□サウダージ4

 放課後、いつもならなにかネタを求めて駆け回る。
 でも、落ち込むわ。
「私はヴァイオリン・ロマンスの破局とか書きたくないのよ」
「えっと、香穂先輩ですか?」
「そう」
 机にべたっと顔をつけてごろごろとしている。
 その横でさっきまで練習していた笙子ちゃんはクラリネットを手に持っている。
「最近、調子悪かったのってやっぱりその所為だったんですか?」
「まだ確実じゃないけどね。五日前、突然言われたのよ。柚木先輩と別れたって」
「そうですか。……やっぱり」
 ん?
 この反応。
 なにか知ってる?
「ねぇ、笙子ちゃん。なにか知ってる?」
「え!?」
 この反応。
 やっぱりなにか知ってるのね?
「なにを知ってるの〜?正直に吐きなさい」
「えっと……、その」
 困ったような表情の笙子ちゃんをつつく。
「この間の金曜日、菜美先輩がいなくて香穂先輩と私の二人で帰った日があったじゃないですか」
「そういえば」
 そういえば、あったわね。
 大学部のほうに取材で行った日が。
「その日、学校を出てすぐ、人にあったんです」
「人に?」
 なによ、柚木先輩のファン?
 でも、香穂はそんなのに負けるタイプじゃないはずなんだけどなぁ……
「下校時間より少し早い時間に学校を出たんで、人がいなくて、見てたのは私だけなんですけど」
 笙子ちゃんは言葉を切って窓のほうを見た。
「それで?」
 そういったのは私じゃないよ。
 窓枠にだらんと眠そうにすがりついてた志水くん。
 一体いつからいたんだろう。彼は。
 そして、言葉を吐いたのはそのさらに後ろにいる火原先輩。
 火原先輩も四日前、ちょうど香穂の分かれた宣言から次の日、普通科の私がわかるくらい調子がおかしい。 ここに来る前にエントランスによって先輩の演奏を聞いたけど、その時もそんな感じだった。
 そして微妙に挙動不審。
 親友でもある柚木先輩を時々避ける。仲のいい青木先輩に逃げられ。香穂に声をかけようとしていつも断念。
 微妙じゃなかった、明らかに挙動不審よね。
「ねぇ、なにがあったの?」
「えっと……」
 冬海は言いかねて言葉を出せない。
「香穂先輩が泣いた理由が柚木先輩なら、文句言いたいから教えて」
 志水くんの言葉に思わずぎょっとした。
 いつの間に志水くんとも仲良くなってたんだろう、香穂ってば。
「俺、香穂ちゃんの気持ちわかんないんだ。もう、柚木のこと好きじゃないって言うし」
「そんなこと言ったんですか?!」
 驚いたのは笙子ちゃんのほうだ。
 私も驚いたけど、笙子ちゃんのほうが驚いてる。
「ああ、やっぱり柚木先輩に言ったほうが……」
「ねぇ、なにがあったの?」
「その人、柚木先輩の婚約者らしくって……香穂先輩に近づくなって叩いたんです」
 おろおろと笙子ちゃんは口元に手を当てた。
「そしたら先輩、私じゃ勝てないって……冷めたって」
 香穂がそんなこと言うなんて、なに考えてるの?
「……それでサウダージだったんだ」
 ぽつりと火原先輩が言った。
 サウダージ?ポルノグラフィティの?
「ポルノグラフィティのサウダージですか?」
「うん。香穂ちゃんがね、今そんな気分だって言ったんだ。俺、サウダージ知らなかったから土浦に借りて聞いたんだ」
「失恋ソング?」
「うん。俺それも聞いて知った」
 思い出したように私はつぶやいた。
 失恋ソングの上位曲だよ。……香穂のやつ、相当重症ね。
「でも、香穂先輩はまだ柚木先輩のこと好きだと思います。『Lascia ch`io pianga』を演奏してたくらいですから」
 志水くんはそう口を開いた。
「あの曲を?」
「この間、冬海さんが教えたって言ってた曲」
「ねぇ、その曲。どういう意味?」
「『私を泣かせて下さい』って曲名で通ってる曲です。歌劇「リナルド」の中で囚われのヒロインアルミレーナが歌うアリアです」
「どこか、一条さす希望の曲にも聞こえたから」
 志水くんは優しそうに微笑んだ。
「『Lascia ch`io pianga』がどうしたんだ?」
「あ、金やん」
「それにしても妙な集団だな。で、何の話してたんだ?」
「珍しいね。金やんが首突っ込むなんて」
「すばらしく暇すぎて楽しいことを探してるんだよ」
 苦笑して頭をかきながら金やんは火原先輩の横から中を覗き込んだ。
「金やんなら歌詞知ってるよね。どんな歌詞?」

 奈落の力を持った情け知らずのアルミーダは
 懐かしい喜びの天上から私を奪い去り
 ここで永遠の苦しみを持った
 地獄の責め苦の中に私を生きたまま閉じ込めている
 主よ、ああ、どうか私を泣かせて下さい
 過酷な運命に涙し
 自由に憧れる事をお許し下さい
 私の苦しみに対する憐れみだけによって
 苦悩がこの鎖を打ち毀してくれますように


「こんな歌詞」
「……ふむふむ。決めた」
「なにをですか?」
「柚木先輩から行動に移させるのよ。香穂を助けるためにもね」


20031126 カズイ
20070326 加筆修正
res

×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -