22.雪の日の夜
「ひゅー。すごいねぇ、前も見ずに」
ファイの馬にサクラが、黒鋼の馬に麻里亜が相乗りし、歴史書を読みながらも器用に馬を操り、同時に自身も枝を器用に避ける小狼を見る。
歴史書の通りに城に向かっているため、自然とそんな小狼の後を二頭の馬が追っている形となっている。
「この先です」
小狼はすっと大きな水音の方を指差した。
音の源である勢いの強い川を挟んだ向こう側、それが目的地である廃墟となった城。
灰色の空を飛ぶ大量の烏が不気味さを引き立てている。
「あれが北の城かあ」
「しかし、どうやって城まで行くんだよ」
「黒鋼、渡れない?」
麻里亜の腕の中にいたモコナが黒鋼に問う。
「無理だろう。特に子どもをつれてじゃな」
忍である黒鋼が無理だと言うのなら普通の人にはもっと無理だろう。
だが方法がないわけではない。
麻里亜はそれを知っているが、決して口には出さなかった。
「この川は三百年前にもあったようですね」
歴史書を開いて今と昔の城を比べていた小狼がそう言った。
「昔はどうやって中に入ってたんだろー」
「ここに橋があったんでしょう」
「これ以外に城に行ける方法は見当たらないねぇ。じゃあやっぱり子供を城へ連れ去るのは無理ってことか」
「……………」
小狼はまっすぐ城を見詰めた。
水の勢いは激しく、凍る暇もない。おそらく触れればとても冷たいのだろう。
麻里亜は想像しただけで寒くなった気がした。
城には手がかりらしきものが見当たらなかったため、麻里亜たちは馬を反転させて町へ戻ることにした。
「手がかりっぽいものはなかったねぇ。城には近づけなかったしー」
「強い力も感じなかった」
「サクラちゃんの羽根も不明かぁ」
「「あ……」」
横向きに座っていたサクラと呟きが重なる。
麻里亜もまたサクラと同じように横向きに座っていたからだ。
雪を被った木々の置く、馬を歩かせる男の姿。
「あー、グロサムさんだー」
「んなところで何してるんだ?」
「あっち、何もないのにねぇ」
「……お城がありますよ」
結局、グロサムを追うことなく町へと戻ると、疲れきった顔の町の住人たちがそこかしこに見られた。
「……まだ見つかってないのね」
「みたいね」
麻里亜は娘の持ち物である黒猫の人形を持って涙に暮れる母親を見て眉を寄せた。
少女は無事なのだからと自身に言い聞かせ、思わずきつく抱いてしまったモコナに視線を向けた。
「麻里亜、大丈夫?」
「大丈夫だよ、モコナ」
麻里亜は微笑んで見せ、前を見据えた。
馬の進行方向には黒猫の人形と対となるような黒い兎の人形を抱きかかえた少女とその母親、そしてカイルの姿があった。
「お大事に」
そう涙ぐむ少女に声を掛け、少女の頭を優しく撫でる。
麻里亜の胸が何故かツキンと痛んだ。だがほんの一瞬のことで、気のせいだろうと、麻里亜は黒鋼の手を借りて馬から下りた。
「往診ですか?」
「ええ。今朝いなくなった子と仲が良かった子どもたちが随分ショックを受けているので……」
兎の人形を抱えた少女は溢れる涙を拭い、肩を揺らして嗚咽を零しながら、母親に背を押されて家の中へと入っていった。
「本は借りられましたか?」
「はい、町長さんに」
「貴方が見たという姫のことでもいいんです。何か分ったらどんな些細なことでも教えてください。子どもたちが一日でも早く戻ってくるように」
まだ寄るところがあるからというカイルと別れ、麻里亜たちは家へ戻ることとなった。
麻里亜は立ち去るカイルの背を目で追いかけたが、すぐになにもなかった風を装い、黒鋼の馬に乗った。
* * *
夜、カイルに許可を取った麻里亜はキッチンで温かいココアを淹れると、サクラの部屋を訪れた。
「サクラ姫、いる?」
部屋の戸をノックし、声をかけた。
「姉さま?」
恐る恐る扉をあけたサクラに、麻里亜はお盆に載せたココアを見せた。
「一緒に飲まない?」
「あ、はい」
少し驚いていたが、サクラは麻里亜を部屋に招きいれてくれた。
麻里亜が部屋に入ると、サクラは冷たい風が差し込む窓を閉めようとした。
だが麻里亜はそれを止めさせた。
「いいよ、開けっ放しでも」
サクラにカップの一つを預け、冷たい床の上に座ると、一緒に持ってきたブランケットを膝に掛けた。
「姉さ……ごめんなさい。えっと、麻里亜さんは、本当に似てます」
「サクラ姫の世界の私に?」
こくりと両手でカップを包み込んだままサクラは頷いた。
「まー、多分大元は一緒だろうからねぇ」
サクラたちの世界の麻里亜のことは一応小狼から聞いているのだが、大元は同じでも所詮は別の人の話である。
実感は湧かないが、サクラに姉さまと呼ばれるのは悪くはない。
「この旅の間、サクラ姫の世界の私の変わりに、私がサクラ姫のお姉さまを請け負っちゃおうかなー」
「本当!?」
「本当だよ。遠慮なく姉さまって呼んでいいよ」
「ありがとう、姉さま」
サクラはぱあっと表情を綻ばせると、もじもじとしながらも言葉を続けた。
「あのね、姉さま。できたら、私のことサクラって呼んで欲しいな……ダメ?」
「ずきゅーんならぬはにゃーんだよ。もちろんオッケイだよ、サクラ」
腐女子万歳。
と、ちょっと違う気もする台詞を内心叫びつつ、麻里亜は親指をぐっと立てた。
「……姉さま、子どもたちを連れて行ったのはエメロード姫なの?」
「そうとも言えるし、そうともいえない」
「?」
「答えはこの窓の外。サクラがすべきことだから」
「やっぱり姉さま知ってるんだ」
サクラはむぅっと頬を膨らませた。
「知っている答えを与えるだけがすべてじゃないと思うんだ」
それに、答えを明かしてしまうことで、未来が大きく変わってしまう可能性がある。
今回はあの謎の男の部下が二人も絡んでいるのだ。下手に口は開けない。
「まぁ、すべて丸く収まる予定だし、気にしちゃだめよ」
麻里亜は明るい口調でそう言うと、笑みを浮かべてココアに口をつけた。
甘くて暖かいココアが胸をほっとさせてくれる。
無敵の呪文。
それが麻里亜にあると侑子は言った。彼女が言うのだから間違いはないだろう。
"絶対大丈夫だよ"
笑みを浮かべてそう言う目の前のサクラとは違う桜が脳裏を過ぎる。
「姉さま?」
「ん、ああ、ごめんごめん。で続きなんだけどね、サクラがしたいように行動したらいいよ」
「いいの?」
「絶対、大丈夫だよ」
ウィンクをおまけにつけて言えば、サクラの肩がほっと下がる。
傷つけると分かっていても魔法剣士を召喚し、自らの愛を貫いた柱のエメロード姫。
この世界のエメロード姫とは無関係とは言い切れないかもしれないが、恐らくは同じ魂と解釈しても構わないだろう。
だからこそ嫌いではない。むしろ憧れている。
それをサクラに告げることは答えを与えることにつながりかねない。
麻里亜はただ柔らかく微笑んだ。
「さぁてと、小狼くんに歴史書を見せてもらいにいってこようかな。カップは……」
サクラははたっと慌ててカップに口をつけた。
一気に飲み干すサクラに麻里亜はくすくすと笑った。
「一気に飲まなくても良かったのに」
「え、あ……そっか」
照れたような笑いを浮かべるサクラからカップを受け取り、麻里亜は部屋を後にした。
「おやすみなさい、サクラ」
「おやすみなさい、姉さま」
* * *
小狼たちの部屋で歴史書を見せてもらった麻里亜は、階段を下り、カップに温くなったお湯を入れた。
さっと洗って食器棚に片付けるとき、ふっと窓に視線が行き、足跡を目撃することとなった。
サクラが居なくなったのかと思って窓を開けてみると、ふわりと光が見えた。
冷たい風に揺らめくやわらかなウェーブを描く長い金糸の髪。
それは―――
「エメロード姫?」
こくりと頷き、彼女は指を指した。
足跡の先。
やはりサクラが行ってしまった後なのだろう。
麻里亜は不安に揺れるエメロードに笑顔を向けた。
「絶対大丈夫だよ」
言の葉にしっかりと乗せ、告げる。
「サクラはちゃんと助けられる。子ども達も家族のところへ帰れるわ」
エメロードは少し驚いた顔をして笑顔に変わった。
エメロードの声を聞くことはできなかったが、なんとなく察することは出来た。
「だから、今はサクラをお願いします」
頭を下げ、再び顔を上げるとエメロードは笑顔で頷き、その姿を消した。
⇒あとがき
サクラとどんどん仲良しに〜♪
はにゃーんのネタが使いたかったっていうのもあったんですが、ちょっと無理やりな気も……
まぁ気にしない気にしない。
20050430 カズイ
20080206 加筆修正
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