18.霧の国の光

「で、どこなんだ、ここは」
「強いて言うなら霧の国?」
 麻里亜は苦笑を浮かべながら黒鋼の問いに答えてみた。
「言い得てるね。それにしても、おっきい湖だねぇ。家とかも全然見えないしね」
「人の気配もないみたいですね。霧も出てますし」
「モコナ、どう?サクラちゃんの羽根の気配するー?」
「強い力は感じる」
「どこから感じる?」
「この中」
 そう言ってモコナが示したのは大きな湖の中だった。
「潜って探せってのかよ」
 驚く黒鋼にモコナはこくっと頷いた。
「待って、わたしが行きま……す」
「おっと」
 ふら〜っとサクラの体が後ろ向きに倒れ、黒鋼が片手で支える。
 麻里亜が後を預かり、ゆっくりとその身体を横たえた。

「サクラ寝てるー」
「春香ちゃんの所で頑張ってずっと起きてたからねぇ。限界きちゃったんだねぇ」
 ファイはコートを脱ぎ、サクラの身体に掛けてやった。

「麻里亜ちゃんの魔法は水に効果ある?」

 ファイはふと麻里亜に話を振った。
 その瞬間、麻里亜は頬を引きつらた。
「どうかした?」
「ウォーティのカードはあることにはあるんですけど……」
「使えるんならそれを使えばいいじゃねぇか」
「それが……あの時無我夢中で使ったみたいで……杖の名前がさっぱり〜、なんて……」
 苦笑していた麻里亜だったが、「面目ない」と肩を落とした。
「気にしなくていいよ。オレも似たようなもんだし〜?」
「お前は少し気にしろ!」
 笑い飛ばすファイに黒鋼が突っ込みを入れた。

  *  *  *

―――パシャッ
 水の中から小狼が顔を出した。
 火の番兼サクラの護衛を任された麻里亜は水音に導かれ、湖の方へと歩み寄った。
「麻里亜さん、サクラは?」
「もうぐっすり。見てて気持ちいいくらい寝てるよ」
 じっと小狼が麻里亜を見つめる。
「……えっと、私の顔、何かついてる?」
「や、あの……そう言えばおれの世界にも麻里亜さんいたなって、思い出して……」
「居たの?私」
「はい。隣の国のお姫様で……不思議な人でした」
「あったことあるんだ」
「よく王様に会いに来てたんです。王様の婚約者だったし……」
「こ、婚約者!?」
 驚いたが、必死に声を抑えた。
 サクラが起きていないのを確認して小狼を見れば、少し戸惑い気味に、だが確かに頷いた。
「お、美味しいっ」
 思わず座り込み、地面に手をつく。
「おいしい?なにがですか?」
「……なんでもないよ」
 麻里亜は少し考えた後、勢い良く頬を叩いて立ち上がった。
 そしてその行動に驚いた様子の小狼に笑みを向けた。

「小狼くん。私今からちょっとやむにやまれぬ事情により離れるけど、小狼くんここにいるからいいよね」
「やむにやまれ……?あ、はい。気をつけてくださいね」
 小狼は首を傾げたが、麻里亜を見送ってくれることになった。
 二人の邪魔になっちゃいけないよね〜と草を掻き分け、しばらく進む。
 適当なところでファイや黒鋼たちが帰ってくるのを待とうと麻里亜は足を止める。

―――パリ―ンッ

 瞬間、何かが砕けた音がし、麻里亜の意識が急激に遠のく。
「だめっ」
 倒れて迷惑を掛けるわけにはいかない。
 麻里亜は近くの樹に手を伸ばし、必死に縋る。


マ ダ 、 ア ト ス コ シ


 誰かの声が聞こえた気がした。
 麻里亜は落ちていく意識に、樹に縋りついたまま崩れ落ちた。
 完全に意識が落ちそうになった時、遠くで強い光の柱が立ち上るのが見えた。

  *  *  *

「小狼!!」
 水から出た小狼にモコナが声を掛ける。
「モコナ」
「サクラが!サクラがぁー!!」
「サクラがぁー!!」
 鬼気迫る様子に小狼は慌てて走り出す。
「よく寝てるのっv」
―――ズザーッ!
 慌てた勢いのまま、小狼は盛大にずっこけた。
「驚いた!?驚いた!?これもモコナ108の秘密技のひとつ超演技力!!」
 楽しそうに小狼の頭上で語るモコナ。
 当の小狼はほっとした気持ちと、騙されたという思いに頭が真っ白になりながら、気持ちよさそうに眠るサクラの寝顔を呆然と見つめた。

「ほんとにびっくりしたみたいだねぇ。けどねぇ、きっとこれからもこんなこといっぱいあると思うよ」
 はっと覚醒し、サクラへと近づく小狼にファイはそう言った。
「サクラちゃんが突然寝ちゃうなんてしょっちゅうだろうしもっと凄いピンチがあるかもしれない。でも探すんでしょう?サクラちゃんの記憶を……。だったらね、もっと気楽に行こうよ。辛いことはねいつも考えてなくていいんだよ。忘れようとしたって忘れられないんだから。君が笑ったり楽しんだりしたからって誰も小狼くんを責めないよ。喜ぶ人はいてもね」
 俯いた小狼は、何かを思い出したのだろう、優しい眼差しで静かに微笑んだ。

「モコナ小狼が笑ってるとうれしい!」
「勿論オレも。あ、黒ぴんもだよね!」
「俺にふるな」
「ところで小狼くん、麻里亜ちゃんは?」
「えっと、ちょっと席をはずしてて……まだ戻ってきてないんですか?」
 きょろきょろと小狼は辺りを見渡す。
 だが、麻里亜が現れる様子はない。
「……ん」
「目覚めたー?」
 ファイがサクラの顔を覗き込み訊ねる。
「小狼くん!小狼くんが湖に!!」
 その所為で小狼に気づかなかったのだろう、サクラは慌てて湖へと張り出した。
「ここにいます!!」
 湖に飛び込まんとするサクラを小狼とモコナが慌てて止めた。
「!……良かった」
 サクラはほっと息をつき、小狼の無事を確認した。

「……ふにゃぁ……」

「「「「「!?」」」」」
―――ペショッ
 霧の中から不意に現れた麻里亜は、ふにゃりと地面に崩れ落ちた。
「麻里亜ちゃん!?」
「おい、何があった!!」
 皆、慌てて麻里亜に走り寄る。
「耳がお腹に変な声で気絶がすいてるんですぅ」
「……人の言葉を話せ」
 精一杯話していることは判る。
 だがと、黒鋼はひくひくと頬を引きつらせながら、まともな言葉を待つ。
「……あと」
「なに?」
「眠気が……」
 言うが早いか、すぐに寝息を掻き始めた麻里亜に、黒鋼は深々と溜息をつき、ファイはくすくすと笑った。
「あの、姉さまは……」
「姉さま……?」
「だって、私、そう呼んで……」
「姫、その方とは違いますよ。麻里亜さまとこの人は同じで、別の人なんです」
 小狼の説明にサクラは麻里亜と小狼を見比べる。
 姿かたちはまったく一緒だが、彼がそう言うのだ、別人だろうとサクラは納得することにした。
「んー?ねぇ、もしかして小狼くんの世界にも麻里亜ちゃんいたの?」
「はい。王様の婚約者の、隣の国の姫君です」
「……ふーん」
「……ほー」
「「???」」
 ファイと黒鋼の反応に小狼とサクラは首を傾げ、モコナは「もえもえー」とくるくる回った。



⇒あとがき
 なんとなく予想はできたでしょう。
 そう、フルバの読みすぎです(笑)
20050429 カズイ
20110212 加筆修正
res

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