15.名のない鍵
「何でっ、俺がっ、人ん家、直さなきゃ、ならねぇんだ、よっ!」
金槌の音が頭上で鳴り響く。
「一泊させてもらったんだから当然でしょー」
音の発信源。屋根の上で作業をする黒鋼へファイが木材を持ち上げて渡す。
「しかし、あの子供一人で住んでるとはな。この家」
「んー、お母さん亡くなったって言ってたね、春香ちゃん」
「で、いつまでここにいるつもりなんだ?」
「それはモコナ次第でしょー」
小狼たちが外出している間、外はそれほど危険ではないと分かっているからこそ、麻里亜は家に残ることを選び、この二人と共に片付けをしていた。
といっても麻里亜は掃除で、修理は黒鋼、その手伝いがファイと言う役割のため、一番の負担は文句を言っている黒鋼だと言う事実は変わらない。
「あー、くそー!なんであの白まんじゅうはあの小狼[ガキ]の肩ばっか持つんだ!」
「春香ちゃんの案内で、小狼くんとサクラちゃんとモコナで偵察に行ったし、なにか分かるといいねぇ」
「しかし大丈夫なのか?あの姫出歩かせて。しょっちゅう船漕いでるか寝てるかだぞ」
「足りないんだよ、羽根[キオク]が。元のサクラちゃんに戻るためには。取り戻した羽根は三枚だけ。戻った記憶はあるみたいだけど、まだ意思とか自我とかそんなものがないんだ。今のサクラちゃんには。だから異世界を旅するオレたちにも何も逆らわずについて来ただろ?まぁ、羽根が戻っても、小狼くんとの思い出は戻って来ないけどね」
「……………」
「それでも探すでしょう、小狼くんは。いろんな世界に飛び散ったサクラちゃんの記憶の羽根[カケラ]を。これから先どんな辛いことがあっても」
暇を持てあましていた麻里亜はこの後のオチを楽しみに寛ぎアイテムお茶を用意してみる。
これで漫画の通りだと、思わず湧き上がりそうになる笑みを堪えつつ、ファイへお茶を差し出した。
「とにかく、修理しながらみんなを待とうねー。おみやげあるかなぁ」
「って、ナニ茶飲んで寛いでんだよ!」
黒鋼が屋根の上から金槌を投げ、ファイはその金槌を勢いを殺してキャッチした。
本来頭上へぶつかるところだが、普通そんなことしたら死ぬ。
思わず麻里亜はファイに賞賛の拍手を贈りたくなった。
「やー、黒ぴっぴの働く姿を見守ろうかなーって。ちょうど麻里亜ちゃんがお茶入れてくれたからねー」
「麻里亜の所為にするなっつの!」
思わず麻里亜はきょとんとした顔で黒鋼を見上げた。
眉を顰めた黒鋼に名前を呼ばれたのだと言うことを理解した頭が頬に血液を集めさせる。
「きゃあ、素敵!」
両手で頬を押さえ、麻里亜は幸せをかみ締める。
「どうしたの麻里亜ちゃん」
「今黒鋼さんが私の名前呼んだんですよ!」
「オレはいつも呼んでるよー?」
嬉しくなかった?とファイは首を傾げる。
「嬉しくないわけないですけど、希少価値があるほうが萌えるじゃないですか!」
「……もえ?」
うふふっと麻里亜はモコナのように笑って誤魔化した。
「あ、そう言えば」
麻里亜は首に下げていたままの鍵の存在を思い出した。
「ファイさんって魔術師[ウィザード]ですよね」
「そうだよー」
「この鍵について何かわかりませんか?」
麻里亜は首から外し、それを手のひらに載せた。
「……この間使ってた杖だよね、これ」
「はい。何故か呼びかけに応えてくれなくなっちゃって……」
「んー、そーだねぇ……前と一緒で闇の力は感じるよ。反応しないってことはちょっと妙だねー」
「……やっぱ闇ですよね」
がくっと肩を落とし、鍵を見つめた。
闇の力を秘めていると言うのに、鍵は一向に応えてくれない。
手のひらに載せた鍵をファイも見つめる。
「契約してるのに使えないってことは、私自身に問題があるんでしょうか……」
だが麻里亜は確かに一度、この鍵を杖にして使っているのだ。
せめて新しい名前くらいぱっと浮かんでもいいと思うのに浮かんですら来ない。
「麻里亜ちゃんは鍵以外になにか使ってる?」
「あ、カードを使ってます!」
「そのカードの方は調べた?」
そこではたと鞄の中で眠っている本の存在をようやく思い出した。
「ああ!!」
そう言えば確かめていなかった。
麻里亜は慌てて鞄を開け、本を取り出して開ける。
名前を書き終わっているカードの模様はどれも一緒……かと思いきや―――
「フライとジャンプのカードが変わってる」
クロウカードによく似ていた少し古いデザインがサクラカードとも違う新しい模様を描いていた。
「いつの間に……」
カードの裏を見れば、あいも変わらず太陽と月の姿。だけどデザインがやはり違う。
表へと戻すと、凶悪面の人形―――もといジャンプの姿があるが、他のカードたちと違ってその姿は変わっている。
「……新しい名前わかんないじゃん」
ヒントの欠片も無いカードの模様。
そもそも、アルフィレア・リードの属性が『闇』であったのに、その魂を持っていたという麻里亜が違うと言うのは不思議な話だ。
クロウのカードを引き継いだサクラが『闇』から『星』へと変えたのとはワケが違う。
いわばクロウの生まれ変わりである柊沢エリオルがクロウカードを扱えないと同じ話である。
その原因は何故か。
それがわからないから苦労しているのだ。
「茶」
堂々巡りの麻里亜に、作業を終えた黒鋼が降りてきて茶を求めた。
麻里亜はすっと黒鋼にお茶を出し、溜息を吐く。
考えたところで結局は堂々巡りするしかないのだ。
とりあえず後で侑子と話す時にでも聞いてみようとカードを本に片付け、本を閉じた。
麻里亜がそう結論付けている間にファイが持ち出した遊びを始めている黒鋼とファイにそろそろ帰ってくるかなと荷物の中へと本を片付け、三人とモコナのためのお茶を用意するべく立ち上がった。
―――ドサ
玄関の方から音が聞こえて、音のほうを見る。
そこに居たのは暗い雰囲気の三人とモコナ。
「おかえりー、どうだった?何かが……あったみたいだね」
俯く春香の様子はただ事ではない雰囲気であった。
⇒あとがき
CCさくらの内容やっぱり殆ど忘れてます(汗)
まぁ、どうにかなればいいなぁ……
私の中のCCさくらの知識は小学生のとき本誌で読み続けていた程度ですから、しょうがないですね。
20050329 カズイ
20070628 加筆修正
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