□嫁に来いへんか?

 燐には昔から自分が人とは違うのだと言う自覚があった。
 強すぎる力、自分でも押さえる事ので居ない衝動。
 今ならそれが降魔剣に封じられていた青い炎―――サタンから受け継いだ力の所為だとわかってはいたが、まだ幼かった燐は少女に生まれたならば一度は夢に描くだろうお嫁さんと言う夢を真っ先に諦めた。
 養父である獅郎の肋骨を容易く折ってしまうような幼稚園児がそんな夢を抱いてはいけないのだと幼かった燐はそう考えたのだ。
 長い時間を掛けて私と言っていた一人称を俺の方がしっくりくるように繰り返し、スカートよりもズボンで居る事が多かった。
 制服は流石に女生徒用のセーラーを着ていたが、その下には何時もジャージのズボンを履いていた。
 だがそんな燐を双子の弟である雪男は姉さんと呼んでいた。
 双子の姉弟なのだから燐と呼び捨てにすればいいのに、雪男は幼い頃から変わらず、燐を姉さんと呼び続けた。
 だからなのかもしれない。諦めたと燐は言いながら、その裏では決して忘れる事が出来ない夢になっていたのは。

「ごちそうさんどした」

 パンッと両手を勢いよく合わせた同じ塾の友達である廉造の兄・金造は食べている間一言も喋らず、ただ只管ガツガツと燐が作った料理を口の中に流し込む様に食べていた。
 母が居ないと言う事で料理の上手い燐に白羽の矢が立ち志摩家に招かれた。
 昨日の今日……と言う程ではないにしろサタンの仔だと言う衝撃を覚えさせられてそう日が経たない燐の手料理に柔造や八百造は当然驚いた。
 その驚きに廉造が「せやろせやろ」と勝手に威張って、燐を心配して一緒に着いてきた竜士と子猫丸に辛辣な突込みを入れられていた。
 食事の最中の会話に一切加わらなかった金造は、誰よりも先に食べ終わったが、他の皆はまだ食事を続けている。
 特に八百造に学校での様子を聞かれている竜士と廉造はまだ半分も食べ終わってはいない。
 子猫丸と柔造の二人はそれを聞きながら時々相槌や補足を入れる程度だからそう早いペースではないが、八百造たちよりも大分量が減っていた。
 燐はそれらをちらりと見ながら麦茶に手を伸ばし、それをグラスに注いで金造の前にそっと置いた。
「……奥村」
「はい?」
 呆然とした顔で見つめられ、燐は首を傾げた。
「えっと……?」
「うん、問題あらへん」
「え?何が?」
 今度は納得した様子でうんうんと頷き始めた金造に、燐は眉根を寄せ、助けを求めるように廉造たちを見た。
 その視線に気づいた面々が燐の方を見た瞬間、燐の手は金造に握られていた。
「奥村、いや、燐。お前、俺の嫁に来いへんか?」
「へ?」
「ちょお金兄!何言うてますのん!?」
「そうや!こない人目に着く場所でプロポーズやなんて」
「お父、こんな時にボケたらあかんで」
「なんでそこで冷静に突っ込めるんっや柔造っ」
「ぼ、坊、落ち着いて……」
 驚く廉造に便乗した八百造がボケ、柔造がそれにやけに冷静に突っ込むものだから、竜士が若干キレ気味になり、子猫丸が慌ててそれを押さえた。
 自分の置かれている状況が良くわからなくなった燐は数度瞬きをして、改めて金造を見た。
「金造さん、今なんて……」
「せやから、俺の嫁に来いへんか?料理美味いし、気ぃ利くし……何より燐、可愛えやんか。やから嫁な」
「っ!?」
 にっと邪気のない笑みを向けられ、燐は顔が熱くなるのを感じた。
 可愛いとか、料理が上手いとかは実際言われなれていた。
 なのに今日に限っては雪男に言われた時のような反応ではなく、女性らしい反応をしてしまっていた。
 初めて見た時に廉造と同じ顔であるのに胸がきゅんと締めつけられたあの時と同じだ。
「奥村さん!?普段やったら付き合うゆうたらどこに?ってボケんのになんで今日はボケへんのやっ」
「いや、嫁に来いて言われてボケられへんやろ」
「柔兄は笑うとる場合か!?」
「可愛い妹が出来るんなら相手が金造だろうと廉造だろうと大歓迎やで?」
「そんなボケはいらんわっ」
「と言うかお前、奥村さんにも告白しとったんかいな」
「お父は反応が遅い!ってもう嫌やこの家……」
 がくりと項垂れる廉造の様子に構える余裕などなく、燐は金造の言葉を噛みしめていた。
「よ、嫁……」
「せや。あかんのん?」
「いやあかんやろ!」
「廉造ー。こう言う時は邪魔したらあかんでー」
「ちょお柔兄、それ、く、首絞まっ、て……」
「……落ちおった」
「往生しはってください、志摩さん」
 両手を合わせる竜士と子猫丸に見守られながら廉造は柔造に首を絞められてかくりと気を失った。
 おかげで随分とその場が静かになった気がした。
 その事で燐ははっと我に返って顔を青ざめさせた。
「お、俺……無理っ」
「なんで?」
 きょとんとした顔で首を傾げた金造に、手を離して欲しくて自分の方に手を引いた燐は眉根を寄せた。
 女ではあったが、力が強い燐が振りほどけないほどしっかりと握られていた。
 もちろん本気を出せば振りほどけるだろうが、燐はそれが出来ずに一人困惑していた。
「なんでって……俺、サタンの仔……だから」
 静まり返ってはいたが、まだどこか和やかだった空気が不意に凍りつく。
 だが燐はそれでもそれを言い訳に使った。
 父親は獅郎だと言い張っても実際の父親はサタンであることは変えられない事実であるからだ。
「……それだけなん?」
「それだけって……十分な理由じゃねえかっ」
 十六年前の青い夜、サタンは金造の祖父と一番上の兄、子猫丸の父親、竜士の祖父を始めとした多くの明陀宗を始めとした力ある人間を大量虐殺した。
 そんなサタンの力を受け継いでしまった燐が幸せに等なれるはずがない。
 ここに居られるのも竜士の父・達磨のお陰ではあったが、それでもやはりここに居る事自体いけない事だったのではないかと燐は思いつめた。
 ぎしりと痛む胸に眉根を寄せる燐に金造は優しく笑った。
「サタンは関係あらへん。燐は燐やろ?」
「っ」
「それに俺、祖父ちゃんも兄ちゃんも殆ど覚えとらんし」
「まあ、金造は四つだったしな……元が馬鹿てえのもあるやろうけど」
「お父、最後のんは余計やで。……事実やけど」
「お父も柔兄も余計やし!……けど別にかまへんやろ?」
「まあな」
「燐ちゃん可愛いらしいし、料理美味い娘は大歓迎や」
 にかりと笑った八百造と柔造に燐は目頭が熱くなるのを感じた。
「な?なんも問題あらへんやん」
「うえっ、くっ……お、れ、ほんと、は、お嫁さん、なりたぃ」
「おお、来い来い」
 溢れ出る涙を堪えられず、ボロボロと鼻水まで出そうな勢いで泣く燐の頭を金造がぽんぽんと撫でた。
 決して女の子らしくはなく、サタンの落胤であるけれど、燐はやっぱりお嫁さんになりたかった。
 自分を愛してくれる人の側で幸せになれるお嫁さんに。
「よろじぐおねがいじまずぅ」
「奥村、お前とりあえず鼻をかみ」
 すっとティッシュを箱ごと竜士から渡され、燐はあうあうと良くわからない言葉を発しながら顔を上げた。
 鼻水をかむ燐のため、金造はやっと燐の手を解放した。
 解放された燐は差し出されたティッシュにのろのろと手を伸ばした。
「……後、新幹線で……悪かったな。そこまで気にしてるとか思ってなかったから……」
 ぷいっと顔を顔を背けた竜士の言葉に燐の瞳から更に涙がぽろぽろと零れ落ちる。
「うあああずぐろー!」
「俺に泣きつくな!鼻水付くし金造が睨んどるやろうが!!!」
「坊……燐こっちくれたら許しますさかい……」
「ほ、ほら奥村!とっとと金造の隣行けっ」
 静かに怒りを露わにする金造に顔を青くしながら竜士が指差すも燐はいやいやと首を横に振って竜士のシャツに縋りついていた。
「金造さん、奥村くん泣き過ぎて動けんみたいやし、金造さんがこっち来たって」
「……行く」
 子猫丸の言葉にぶすりと頬を膨らませながらも金造が移動して燐を回収して丸く収まる筈だったが、落ちたはずの廉造が目を覚まして騒ぎになるまであと少しであった。



⇒あとがき
 お嫁さんに憧れる燐♀萌え……と言う事で金造相手にやってみたよ☆
 金造ならきっとその場の空気とか読まずに人前でプロポーズしてくれると思ったんです。すいませんでしたっ。
20110626 カズイ
res

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