□サウダージ3

 正門を走っていく香穂子を視線で追いかけて、しばらくはヴァイオリンを弾いていたが、気分が乗らずに練習を切り上げることにした。
 どのみちもうあと一時間すれば先生たちがそろそろ帰れと言い始める時間だ。
 普段ならもうすこし練習していたいが、これでは続ける意味がない。
 彼女に一体なにがあったのか。……泣いていた気がする。
 コンクールの後、ヴァイオリン・ロマンスと囁かれた香穂子と柚木先輩。
 二人の仲は周知公然だった。
 元々他人に興味がない俺だが、香穂子は多分特別だった。
 好きだから自分のものであってほしいと、そこまでの感情は持っていない。
 恋愛感情というよりも憧憬に近いのかもしれない。
 だから、香穂子が柚木先輩のように生徒の間で評判もいい先輩と付き合うことに文句はない。
 少し気になることはあるけれど。
「よ、月森」
 声のほうを振り返るとそこにはジャージ姿の土浦がいた。
 土浦も音楽科への編入を誘われたが、あくまで趣味でとどめるという。もったいないな。
 だが、音楽を続けていることには変わらないから、いいことなんだろう。
「土浦か。部活は終わったのか?」
「ちょっと休憩中。ついでに購買にパシリだよ。お前は練習か?」
「一応。だが気が萎えた」
「……なんかあった?」
「多分、泣いていたんだと思う。……香穂子が」
「あいつが?珍しいな。……柚木先輩となんかあったか?」
「さあな。だが、少し心配だな。……どうした土浦」
 ふいっと土浦は目をそらしすねたように口を尖らせる。
「おまえが日野のことばっか気にしてるからすねてんの」
 なにをいってるんだと思ったが言いたいことのおおよそがわかって顔に血が上るのがわかった。
「……馬鹿」
 それだけを言うのが精一杯だった。
「真っ赤だぞ」
「わかっている!」
 恥ずかしいんだ。こういうことにはまだ慣れない。
 大手を振って言えない。
 なのに、「もう一つのヴァイオリン・ロマンスだね」と香穂子は言ってくれた。
 応援してくれてる人は多くないが、いる。それと土浦だけが今、俺の支えだ。
「あ、土浦発見!」
 火原先輩の声でようやくはっとして顔を上げる。
 真っ赤な顔はもう元通りになっている。はず。
「月森くんも一緒だったんだね。あのさ、サウダージって知ってる?」
「ポルノグラフィティの?」
「うん、それ。もしCD持ってたら貸してくれないかなぁ。ちょっと気になってさ」
「いいですけど、珍しいですね。先輩が失恋ソング聞きたがるなんて」
「それ、別のやつにも言われた。そんなに変?」
「変といったら変ですね。似合わないって言うか……」
「うっ」
 泣きそうに火原先輩は一歩後ろに下がった。
 なんというか、本当、香穂子の言うとおり犬みたいだ。
 耳がたれてる幻覚が今にも見えそうだ。
「明日持ってきますよ」
「ありがと。じゃ」
 それだけ言って火原先輩は哀愁漂う背中を向けて歩いていってしまった。
「しかし、なんでサウダージなんだろうな」
「どんな曲なんだ?」
「あ、知らないのか。『許してね恋心よ、甘い夢は波にさらわれたの。いつかまた逢いましょう、その日までサヨナラ恋心よ』ってとこら辺はきいたことあるだろ?」
 思わず短いフレーズの歌声に聞きほれてしまったが、すぐに答えを返す。
「時々。駅前通りで」
「簡単に言っちまえば、女視点で恋心がなくなったって歌ってるわけだよ。つまり相手と別れたってこと」
「……香穂子か?」
「は?」
「そんな気がしただけだ」
「じゃなかったらいいけどな。……あいつ、最近調子悪いみたいだし」
 土浦とほぼ同時に心配そうにため息をついた。


20031116 カズイ
20070326 加筆修正
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