□サウダージ5
突然のこと。
「勝手なわがままだとわかってます。でも、ごめんなさい」
最後はそう締めくくられた。一方的な別れの電話。
随分といい度胸してるじゃないかといつもなら言えるのに、自分の中でもかなりのショックだったみたいでそんな感情はすぐには出てこなかった。
次の日から避けられて、ついでに火原の調子がどこかおかしかった。
詳しく聞けずにそのままずるずると日が経つ。
声をかけようとしても避けられる。
気がつけば恋人と楽器をしていること以外で接点なんてあったんだろうかと、思い出した。
一人きりになりたくて来た屋上から、正門にいる香穂が見えた。
(こっちを向いて)
「柚木」
背後からかけられた声に驚いた。
人がいつのまに。しかも火原だ。
「あのさ、ちょっといい?」
「なに?」
火原は真剣な目で俺の腕をつかんでずかずかと歩き出した。
「火原、どこにいくんだ?」
「視聴覚室」
言葉通り、その足取りは視聴覚室に向かっている。
でも、なんで視聴覚室?
扉を開き、中に入っていたのは意外にも冬海さんと志水くんの、コンクール一年生コンビ。 冬海さんは機材の前でなにかしていて、志水くんは眠たそうに机にへばりついている。
「一体……」
「冬海ちゃん、かけてくれる?」
「あ、はい」
冬海さんがカセットを再生した。カチッと言う音が鳴ってしばらく、曲が聞こえ始めた。
* * *
「これ、香穂ちゃんの気持ち」
「!?」
あんまりJ-POPに興味はないけど、この曲は知っている。
クラスの女子が一度聞いていて、歌詞を見せてくれて、はじめ聴いたときにどこかで聞いた曲だなって思った。
あのときの曲だ。
「香穂先輩、『Lascia ch`io pianga』を演奏してましたよ」
「一度話したほうがいいと思います。香穂先輩、悩んでるんです。おねがいします」
志水くんと冬海さんが頼み込むように言う。
正直困惑した。
「行かないんなら、俺が香穂ちゃん奪うからね」
真剣な火原の視線が痛い。
「火原には渡さないよ」
そういってその場に背を向け、扉を出た。
あいつなら、どこに行く?
「香穂なら金やんと一緒に音楽準備室ですよ」
金澤先生の名前を強調して言ったのは報道部の天羽さん。
「……ありがとう」
自然と言葉が漏れて、足も早足になっていた。
20031116 カズイ
20070326 加筆修正