08.神の宿る国

「そういえば、怪我、大丈夫ですか?」
「このくらいなんともねぇよ」
 そうは言うものの、掠り傷が無数にあり、それ以上の傷はないようだが少々痛々しい。
 だからといってここで昔から何故か身についている治癒能力という特技を披露するわけにもいかない。
 麻里亜は差し伸べようとした手を引いた。
 小狼とファイとモコナの二人と一匹が、道案内をしてくれた正義にお礼を言ってから黒鋼と麻里亜のところへ来た。
「さ、帰ろうか」
 最初に来た心斎橋筋から下宿屋の方へと歩き出す。
 小狼はファイと何かを話しているようだ。それにモコナが小狼の頭上から茶々を入れている。
 なんとも微笑ましい光景である。
「お前、死ぬぞ」
 不意に隣に並んでいた黒鋼が口を開いた。
「……さっきみたいなことになるからですか?」
 無言は肯定。
 あれを避けられなかったわけではないが、逃げ遅れたのは否めない。
「じゃあ、気をつけますね」
 心配されないようにと笑みを浮かべると、黒鋼の表情が険しくなった。
「……やめろ、それ」
「はい?」
「敬語と、……無理矢理笑うの」
「うひゃっ」
 最後のほうの言葉は聞き取れず、気がつくと黒鋼に荷物のように抱え上げられていた。
「どうかしたんですか!?」
 心配そうな小狼の声。
 どうにか上半身を動かすとファイも振り返ってこちらを見ているのが見えた。
「あはは」
 麻里亜は小狼たちに苦笑を返すしか出来なかった。
「足、怪我してるだろ」
「……え?」
 気づいていたのかと思いながらも大人しくする。
 暴れたらきっと落とされるだろうと思ったからだ。
 それに、確かに気にされないように何食わぬ顔で普通に歩いていたから、足が痛いのも確かだ。
 ファイが近付いてきて、麻里亜の頭を撫でた。
「無理しちゃだめだよ」
「はい」
 しゅんと落ち込んでいると、小狼が下宿屋の扉を開けてくれた。
「ただいま帰りました」
「「ただいまー」」
「ただいま」
「お帰りなさい。何か手がかりはありましたか?」
 嵐がさくらの側を離れ、部屋の玄関まで出てくる。
「はい」
 階段を走って上る音がしたかと思うと、空汰が姿を現した。
「おう、みんな揃ってんな!どうやった?と、その前に……ハニー!おかえりのチューをv」
 頬を指差す空汰だが、嵐は右手をしっかりと握り締められ、お決まりな拳骨を頂戴した。
 とりあえず中へ、という嵐の後を追いかけて小狼、モコナ、ファイ、黒鋼と麻里亜、空汰と中に入る。
 今日起こったことを話している間に嵐がシップをくれ、それを足に張って黒鋼の隣にちょこんと座って話を聞いておく。
 こう知れ渡っては後でコッソリ治癒するという手は使えない。
 しばらく痛みに耐えるかと小さくため息を漏らした。
「そうか、気配はしたけど消えてしもたか。で、ピンチの時に小狼の中から炎の獣みたいなんが現れたと」
 モコナは嵐が作った空汰のたんこぶをほめる。
 たんこぶの所為で真面目に話しているはずなのに可笑しく聞こえてしまう。
「はい」
「やっぱりアレって小狼くんの巧断なのかな」
「おう。それもかなりの大物やぞ。黒鋼に憑いとるもんな」
「何故わかる?」
 その質問に空汰はすぐに答えない。
「あのな、わいが歴史に興味を持ったんは巧断がきっかけなんや。わいは巧断はこの国の神みたいなもんやないかと思とる。この阪神共和国に昔から伝わる神話みたいなもんでな。この国には八百万の神がおるっちゅうんや」
「やおよろず?」
「八百万って書くんや」
「800万も神様がいるんだ」
「いや、もっとや。八百万ちゅうんはいっぱいちゅう意味やからな。いろんな物の数、様々な現象の数と同じ位神様がおる言うんやから」
「その神話の神が今、巧断と呼ばれるものだと」
「神様と共存してるんだー。すごいねぇ」
「この国の神はこの国の人たちを一人ずつ守ってるんですね」
「小狼もそう思うか!わいもずっとそう考えとった。巧断、つまり神はこの国に住んでるわいらをごっつう好きでいてくれるんやなぁってな。一人の例外もなく巧断は憑く。この国のヤツ全員一人残らず神様が守ってくれとる。まあ、阪神共和国の国民は血沸き肉踊るモードになるヤツが多いけど。けどな、なかなかええ国やと思とる。そやからこの国でサクラちゃんの羽根を探すんは他の戦争しとる国や悪いヤツしかおらんような国ような国よりはちょっとはマシなんちゃうかなってな」
「……はい」
 サクラのほうをむいて、小狼はにこっと笑った。
「羽根の波動を感知してたのにわからなくなったと言っていましたね」
「うん」
 モコナが再びしょんぼりとする。
「その場にあったり、誰かが只持っているだけなら一度感じたものを辿れないということはないでしょう。現れたり消えたりするものに取り込まれているのでは?」
「巧断ですか!?」
「たしかに巧断なら出たり、消えたりするから」
「巧断が消えりゃ、波動も消えるな」
「巧断の中にさくらの羽根が……」
「でも、誰の巧断の中にあるのか分かんないよねぇ。ナワバリ争いしてたもんねぇ」
「あの時、巧断いっぱいいたー」
「けど、かなり強い巧断やっちゅうのは確かやな」
「なんで分かる」
 ようやく答えに近づいたかというように黒鋼は食いつく。
「サクラさんの記憶のカケラはとても強い心の結晶のようなものです。巧断は心で操るもの。その心が強ければ強いほど巧断もまた強くなります」
「とりあえず、強い巧断が憑いている相手を探すのがサクラちゃんの羽根への近道かなぁ」
「よし!そうと決まったらとりあえず腹ごしらえと行こか!」
「黒鋼とファイは手伝い頼むで」
「私も……あんまり動かない手伝いなら出来ますから」
「さよか、なら手伝ってもらおうかな」
「おれも手伝います」
 小狼も立ち上がろうとするが、空汰がそれを制した。
「今日はええ。サクラちゃんとずっと離れとって心配やったやろ。顔見てたらええ。できたら呼ぶさかい」
「……有難うございます」
 麻里亜は足に負担をかけないように立ち上がり、ひょこひょこと黒鋼とファイの後を追いかける。
 台所に入ると、椅子に座らされて、机の上に置かれた野菜の皮をするするとむいていく。
「うわぁ、手早いね」
「小さい頃から手伝っていたんで得意なんです」
「今朝も、手伝ってくれたのよね」
「はい。少し早く目が覚めたんで」
「麻里亜はえらいなぁ」
「……えへへ」
 麻里亜は皮をむき終わった材料をボウルに入れ、嵐の方へと渡す。
 嵐と黒鋼がそれを刻み、ファイは別の料理を担当し、空汰は皿を準備する。
「麻里亜さん、これを混ぜてくれますか?」
「はい」
「気になってたんだけどさ、麻里亜ちゃん、黒たんの巧断見て"セレス"って言ってたよね。あれって麻里亜ちゃんの世界の神様?」
「神様、じゃないですよ。……私の世界にある本に出てくる魔神の名前です」
「まじん?」
 ファイが首をかしげながら反芻する。
「魔法剣士が操るロボットというか……大きい人形って言ったほうがいいんですかね」
「ロボットやて!?そんな、剣になったんやろ?」
 興味津々と言うように空汰が話に食いつく。
「セレスは生きてますから。その核となっている部分で見せる姿に似てたんです。だから"セレス"って」
「小狼のにも名前はあるんかいな」
「はい。レイアース、炎の魔法剣士の魔神の名前です。一角獣の狼の姿をとっています。後もう一体ウィンダムがいるんですけどね」
「ふぅん。じゃあ、オレがそれだったらビンゴだね」
「……そうですね」
 麻里亜は苦笑しながらサラダを混ぜた。



⇒あとがき
 ぐはぁっ!私も黒鋼に担がれてぇ!
 加筆してよかったです。夢主の台詞が初期設定バージョンの仕様になってました(汗)
20040810 カズイ
20070416 加筆修正
res

×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -