21.二十一人目
「おお、すごい!積もってるぅ♪」
随分と見ていない久しぶりの雪。
窓に積もった雪に目を細め、麻里亜はコートを手に外へと飛び出した。
扉を開けると同時に、肌を刺す冷たい風に思わず表情が綻ぶ。
「ふわ、すごいなぁ」
目の前の雪景色に改めて感嘆をついた麻里亜だったが、すぐに町の異変に気づいた。
(子どもがいなくなったんだっけ)
目先のことにとらわれてうっかり忘れていたが、麻里亜は現れた自警団員の青年に「子どもが!!」と切な叫び声を上げる女性のもとへと走り出した。
「子どもがどこにもいないんです!」
泣きながら訴える女性は手に黒猫のぬいぐるみを抱きかかえていた。
そのぬいぐるみは、昨日唯一見かけた女の子が抱えていた黒猫のぬいぐるみで間違いない。
「麻里亜さん」
一体何が?という表情の小狼に、麻里亜は首を横に振った。
「ちゃんと鍵も掛かってたのに!!」
人々の間には絶え間ないざわめきが広がる。
それは外から来た人間である麻里亜たちには過剰な反応にも思える。
「壊されたのか!?」
「中から開いてるんです!!絶対に鍵を開けちゃいけないと教えてあるからあの子の筈ないわ!やっぱり金の髪の姫が子どもたちを……!」
「じゃあ……あれは夢じゃない?」
「あれって何だ!?」
ぽつりと呟くように言ったサクラの言葉に自警団員が反応する。
その睨みから守るように小狼が自警団員とサクラの間に立った。
「昨夜雪の中を金色の髪をした白いドレスの女の人が黒い鳥を連れて歩いていくのを見たんです」
「やっぱり金の髪の姫が子供をさらって行くんだわ!」
「北の城の姫君だ!」
「姫の呪いだ!」
「いい加減にしないか!」
サクラの言葉にざわめく人々の間をすり抜け、グロサムが姿を現した。
昨日と変わらず厳しい表情をよそ者である麻里亜たちを射抜く。
「また子供が居なくなったんですか!?」
ようやく家の中から出てきたカイルがグロサムに駆け寄る。
麻里亜たちよそ者が犯人ではないかとグロサムに思い込ませるかのような都合のいい登場だ。
麻里亜は人知れず小さくため息をつく。
「昨夜この余所者たちは家から出なかっただろうな」
「いつ急患が来ても良いように私の部屋は入り口のすぐ隣です。誰かが出て行けば分かります」
カイルとグロサムのにらみ合いが続く。
ふっと麻里亜は黒鋼の肩口でもぞもぞと動く存在を見つけた。
間違いなくモコナであろう。
姿を見ないと思ったらどうやら黒鋼の服の中にいたようだ。
思わずくすくすと笑うとファイがそれに気づいて振り返り、一緒に笑った。
「……お前ら何がおかしい!」
自警団員の青年が麻里亜とファイを指差す。
「彼がくしゃみしそうな顔してて面白かったんですー」
へらんと笑い、ファイは「ねー」と麻里亜に同意を求めた。
「ええ、仲のよい婚約者同士ですから」
くすくすと笑いながら、麻里亜はそれに乗る。
「ここにいても仕方がない!さあ!子どもたちを捜そう!!」
空気が少しなごんだところで町長の言葉に人々が解散していく。
ただ一人、自警団の青年が振り返り、一睨みした以外は皆背を向けて振り返ることなくいってしまった。
「わー、なんか睨まれたねぇ」
「怪しまれてんだろ」
「後、私笑っちゃったし……」
「それもあるねー」
ファイはまたへらんと笑った。
「さあ、戻りましょう。朝食の準備ができてます」
「大丈夫―?黒んぷのナイフとフォークの使い方独創的だからぁー」
「うるせっ!おまえこそ箸使えねぇだろ」
「姉さまは……」
「?」
「……あ、ごめんなさい」
「そっか、記憶戻ったからか。別にいいよ、姉さまでも。一応ここでは義理の姉妹ってことになってることもあるしね」
「ありがとう、姉さま」
しゅんとなっていたサクラは麻里亜に満面の笑みを浮かべ返した。
* * *
「……金の髪の姫を見たんですか?」
昨日のことを見たままを話すサクラにカイルは驚いたような声を上げる。
実際驚いたのだろうが。
「ごめんなさい。わたしがあの時外に出ていれば……」
「夢だと思ったんでしょう。雪の中を歩いているドレスの女なんて現実じゃないと思うのが当然です」
「町の人たちはそう思ってないみたいでしたけどー」
黒鋼の愉快なスプーンさばきを笑ってみていたファイはその顔のままカイルに言った。
「『スピリット』の人たちにとってあの伝説は真実ですから」
「史実ということですか?」
「この国『ジェイド国』の歴史書に残っているんですよ。【三百年前にエメロードという姫が実在して突然王と后が死亡しその後次々と城下町の子どもたちが消えた】」
「子どもたちはその後どうなったと書かれているんですか?」
「【いなくなった時と同じ姿では誰一人帰ってこなかった】と」
「そりゃあ生きて帰ってこなかったともとれるな」
黒鋼の言葉にパンを千切っていた麻里亜の手が止まる。
もし麻里亜が真実を知らなければ、黒鋼と同じようなことを言えるかと言えば否である。
きっと遺体で帰って来たのだろうかと考え、憂うだろう。この町の人たちが信じたように。
それは個人の問題でもあるが、大きな差だと思う。
麻里亜はそれを隠すように千切ったパンを口に運んだ。
「城はすでに廃墟でですがその時とあまりに似ているので町の人たちが伝説の再現だと思ってしまうのも無理はないんですが……」
「町で金の髪の姫を見たのは他には……」
「いません。サクラさんとおっしゃいましたね。貴方が初めてです。その事でグロサムさんが何か言ってくるかもしれません」
「サクラちゃんは初めての目撃者かもしれないものね」
「その『ジェイド国』の歴史書は読めるでしょうか」
小狼の問いにカイルは驚き、しかしすぐに是とうなずいた。
町長とグロサムの家にあると言うことまで教えてくれ、麻里亜たちは朝食の後、町長の家に向かうことにした。
何故町長の家なのかは、もう一人がグロサムだと言うことを考えればすぐに理由は分かるだろう。
* * *
「どうぞ、座ってください」
町長の勧めで、麻里亜、ファイ、サクラの三人がソファに座った。
小狼と黒鋼は席が少ないこともあり、それを断ってその後ろに立った。
「今日はどういったご用件で?」
「歴史書をお借りしたいんですけどー」
「それから、いなくなった子どもたちの話もよろしかったら……もしかしたらなにかわかることがありませんから」
後押しするように言う小狼の言葉に町長はソファに深く沈みこむように座り、項垂れた。
そして深いため息と共にこう答えた。
「……これで二十一人目だ」
「手がかりになるようなものは何も?」
「残されていなかったよ。今回もね」
町長は頭を抱えた。
「数年前から気候が安定してなくてずっと凶作が続いているんだ。そうでなくとも皆、気が立っているのに、どんどん子どもが消える。その上三百年前の伝説まで……」
「子どもが最初にいなくなったのは?」
「二ヶ月前だよ。早朝、木の実を拾いに行ってそのまま帰らなかった。それから一人消えたり三人一緒だったり。大人たちは何度も夜外へ出てはいけない、知らぬものについて行ってはいけないと言い聞かせている。それなのにいつも暴れた様子もなくただ子供だけがその場から消えている」
町長は立ち上がると、本棚から一冊の本を抜き出して机の上に置いた。
「三百年前のこの国について書かれた歴史書だ。エメロード姫についても伝わっている話よりは詳しく書き記されている。わしも何度も読んだが今回の件の手掛かりは見つけられなかった。読み終わったらすぐに町を出なさい。取り返しのつかないことになる前に」
「ありがとうございます。でも、やらなければならないことがあるんです」
小狼ははっきりとそう言って机の上に置かれた歴史書を手に取った。
麻里亜はサクラ同様、手を借り立ち上がる。ファイはサクラのエスコートをしているので麻里亜のエスコートは黒鋼だ。
慣れないドレス姿ではあるが、それを感じさせぬように滑らかな動きで立ち上がると、すっと背を伸ばして屋敷を後にした。
「麻里亜ちゃんって、すごいお嬢様みたいに見えるー」
「それっぽくやってみたくなりませんか?こういう服を着ると」
「そういうものか?」
「うちって伝統的な感じの家なんでこういうずるずる引きずるドレスなんて本当何か無い限り一生着ないと思ってましたから」
苦笑しながら言う麻里亜に小狼は興味を惹かれたらしい。
「今度麻里亜さんの国の話をしてくれませんか?」
「いいよ、きっと気に入ると思う」
小狼にとっては興味惹かれるもの珍しいものが数多くある世界だから。
⇒あとがき
予定より1話増えた!?まぁ、何時ものことですね。
にしても小狼がアニメの影響で出張り始めています。うーん、大好きだー!!!
20050430 カズイ
20080108 加筆修正
← →