10.巧断とキス

 深い闇の中、麻里亜は水のように波打った闇の上に立っていた。
 夢なんだろうかとのんびり考え、首を巡らせる。
 ぼうっとした灯りが視線の先に灯り、それが人に代わった。
『お前は何を望む?』
「素敵関智ヴォイ……げふんげふん。神威!?」
『お前は何を望む?』
 苦笑しながら、神威は再び麻里亜に問い掛けた。
 天と地。どちらだと言われればお分かりの人もいるかもしれないが、天の神威と呼ばれる方の神威だ。
「望みは特に無い。だけど……空汰さんと嵐さんに今の神威の顔を見せてあげたいと思う」
『……変わってるな』
「まぁ、変わってるかと言われれば変わってるんだろうね。ただ……最後まで神威を守ろうとしていた二人だから。……そんな風に穏やかな笑顔を浮かべてる神威を見たら、少しは喜んでくれるかなって思って」
『何でも知ってるな』
「なんでもじゃないよ。だって、私が知ってるのは劇じょ……じゃないや、えっと……完結した世界だけだもん」
『それでも十分だろう』
 くつくつと笑う神威は麻里亜に歩み寄った。
『くだらないけど、面白そうなその望み……付き合ってやるよ』
 そしてすぅっと麻里亜の中へと消えて行った。

  *  *  *

「神いっ!?」
 飛び起きた麻里亜は口元に感じた痛みに、再び布団の中へ逆戻りした。
 痛いと思いながらもう一度起き上がると、麻里亜と同じように口元を押さえる青年が隣にいた。
(ていうかていうか)
 痛む個所は唇。
 そして彼が指で撫でたのも唇。
 ぐるぐると回る頭は完全に真っ白状態であった。
 故に、黒鋼のキスゲット!などと呑気に構えられるほど今の麻里亜の心に余裕は無い。
「……きゃ……っ」
 悲鳴を上げ掛けた麻里亜の口を後ろから第三者が押さえた。
「空汰さんか嵐さんに怒られるから、静かにね」
 苦笑するファイに、麻里亜は酸素を求めるべくこくこくと縦に頷き、解放してもらった。
 大きな手はあっさりと麻里亜の口だけでなく鼻も押さえてしまっていたために、麻里亜は即決したのだった。
「な、なんで私ここで眠ってるんですか!?」
「んーとね、麻里亜ちゃんの部屋に鍵がかかってたからこの部屋に連れてきたんだ。そいで、三人で寝ててー……麻里亜ちゃん起きないねぇって黒たんが覗き込んだら麻里亜ちゃんが飛び起きたって訳」
「私ったらなんて恐ろしいことを……」
 両頬を抑え俯いた麻里亜の手に、自分の手を重ね、ファイが麻里亜の顔を持ち上げた。
「ファイさん?」
 ファイの表情が一瞬消え、柔らかい感触が麻里亜の唇に重なった。
 突然の違和感と感触は、唇が離れると消え、目の前にはお馴染みのファイの笑顔があった。
「口直し♪」
「直せるか馬鹿!!」
 叩いたのは麻里亜ではなく黒鋼だった。
 さすがに拳骨は痛そうだ。
 当の麻里亜は別の方向に思考を飛ばすことで現実逃避を決行していた。
「役得だよ黒たん」
 あははははと笑うファイに、黒鋼の拳が再び向かったが、今度はそれを避けた。
「夢は見れた?」
「ふへ?あ、はい」
 見れなかったはずの夢。
 それは自分がこの世界にいると言う本当の証だった。
 不安がまた少し取り除かれた。
「夢?……巧断か」
「強い巧断でした」
「じゃあ、麻里亜ちゃんも特級ってこと?」
「……さあ……あはは」
 神の威を狩る者。神様なのにいいのか!?と麻里亜は思わず考え、苦笑するしかなかった。
「天の竜かぁ……地じゃなくてよかった」
「?」
「竜なのか?」
「あ、いや……言葉の例えで……」
 覗きこんできた黒鋼に、麻里亜ははたと気づいた。
「あ」
「あ?」
「ああああああ!!!!!」
(私のファーストキス!!しかもセカンドまでぇぇぇ!!!(泣))
 それ以上は恥ずかしくて叫べない麻里亜は、とりあえず手を思いっきり振りかぶった。

  *  *  *

 時間は少し進み、嵐と麻里亜の二人が朝食の準備のため姿を見せない居間。
 ファイはへらへらと笑い、黒鋼はそっぽを向いている。
 二人とも頬には見事に真っ赤な手形の痕があった。
 ついでに言うと小狼が目覚めたのは麻里亜の叫び声の所為だった気もする。
 二人の前に困惑した表情で座る小狼は、それについて触れていいものか酷く迷った。
「なんや二人とも。麻里亜にぶたれたんか?」
 しかし、空汰はあっけらかんと尋ねた。
 犯人もバレバレである。
 叫び声が小狼の部屋に届いたくらいだ、空汰の部屋に届いていないはずが無い。
「事故だ、事故」
「オレはわざと〜」
 へらんと答えたファイを黒鋼が睨んだ。
「元はと言えばてめぇの所為だろうがっ」
「ふ、二人とも落ち着いて……」
「ファイと黒鋼が喧嘩〜♪麻里亜モテモテ!」
「まだ麻里亜が自覚なしっちゅーんがまた楽しいなぁ」
「そ、空汰さんまで楽しんでる場合じゃ……」
 わたわたと一人慌てる小狼の視界に嵐が入った。
 朝食の準備をしていたんじゃ……と小狼が思った瞬間、お玉がファイと黒鋼の頭上に振り落とされた。
「う・る・さ・い・ですっ!」
 きっぱりとそう言うと、再び台所へと戻って行った。
 この中で最強なのは嵐なのだろうか。
 ますます困惑する小狼であった。



⇒あとがき
 ぎりぎりまで迷いました。神威か、昴か、譲葉か、もしくはエンジェリックレイヤー系の子たちかっ!!
 でも結局スネ夫の所為で関智一さんの声の神威に負けました。(私のアニメ版見てないから鈴村神威知らないです)
 腐女子って……声優馬鹿って……思わずネタで使ったじゃないですかっ!!
 あ、最後はおまけで無理やり付け足してみました。
 CCさくらを見たら小狼をいじりたくなりましたもので……
20050316 カズイ
20090707 加筆修正
res

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