07.椿のごとく
赤の振袖。描かれる花は椿。
鏡に移る日本人形のようにも見える自分は凛と背を伸ばしている。
これは里奈にとっての勝負着だった。
幼いころから好きな椿の花とその赤色が里奈の背中を押してくれているようだった。
「やっぱり里奈には赤が似合うわね」
「ありがとう、お母さん」
着付けと化粧を手伝ってくれた母にお礼を告げ、里奈は少しだけ微笑む。
やはり緊張していたんだろう肩から少し力が抜けた。
「里奈ー」
遠くから父の声がして、里奈は母と共に廊下の方を見た。
「何?」
返事をしながら廊下へと出ると、父もまた里奈の方へと向かって歩いていた。
「迎えが来てるぞ」
「迎え?」
「緒方さんって人」
「緒方さんが!?」
来たいとは言っていたが、まさかわざわざ迎えに来るとは思っていなかった。
そもそも里奈は塔矢の家まで電車で行くつもりだったのだ。
両親もそれを知っているから里奈の驚きに大体の事情を察する。
伊達にプロ棋士の息子・娘にしてその親はやっていないのだから、緒方ほどの実力者なら二人が知らないはずもなかった。
「……いってきます」
迷いながらも里奈は手土産の入った紙袋と少量の荷物を手に両親にそう告げた。
「いってらっしゃい」
「気をつけてな」
二人はそれ以上は特に何も言わず、娘の背を見送った。
「おはようございます、緒方さん」
古い木造建築の日本屋敷の目の前に赤い車はとても不思議なものに見えた。
それでなくてもこの辺りは里奈の家のように祖父以前の代から続く古い屋敷が多いのだから特にだ。
「おはよう」
緒方は里奈の姿を見るとほうと呟き目を細めた。
「懐かしいな、新初段戦の時と同じものか?」
「あ、はい」
里奈は自分の着物に視線を落とし、目を細める。
里奈の新初段戦の相手はこの目の前に居る緒方だった。
偶然の組み合わせに驚き、それでも果敢に挑んだ。
結果はもちろん経験不足の里奈の負けではあったが、同期の棋士たちよりもまともな碁を打っていたと周りの評価は高い。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
緒方にエスコートされ、里奈は助手席へと乗り込んだ。
あまり車は好きではないが、緒方の車は他の車とは少し違うようだ。何か芳香剤でも置いているのだろうか、いい匂いがした。
そんなことを考えていると車のエンジンがかかり、ゆっくり動きだした。
「緊張しているのか?」
「はい。少し」
苦笑しながら里奈は答えた。
十四年の長い月日、今までずっと待ち続けていた。
幼いころから咲き始めた恋の蕾は今大輪の花を咲かせて咲き誇っている。
その花が散ることが分かっていても花は咲いてしまった。
それならばせめて椿のように散らぬ花になりたいと思いこの着物を選んだ。
潔く落ちる花・椿のごとく。
「緒方さん」
「なんだ?」
「心配してくださってありがとうございます」
里奈はやんわりと横目で視線を送る緒方に微笑んだ。
赤く引いた紅の口角を上げて。
⇒あとがき
タイトルの椿はここから。最初の着物はあくまで複線。
椿の花は家の目の前の森にも咲いている花で、私も小さい頃から好きだったといういろんな思い出のある花です。
学校の通学路にも咲いてたんですよね♪
20070109 カズイ
20080724 加筆修正
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