08.凛と咲き
日本人形のように白い肌、そして黒髪。
赤く引かれた紅は少女と女のあやふやな境界線に立つ里奈の危うい美しさを引き立てていた。
幼いころとはがらりとその容姿を変えながらも変わらない椿の着物。
何時の間にこんなに大人になったのだろうと驚き目を細めた。
「今日はよろしくお願いします」
頭を下げると同時にさらりと流れた長い黒髪に一瞬言葉を忘れた。
「ああ」
それでもどうにか返事を返せるほどに自分は人生を重ねていた。
彼女の何倍もの長い時間だ。
埋めようも出来ないこの差がどこか重い。
「おはようございます、宮内さん」
「おはよう、塔矢くん」
里奈に挨拶するアキラ。
二人の間に見えた親しげな雰囲気は微笑ましさを覚えるものだ。
二人の距離が近づいたきっかけはおそらく行洋自身だろう。
息子であるアキラに僅かながらに抱いてしまった嫉妬と言う感情を現すことなく鎮め、行洋は碁盤の前に座った。
「14年、おぼろげな記憶から……長かったです」
遠い過去の局面を思い起こしているのか、彼女の意識はここにはないようだった。
彼女にとっては人生の大半の時間だ。
だが行洋にしてみれば人生のほんのひと時。
長かったようで、短くも感じる不思議な時間だった。
「……はじめよう」
「はい。よろしくお願いします」
長かった終わらないあの一局に決着の一手を―――
* * *
「……ありません」
そうは言うものの、悔しそうな表情を里奈は浮かべていなかった。
晴々としたような顔だが、行洋はそれに小さく溜息を零した。
里奈は笑みを浮かべながら碁石を片づけていく。
「最後に一つ、いいですか?」
里奈は黒と白に分けた碁石をまた並べて行く。
それは二人の始まりの一局。
行洋はそれに気付くと、少し離れて見ていたアキラ、緒方、芦原の三人に声を掛けた。
「すまないが席を外してくれるかな?」
行洋の言葉に三人は渋々ながら席を外した。
それを見届けながら、行洋は幼い里奈が選んだ最後の一手を待った。
しっかりとした手を打っていたはずの手が最後のその一手だけは震えていた。
その先を恐れるかのように。
だが行洋は迷いなく続きの一手を打ちこんだ。
里奈はその一手を見つめると、微笑んでいた顔をくしゃりと歪ませた。
俯けば膝の上で強く握られた拳の上に涙がぽつりと落ちた。
「……里奈」
対面していた席から移動し、行洋は里奈の横に座った。
強く握りしめられた拳を優しく解き、行洋は里奈の言葉を待った。
「沢山……たくさん……手を、考えてたんですっ」
大粒の涙が更に零れおちる。
「でも、どれも……勝てる気がしなくて……」
里奈は首を横に振り、泣き続ける。
そんな里奈の頬にハンカチを当てた。
綺麗にアイロンが掛けられているハンカチ。
それに気づいた里奈はハンカチを持つ行洋の手を掴み、そのまま泣き続けた。
「……ありがとう、里奈」
綺麗な 綺麗な 椿の花
たくさんの雨を受けて
―――ポトリ
折れるように 落ちた
赤い 赤い 恋の花
実らぬ恋よ
次は 何時 花 開く
⇒あとがき
最後の一手を待つ気持ちがいつしか恋となり、その一局の終わりが恋の終わりとなんだか遠まわしに絡めて見たんですが……分りにくいっ。
この後夢主がどんな恋を選ぶのかはもう皆様の想像にお任せしてこの連載は完結とさせていただきます。本当はもうちょっと続く予定だったんですが、PC本館で公開するにあたり内容を改変して完結と言う形を選びました。
携帯別館の常連客専用の隠しページ限定の連載でしたが、こうしてきちんと完結させられてちょっとホッとしています。
全8話でしたが、最後までお付き合いくださった貴方に感謝を込めて―――ありがとうございました。
20070315 カズイ
20081108 加筆修正
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