□宣戦布告

※捏造未来設定

「大丈夫か子猫丸!?」
「は、はい」
 咄嗟にそう答えたものの、折角紡いでいた筈の詠唱が途中で途切れてしまった。
 しまったと思いながら子猫丸は慌てて詠唱に意識を戻した。
 その間に青い炎を纏った燐が明王陀羅尼宗の本尊である降魔剣―――倶利伽羅を手に駆けずり回る。
 時折子猫丸に近づく配下を気にしては、素早くこちらに戻って援護までする。
 本当に詠唱騎士の称号だけを目指した子猫丸は自分を守る術が殆どと言っていいほどない。
 詠唱騎士と竜騎士の称号を宣言通りに手にした竜士や、詠唱騎士だけでどうするのだと家族に嗾けられ結局騎士の称号も手に入れた廉造がこう言う時ばかりは羨ましい。
 手騎士の才能は祓魔塾時代にないのだとわかって居たが、それでも他の称号を目指さない理由はなかった。
「"我が神よ、我汝に呼ばわれば"―――」
「あーもう邪魔くせぇ!!」
 必至に詠唱に集中しながら倶利伽羅で自らに傷を負わせた悪魔を薙ぎ払う燐の背を目で追いかける。
(嗚呼、またや)
 ぎゅっと眉根を寄せながら、以前暗唱課題にもなった詩篇の第三〇篇の暗唱を続ける。
「―――"我が神よ、我永遠に汝に感謝せん"」
 燐が相手にしていた配下の奥で子猫丸が狙っていた悪魔が爆ぜるようにその姿を消す。
「後は雑魚だな」
 にいと笑った燐は残り数体となった悪魔を青い炎を纏いながら倶利伽羅で切り伏せた。
 自分が詠唱に失敗してしまったばかりに、燐の身体には無数の傷跡があった。
 そのいくつかは燐の中にある悪魔の能力が人ではあり得ない回復力で傷を癒しているが、子猫丸にはそれが不快だった。
「お疲れ、子猫丸」
「お疲れさんどした」
 倶利伽羅の刀身を鞘に納め、燐は子猫丸に歩み寄る。
 いつものように軽口で声を掛けたが、子猫丸の反応が鈍いのに気付き、燐は首を傾げる。
「どうした子猫丸」
「……奥村くんて、生傷堪えんね」
「んあ?あー、気にすんな」
 頬を掻き、燐は苦笑を浮かべる。
 赤い線がまだ僅かに残っているが、頬の傷はほぼ癒えている。
 燐自身はそんな人と違う部分が嫌なのだが、子猫丸の前でそう言った感情を見せることはなかった。
 雪男相手だろうと誰が相手だろうと燐は本心を露骨に表す事は少ない。
 怒りや歓びと言った感情は誰よりも表に出すと言うのに、燐はこういう所で不器用な少年だった。
「痛ないですのん?」
「もう痛くねえよ。まあちょっと脇腹掠ったのは痛かったな」
 本来であれば騎士と詠唱騎士の資格しかない二人には医工騎士か手騎士がつくべきなのだが、燐と一緒に任務を全うしたいと思う祓魔師は少ない。
 しえみも雪男も今日は別の任務のため一緒に同行できず、結局二人でここまで来て、悪魔と対峙したのだった。
 どうせ燐が怪我したところで普通の人間と比べれば大したことないと皆思っているからだろう。
 子猫丸はかつてそう思っていた側の人間だった。
 明陀宗での一件で燐に向ける自分の感情の情けなさを知ったし、祓魔師になるまでの間に少しずつ燐自身を見て、そしてこうして一緒に任務に同行できるようになった。
 恋人、と呼ぶには曖昧な関係はまだどちらからも踏み出し切れていないので保留のままだ。
「奥村くんって、昔から生傷堪えんかったんと違いますの?」
「何でわかった!?まあそう言う時は大抵ジジイか雪男が直してくれてたけどな」
 ふと寂しそうに笑った燐に子猫丸は胸をぎゅうっと締め付けられたような気がして胸を押さえた。
「子猫丸?」
「あんな、奥村くん」
「ん?」
「僕、今からでも医工騎士目指そうかと思うわ」
「医工騎士を?なんで急に……」
「奥村くんの傷の治りが早かろうと、僕、やっぱ嫌なんよ」
 誰かに傷つけられる姿も、自分が傷つけてしまった時を思い出す辛そうな顔も。
 子猫丸を前にした時、燐はそれを表に出さないが、少しずつ付き合いが長くなるほど、ほんの一瞬垣間見せるその表情が胸を痛めた。
「そやさかい、医工騎士目指すんよ。杜山さんや奥村先生ばっかりに頼らんで、僕を頼って欲しいから」
「子猫丸……」
「あんじょうきばりますわ」
「……子猫丸なら出来そうだな」
 あの頃よりも随分と大人びた穏やかな笑みに釣られるように子猫丸は笑った。
 この笑顔の為ならいくらでも頑張れそうだ。
 子猫丸はそう思いながら燐の手を握った。
 相変わらずの身長差は有るけれど、燐の無垢な顔を引き寄せて子猫丸は唇を重ねた。
「ご褒美、先に貰いますね」
「……それじゃご褒美になんねえだろ。ばーか」
 唇を尖らせ真っ赤になりながらそっぽ向いてしまった燐に子猫丸はくすっと笑う。
「その時はまた別に貰いますさかい」

 覚悟しといてくだはれ。



⇒あとがき
 仕事中に浮かんだネタを纏めたら何故か未来の話になりました。
 多分卒業後くらい?身長差は子猫丸が相変わらず小さいのを希望します!
 身長低い子に攻められる燐も萌える……っ。
20110627 カズイ
res

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