも向かっていてくれることだろう。
「お前から動き出すたぁ、珍しいな」
「そうですか?」
「そうだよー。いつも何か知ってるみたいだったけど何も言わなかったよねー」
「……思い出したんです」
「何を?」
「私にはさくらちゃんと同じ無敵の呪文があったんだってこと」
「サクラちゃんじゃなくて、麻里亜ちゃんの世界のサクラちゃん?」
「一応そうなりますね」
 さくらとサクラ。
 同じだけど、違う。

(それでも、私はサクラのお姉さまなんだから)



⇒あとがき
 グロサムさんとの会話を主に加筆しました。
 あと、ついでだから小狼の髪をくしゃりと混ぜてみましたw
20050526 カズイ
20080415 加筆修正
res

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