□サウダージ2

(泣いてる)
 そう感じたのは演奏中で、香穂ちゃんはその後泣いてしまった。
「……俺でよかったら話聞くよ?」
 慰めてあげたくて、でも、君は僕の気持ちを知らないからそっと頭に手を伸ばしてぽんぽんと軽くたたいた。
 すごくつらかったんだと思う。
 よくわかんないけど、香穂ちゃんの演奏は胸がぎゅってなって苦しかったから。
 草の生い茂った足をのばし二人ともベンチ腰を下ろして、しばらく待った。
 しばらくって言っても、本当は短い時間だったんだと思う。
 でも、俺にはすごく長く感じられてたんだ。
「柚木先輩と……」
 ぽつりと君の唇から漏れたのは親友の名前。
 そうだった。
 コンクールが終わって香穂ちゃんは柚木と付き合い始めたんだった。
「柚木?」
「はい。……別れたんです」
 柚木ならって思って俺は身を引いたけど、泣かすなんてひどい。
 でも……柚木はどうして別れたんだろう。
 香穂ちゃんに惹かれて、ずっと特別な一人を作らなかった柚木が誰よりも大事にしてたのに。
 誰も間に割って入れないってくらい仲がよかったのに。
「……どうして?」
 割と冷静にそう言葉が漏れた。
 それが意外だったのか香穂ちゃんは目を大きく見開いてすぐ戻った。
「もう、だめなんです。好きじゃないから」
「そんな……」
「……サウダージって曲知ってます?」
「え?」
「今、そんな気分なんです」
 無理やり笑ってるって表情を作った香穂ちゃんはぱたぱたとヴァイオリンを片付けて立ち上がった。
「じゃ、今日は帰ります。それじゃあ」
 まくし立てるようにそういって、行ってしまった。
 どうしていいか、よくわかんなくてとりあえず校舎内に向かって歩いた。
 トランペットのケースも鞄も教室に置きっぱなし、時間は五時過ぎ。
 学校にいていいのはあと一時間。
 なんだか、今日はもうこれ以上練習する気にはなれない。
 香穂ちゃんが泣いた理由は大体わかる。
(柚木と何かあったんだ)
 それは小さな出来事ではないだろう。
 胸の奥で、これをチャンスだという俺がいる。
 なんか、サイテーだ。
 自分で落ち込みながら教室に向かった。
 教室は静かで、人は俺だけ。
 荷物がぽつりぽつりってあって、窓の外からたくさんの生徒の声と一緒にカーテンを揺らす風が入り込む。
「サウダージか……兄ちゃん持ってるかな?」
 サウダージは、たしかJ-POPだった気がする。
 あんまり興味なかったから知らない。
 たしか男性グループが歌ってたっけ?
「なに火原。ポルノに興味あるのか?」
「うわ!」
 突然後ろから声をかけられてびっくりした。
「なんだ、須賀川かぁ……」
「なんだよ、その反応。ま、いいけどさぁ」
「びっくりしたんだよ。それよりポルノってなに?」
「お前、知らないで曲探してるのか?」
 もう癖らしい眼鏡を上げる仕草。
 須賀川ってのは、俺の友達。同じ音楽科の三年で、専攻はピアノ。
 伴奏は苦手だっていうからコンクールの伴奏は断られたけど、結構うまい。
「ポルノグラフィティのサウダージ。もしかして別の曲だったか?だったら知らないけど」
「知らないよ。曲名だけ聞いてちょっと気になったから兄貴持ってるかなぁって。持ってる?」
「そっか〜。曲は知ってるけどもってないなぁ……。女子とかなら持ってると思うぜ」
「ありがと。そうか、持ってないか……残念」
「にしても意外だな。お前がこういう曲に興味持つの」
「こういう曲?」
「失恋ソング。まぁ、曲調はテンポがいいから時々勘違いしてるやつとかいるらしいけどな」
「……ふぅん」
 土浦にでも聞いてみようかな。


20031116 カズイ
20070326 加筆修正
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