19.御伽の御伽

 目覚めはいい匂いから始まった。
「おいしーv」
 その匂いの元、目の前の食事を口にした麻里亜は、感動しながら食事を続ける。
「あはは、なんか注目されてるねー」
 隣では行儀悪くがちゃがちゃと必死に食事をしている黒鋼の姿があった。
 正しく言えば、慣れないナイフとフォークに悪戦苦闘している黒鋼の姿があったであろうか。
「やっぱりこの格好がいけないんでしょうか」
「全然違うもんねぇここの国の人たちと。特に黒たんがー」
「あー?文句あっか」
 指名された黒鋼はぎろりとファイを睨んだ。
「あの、大丈夫なんでしょうか、この食事」
「ん?」
「この国のお金ないんですけど」
「大丈夫だよー」
 緊張した面持ちの小狼にさらりとファイが答える。
 何か考えでもあるのだろうかと思えばサクラの方に視線を動かす。
「ねっ、サクラちゃん」
「え!?」

 黒鋼の食事を奪ったモコナを黒鋼から引き離し、膝の上に置いた麻里亜はその口に自分の分の食事を放り込んでみた。
「お、結構入る」
「遊ぶなよ」
 黒鋼の呆れたようなツッコミが入った。
 その時ふっと麻里亜の視界に一人の少女の姿が目に入った。
 最初は阪神共和国。次は高麗国。
 この国で三度目だ。
「みゆき、ちゃんだっけ?」
「何がだ?」
「あ、いや……ちょっと知った顔の給仕を見つけただけです」
 不思議の国のみゆきちゃん。
 どんな話だったか忘れちゃったけどアリスを元にしたアリスとはまったく違う話に出てくる主人公だったような気がすると心の中で答えを変えた。
「あっ!」
 どうやら麻里亜が目を離した好きに結局また黒鋼の食事が奪われたようだ。
(……意味なっ!!)
 がくりとうなだれる麻里亜の心情など誰も気づかず、ファイに話を振られた黒鋼は人を殺しそうな視線でファイたちの方を振り返っていた。


「はいサクラちゃんお疲れさまー。これで軍資金ばっちりだよー。この国の服も買えるし食い逃げしないでオッケー」
「しかし凄いなお嬢ちゃん」
「ルールとかわかってなかったんですけど、あれで良かったんでしょうか」
「おもしろい冗談だな!」
 あははと笑う店員に、サクラは冗談じゃないんだけどと困ったように呟いた。

「変わった衣装だな、旅の人だろう?」
「はい、探しものがあって旅を続けています」
「行く先は決まってるのかい?」
「いえ、まだ」
「……だったら悪いことは言わん。北へ行くのはやめたほうがいい」
「なんでかなぁ?」
「北の町には恐ろしい伝説があるんだよ」
「どんな伝説ですか?」
「昔、北の町のはずれにある城に、金の髪のそれは美しいお姫様がいたらしい。ある日姫の所に鳥が一羽飛んで来た。輝く羽根を一枚渡してこう言ったそうだ。「この羽根は『力』です。貴方に不思議な『力』をあげましょう」姫は羽根を受け取った。そうしたら王様とお后様がいきなり死んで姫がその城の主になった。そしてその羽根にひかれるように次々と城下町から子供達が消えていって二度と帰ってこなかったそうだ」
「それは―――おとぎ話とかいうヤツかな」
「いいや、実話だよ」
「実際に北の町にその城があるんですね」
「もう三百年以上前の話だからほとんど崩れちまってるがな」
「で、そんな怖い話があるから北の町に行っちゃいけないのー?夜眠られなくなるからー?」
「いや、伝説と同じようにまた子供達が消え始めたんだよ」

 麻里亜はその話を聞き流すかのようにジュースに口をつけちびちびと飲み続けた。
 この男が謎の男の手のものだということは分かっている。
 名前もしらないあの男の正体がせめて分かれば……いや、分かったところでどうしようもないだろうが。

「麻里亜ちゃん、お店出るよー」
「あ、はい」
 お店の外へと出て行く仲間たちの後を追いかける。
 所詮それは御伽の御伽でしかない。考えるよりも今は動けだ。
 そう思いながら軽く両頬を打った。

  *  *  *

「『力』をくれる輝く羽根。なんだかサクラちゃんの羽根っぽいねぇ」
「モコナまた強い力は感じない」
 手のひらの上でモコナが答える。
 サクラが稼いだ金で買った新しい服―――サクラとわずかに色違いのドレスだ―――は暖かく、外に居るというのに随分と暖かい。
「でも羽根がないとは言い切れないよねぇ。何か特殊な状況下にあるのかもしれないし、昔の伝説って言ってたけど春香ちゃんのとこでもそうだったしね」
「で、行くのか」
「はい、北の町へ」
「ていうか引き返すのも間抜けというか……」
「お前は余計なことを言うな!」
 麻里亜はくすくすと笑い、前を見つめた。
 サクラは小狼の馬に相乗り。これは当然といっても無理はない。
 麻里亜は迷ったが、ファイの馬に相乗りさせてもらうことにした。
 後で黒鋼へのモコナの突っ込みが入るのは知っていたし、あれの巻き添えを食らうのが嫌だからというのが本音だ。

「わーいい感じにホラーってるねぇ。この木の曲がり具合がまた……」
「そりゃどうでもいいが冷えて来たな」
「雪降りそうだもんね」
「大丈夫ですか?」
 小狼がサクラにたずねる。
「平気です。この服暖かいから」
「そっかサクラちゃんの国は砂漠の真ん中にあるんだっけ」
「はい。でも砂漠も夜になると冷えるから」
「麻里亜ちゃんは?」
「四季がありましたから。冬になれば寒いですし、夏になれば暑かったですよ」
「黒るんとこはー?」
「黒るん言うなっ!……日本国も麻里亜と一緒で四季がある」
 久しぶりの呼び捨てに麻里亜は赤くなる頬を押さえた。
「……うーん、再び妬けるねぇ」
「へ?」
「なんでもないよー」
 へらへらんとファイは麻里亜に笑って見せた。
「ファイの所はどうだったの?」
「寒いよー。北の国だったから。ここよりもっと寒いかな」
「小狼くんは?」
「おれは父さんと色んな国を旅していたので」
「寒い国も暑い国も知ってるのね」
 微笑むサクラに小狼は釣られたように笑った。

「あれ!」

 手の中を飛び出しモコナが道の先を指差す。
「なんて書いてあるのかなぁ」
「「……『スピリット』」」
「え!?」
 麻里亜と声が重なったことに小狼が驚いた顔をした。
「読めるんですか?」
「小狼くんこそ」
「おれは前に父さんに習ったことがあったので」
「私も似たようなものだよ。親に……じゃないけどね」
「読めるんだー」
「すごいね、二人とも」
 ファイとサクラの二人が手放しで褒めるのに小狼は顔を赤くした。

「おい」
 警戒したように黒鋼が声をかける。
「はしゃいでる場合じゃねぇみたいだぞ」
 視線の先の町。
 そこには異質な空気を孕んだ静寂の町が待っていた。
 寒空を烏の不気味な鳴き声がよく響いた。



⇒あとがき
 タイトルこじ付けのような気がする(笑)
20050429 カズイ
20071211 加筆修正
res

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