23.無敵の呪文

 目覚めてすぐ着替えた麻里亜は窓の外の騒がしい風景を一瞥し、部屋の外へと出た。
「うおっ」
「……ぷっ」
 扉を開けた瞬間、ノックしようとしていたらしい黒鋼の身体が仰け反る。
 どうやら自分は意図せず不意打ちに成功したらしい。
 そう気付いたら思わず吹き出してしまった。
「おはよー、麻里亜ちゃん」
「おはようございます、ファイさん」
 隣の部屋をノックしようとしていたファイがひらひらと手を振る。
「おはよう、小狼くん、モコナ」
「おはよー!」
「おはようございます麻里亜さん」
「おはようございます、黒鋼さん」
「……おう」
 バツが悪そうな黒鋼には最後に挨拶をし、麻里亜は廊下へと足を踏み出した。

 ファイがサクラの部屋をノックし、返事が無いことに小狼とモコナとともに首を傾げる。
「サクラちゃーん、開けるよー」
 そっと開けた扉の先にサクラは居ない。
 最初から知っているが、麻里亜は部屋の中を彼らと同様覗き込んだ。
 開いたままの窓からは冷たい風とともに吹き込んだ雪が積もっていた。
 窓枠には昨日サクラが肩からかけていた毛布がそのまま残っている。

「余所者を出せ!」

 バタバタと階段下が突然騒がしくなり、階段を数人の男が駆け上がってくる。
 カイルがそれをとめようと「待ってください!」と叫ぶ声も聞こえた。
「また子ども達が消えた!七人もだ!」
 現われたのは昨日の自警団の男だ。
「待ってください!その方々は昨夜も外には出てらっしゃいません!
「もう一人はどうした!?」
「部屋に居ないんです」
「なんですって!?」
「いなくなったのに気づかなかったじゃないか!先生!」
「まさか……サクラさんまで……」
「いいや!あの娘が子ども達をどこかへ連れて行ったのかもしれない!金の髪の姫を見たなんて有りもしないことを言って伝説のせいにして子ども達をさらったんだろう!」
 銃を向けられ、小狼はその銃を蹴り上げた。
 その銃を掴んだ黒鋼が青年を組み伏せ、銃を突き立てる。
「武器(えもの)向けんなら死んでも文句ねぇんだろうな」
「ひゅー♪黒さま素敵すぎー」
「離せ!くそー!!」
「おれ達は子供達が消えたことには無関係です」
「って言ってもー信じられないかなぁ」
「当たり前だ!子供達が見付かるまでおまえ達が一番怪しいことに変わりはない!」
「探します。子供達が何故、そして何処へ消えたのか。……それに、おれの大事な人も」
 麻里亜はただじっとそれを見届け、部屋の中へと入っていった。
 始終落ち着き払った表情を崩さなかった麻里亜に気付いたのは幸か不幸かファイと黒鋼の二人だけである。


 窓枠にかかった毛布を引き上げ、雪を払うと窓をすぐさま閉めた。
 正直言えば他の人が閉めるのを待つつもりだったのだが、寒さに負けたのだ。
「この窓からでちゃったのかなぁ、サクラちゃん」
「伝説みたいに金の髪の姫とやらにさらわれたのか……それとも子ども達をつれていった誰かを見たか」
 窓を閉めても口から零れる吐息はまだ白い。
「小狼くんは本当に三百年前の伝説のお姫様が子供をさらったと思ってるのー?」
「まだどちらともいえません。けどカイル先生に聞いたんですが、この国には『魔法』や『秘術』を使える人間は認知されていないようです」
「ここには魔力みたいなものを使える人間は公然とは存在していない?」
「この歴史書を見ていても三百年前のエメロード姫のこと以外、それらしい不思議な現象も記されていません。もし本当にエメロード姫が何らかの方法で蘇って起こしている事件なら、この窓から視認できるくらいの距離に金の髪の姫が来てモコナが何も感じないというのは……」
「モコナこの世界に来てから何も感じない」
「寝てただろうおまえは!!ぐーぐーと夜は俺の腹の上で!」
「すごく強い力だったら目が覚めるもん!」
 モコナと黒鋼の仁義なき(無駄な)戦いは続く……

「家の鍵も壊されてない、子ども達が騒いだ様子もない。それに不思議な力じゃないならサクラちゃんが見たっていうお姫様は?」
 小狼は静かに何かを考えているようだった。
「とりあえず、北の城のほうに行って見ませんか?何かつかめるかもしれませんし。何より外の足跡、早く追いかけないと……それでなくても昨日の雪で消えてそうですし……」
「それもそうだねー」
「いきましょう」
 小狼のその言葉に麻里亜は毛布をベッドの傍らへと置き、部屋を後にした。
 結局まだやっていたらしい黒鋼とモコナもその後を追って部屋を出た。

 一度互いの部屋へと寄ってから階段を下ると、テーブルの上で荷物を纏めていたらしいカイルがいた。
「本当にすみません、町の人たちが失礼を……」
「いいえー。皆いなくなった子供達が心配なんでしょう」
「でもサクラさんもいなくなってしまって……」
「……診察ですか?」
「残った子供達の様子を見てこようと思って」
 ではとカイルはいそいそと出かけていった。
 止めるにしてもその先を考えなくてはいけない。麻里亜はそれを黙って見送った。
「……私たちも行きましょう」


「どこへ行く!」
 扉を開け、外へとでようとしたとき、自警団の青年が入り口まで近づいてきた。
「いなくなった子供達とオレの妹の手がかりを探しにー」
「一緒に行くぞ!!」
「おまえ達だけで行動させたら何しでかすか分からないからな!」
 小狼がずいっと青年の前に立った。
「な……なんだよ!」
「聞きたいことがあるんです。……ここ数年凶作だと町長に伺いました」
「ああ、自分達が食うので精一杯だ!」
「この町の土地って殆どグロサムさんのものなんですってー?」
「借りた土地代はどうしてんだよ」
「……待ってもらってる!」
「カイル先生がグロサムさんに掛け合ってくれたんだ!先生が言ってくれなかったら今頃俺たちはこの町を出なきゃならなかったかもしれないんだ!」
「へー、ってことは、グロサムさんはここ数年あまり収入的にイイ感じじゃないと」
 消えていない足跡を探すため、麻里亜たちは歩き出した。


「おまえ達馬を持っていただろうなんで乗らないんだ?!」
「馬からだと見逃しちゃうでしょうー」
「だめだな」
「夜通し振った雪で足跡は消えてる」
「町の周辺はすでに探されてますよね」
「当たり前だ!!」
 青年の怒鳴り声に思わず麻里亜も耳を塞いだ。
「城のほうはどうですか?」
「城の手前までは探した!けどあの川があるから向こうへは渡れない!!」
 流れの早い川は普通に渡ろうとは考えても無理だろう勢いを持っている。
 水の中に入れば大の男であろうとたちまち流されてしまうだろう。
 それに水は凍りつきそうなほど冷たい。心臓発作でも起こして死ぬのがオチだ。

「おまえらなんでこんなに冷静なんだ?旅の仲間がいなくなったんだろ?」
「……少なくともあのガキに関してそう見えるんならおまえの目は節穴だな」
 青年は眉間の皺を深くした。
「小狼くん、戻りましょう」
 麻里亜は何か証拠でもないかと辺りを探っている小狼に声を掛けた。
「このままじゃ何も見つからないし」
「そうだねー」
 コートを引き寄せて麻里亜は城に背を向ける。
「おい引き返すのか!?」
「そう言ってるじゃありませんか」
「冷たい女だな。義理とは言え妹だろう!」
「心配してないとは言っていません。私は事実を言ったまでです。あなたたちが既に探索した後のここにずっといて何か見つかるとでも?」
 青年はうっと詰まった。
「さぁ、戻りましょう。騒ぐ時間が無駄です」
 大声に対する嫌味を添えてきっぱりと切り捨て、麻里亜は歩き出す。

  *  *  *

 町を目前に見据えたところで、麻里亜はグロサムの姿を見つけた。
「あ」
「グロサムさんだー」
「ずぶ濡れじゃねぇか」
「ほんとだーさむそー。でも雪も降ってないのになんであんなに濡れてんのー?」
「あの城の前の川にでも落ちたか?」
 だとしたらよっぽど彼は丈夫なのか、それとも実はそれほど水の中は寒くなかったかのどちらかだろう。
 麻里亜は思わず考え、グロサムを見据えた。
 ふと、グロサムが馬からこちらに視線を動かした。
「村の奴らはよっぽどのことがない限りあの伝説のせいで城には近づかないぞ!」
 叫ぶ青年の声に、グロサムがこちらをぎろりと睨む。
「ってことはー、よっぽどのことがあったんですかねぇ」
 挨拶代わりに片手をあげたファイを無視し、グロサムは町の中へと入って行った。

「……気になっていたんですけど」
 グロサムが立ち去った後、小狼は麻里亜の方を向いてそう言った。
「何?」
「昨日、歴史書を開いて抜け落ちたページを確認していましたよね」
 ざと歴史書を開いていき、適当なページを読むふりをして確認をした。
 カイルによって破られている地下水路に関しての記述のページ。
 英語が苦手ではないとはいえ、筆記体をすらすら読めるほど麻里亜は器用ではない。
 完全にあれは振りだったと小狼は見抜いたのだろう。
「あれはなんだったんですか?」
「確認……ってところかな」
「?」
 ふふっと笑った麻里亜に、小狼は首を傾げた。
「ここからは別行動。私はグロサムさんのところに行くから、小狼くんたちは町長さんのところに行っておいで」
「町長さんのところですか?」
「気になること、あるんだよね?」
 小狼は眼を見開いて驚いた。
「それに、行けば分からないことが分かってくるよ。いるはずのないものとかね」
「いるはずの、ないもの?」
「"絶対、大丈夫だよ"……小狼くんなら分るって信じてるから」
 麻里亜は小狼の手を取り、そう言った。
「じゃあ、また後でね」
 手を解き、麻里亜はスカートの裾を掴み、グロサムが去って行った方へと走って行った。

「あの様子だと、また何か知ってて動きやがったな」
「まー、そのうち話してくれるでしょ」
「???」
 黒鋼とファイの言葉に青年は首を傾げるばかりだった。


「……いるはずのないもの」
 小狼はぽつりと呟き、麻里亜が去って行った方を見詰めた。
 何か知っているのに口にしない彼女は、きっと自分が真実を見出すことを信じて疑わない。
 まだぬくもりが残っているような気がする手をぐっと握り、三人に声をかけた。

「おれたちも行きましょう」



⇒あとがき
 予定外に長くなるジェイド国編(笑)楽しいです。
20050430 カズイ
20080414 加筆修正
res

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