04.子ども
宮内里奈、17歳。現役女子高生棋士。
若手女流棋士の中では有望株と言われる彼女は、いまだ三段でありながら女流本因坊の地位を脅かすであろうとまで言われている。
まるで蝶のようにはらりひらりとかわされるような一手は彼女の日本人形のような美しさと合致しているようだ。
塔矢行洋の師でもあり桑原が生涯敵わなかったと言う伝説の棋士、今は亡き宮内新蔵の孫娘であり、女性とは思えない鋭い一手を繰り出すこともある。
他の若手棋士を含めても彼女はおそらく上位に位置する実力の持ち主ではないだろうか。
以上が彼女に対する囲碁界の人々の知識である。
世情がどうであれ彼女はこの囲碁界では高く評価されているのだ。
「やっほー、里奈ちゃん」
「……えっと、芦原さん?」
「うん。よかったー、覚えててくれて」
出て来るのを待ってました甲斐がありましたってね♪
「塔矢門下ですから」
彼女の目にはどうやら塔矢先生しか見えていなかったようだ。
うん、今気づいた。
あははは。
今思えばわかりやすいと言えばわかりやすかったのかもしれない。
彼女の、塔矢先生に対する憧れの大きさは。
「塔矢先生と対局するんだって?」
「はい。色々と用事があるので、来週の火曜の祭日に」
「わー、いいこと聞いた!」
この情報は俺が最初かな?ラッキー!
「ねぇ、俺が見に行ってもいい?」
問うと、里奈ちゃんは困った顔をした。
「ダメ?」
「できるなら……二人きりで打ちたいです」
あれれ?なんでだろ。
俺、他人のデートの邪魔しに行こうとしてる間男みたいなんだけど。
……なんかおかしいよね?
「それは俺もダメということか?」
「っ!?」
突然乱入した声に里奈ちゃんは驚き、後に一歩身を引いた。
「お、緒方さん」
「個人的に見たかったんだがな……残念だ」
「あ、いえ……塔矢さんはそうは思わないと思いますから」
目を伏せて寂しそうな里奈ちゃん。
憧れなんて安易な想像だったのかもしれない。
彼女は恋をしていた。塔矢行洋と言う人物に。
だけどそれは決して叶わぬ恋。
彼女はそれに気付いているのだろうか。
「……恋を」
びくっと思わず反応してしまった。
あ、俺がね。
緒方さんは本当に何を言い出してるんですか!?
「しているように見えるな」
「そうですね」
里奈ちゃんは里奈ちゃんで肯定してきた。
いいの!?
ってなんか混乱してきたんだけど。
「恋、か……」
里奈ちゃんは自嘲気味に笑って遠くを見る。
「……違いますよ」
そう言って視線を戻す。
丁度棋院の中にアキラくんが入ってくるところだった。
「あ」
アキラくんは僕らに気づいて足を止める。
「おはようございます。緒方さん、芦原さん、宮内さん」
「おはよう」
「おはよう、アキラくん」
……って、顔見知りだったの?
里奈ちゃんを見れば、碁を打っている時のようにピリッとした雰囲気を漂わせていた。
「おはよう、塔矢くん」
彼女はいつものような笑みを浮かべ中へと入っていってしまった。
その手が少し震えていたことにアキラくんはきっと気づいていないだろうなぁ。
「……ところで緒方さん」
「なんだ」
「里奈ちゃんをあんまりいじめないで下さいよ」
「今更気づいた癖にか?」
ぐっ。
文句言えないですよ。
「……って、あれ?今更?」
タバコの煙を揺らめかせ、緒方さんは笑った。
「二人がここですれ違った時にお前も居ただろ」
「そんなことありましたっけ?」
「あった。あんな目をしていたら普通一発でわかるぞ。ま、あれ以来二人がすれ違う姿すら見たことがないがな」
わかんなかったです俺!
「えっと……何の話ですか?」
「子どもにはまだ早い話だ」
にやりと笑いながら緒方さんは俺の頭を叩くように撫でてその場を後にした。
あの人は何しに来たんだろう。
っていうか子どもって俺のこと!?
「結局、何の話をしてたんですか?」
「俺、子どもらしいから説明できない」
泣き真似をしながら俺は自分のショックを受け入れていた。
俺、ショック受けるくらい里奈ちゃん好きになってたんだなぁって。
⇒あとがき
ワンクッション欲しくて、入れたらこうなった。
あちゃー……芦原さん、どんまい☆
20070104 カズイ
20080716 加筆修正
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