□HELP!

 この身体を巡る血を一滴残らず入れ替えたとしても、所詮神聖ブリタニア帝国第十一皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであった事実は消せない。
 ブリタニアを憎む日々の中でただ一つ、それを許せることがある。
 そしてそれが唯一ルルーシュの心の支えだった。
「で、どうする気だルルーシュ」
「どうする?くだらない質問だな」
 問いかけた男をルルーシュは鼻で笑った。
 ベッドに貼り付け状態の絶対安静を言われているその男の名は卜部巧雪。バベルタワーで死ぬはずだった男である。
 瀕死の重傷を負ったにも関わらずここまで回復しているのは奇跡と言っていいだろう。
 そんな彼はルルーシュ、いやゼロの部屋に入ることのできる数少ない人物である。正しくは彼はずっとゼロの部屋に居て他のメンバーは卜部が生きていることすら知っているのか怪しい。
 それはルルーシュの故意でもあり、卜部の願いでもある。
 卜部はゼロがルルーシュであることも、ゼロが起こしてきた奇跡も奇跡でないことを理解している。
 だからこそルルーシュは卜部の質問に答えた。
「ナナリーは俺の大事な妹だったが、あの子は自分の道を選んだんだ。……それに言っただろう?俺には妹より大切な人がいるって」
「……だから身代わりになんて執着しない、か」
「ロロはロロで役に立ってはくれているがな……」
 信用まではできない。
 言外に良い含み、ルルーシュはゼロの仮面に手を伸ばした。
「いずれにせよ、もう日本にはいられない。あの人にも時期に会えるさ」
「お前の考えを予測できるほど頭回るようには見えないんだがなぁ」
「あの人はあの態度こそ仮面……いや、化け猫の皮かな」
 くすっと笑い、ルルーシュはゼロの仮面を被った。
「傷が痛もうがそろそろ動いてもらうぞ。ブリタニア皇帝とシュナイゼルはこの作戦の後、確実に仕掛けてくるからな」
「はいはい。ブランク明けにいきなり本番はきついぜ、ゼロ」
「知っているか?最近格納庫に夜な夜なバベルタワーで死んだはずの男の幽霊が出るらしいぞ」
「そりゃ初耳だ!」
「……ふっ」
 おどけてあくまでとぼける卜部にゼロは小さく笑みをこぼし、部屋を後にした。

  *  *  *

 シズオカゲットーから逃れた100万人のゼロこと日本人の心を持つ者たちがたどり着いたのは、事前交渉をしていた中華連邦領にある蓬莱島だ。
 イカルガをはじめとした新型KMF等も揃う中、ゼロは一人の男を横に立たせた。
 頭をすべて覆った覆面の長身の男。身に纏うのは漆黒の衣装。
 口を一切開かない謎のその男に対して不信感が強いものが多いが、ゼロは何も言わない。
 その人物こそ卜部巧雪であることを知るものはゼロ以外CCだけ。
 いや、蓬莱島に居ない人物をカウントするのであれば心配性のロロと事情を知る必要があると頑なに譲らなかった咲世子の二人もそうだ。
 結局のところ四聖剣も藤堂も彼が卜部だと気づく者はいない。
 出来る限りいつもと違う動きを心がける卜部の演技力もあるが、口を一切開かず、またゼロの傍から離れないためにコミュニケーションをとることも出来ないことも理由の一つだろう。

「……政略結婚?」
「ええ」
 頷いた神楽耶は自分に届いた招待状についてゼロに語った。
 友人となった中華連邦の象徴である天子とブリタニアの第一皇子であるオデュッセウスの結婚の招待状だったらしい。
 ゼロが来る前に話を聞いていたらしい藤堂やラクシャータが補足を加えた。
 それはまさしく中華連邦とブリタニアの険悪な関係を解消するための政略的なものだ。
「シュナイゼルだな」
「え?」
「これを計画したのはシュナイゼルだな、と言ったんだ」
「それは恐らくそうでしょうが……」
「だがシュナイゼルすら恐らく操り人形だ」
「は?」
 ゼロの副官を気どり卜部を勝手にライバル視している様子のディートハルトの顔に卜部がくっと笑う。
「……ススギ」
 静かにゼロが声を掛ければ、卜部はぴっと姿勢を正した。
 ススギ。字に表して雪と書く。卜部の名から一文字取ってつけた卜部の偽名である。
「言った通りだっただろう?……あれは化け猫の皮だと」
 卜部は再び肩を揺らし、笑いを堪えながら頷いた。
「神楽耶様、招待状はお受けしてください」
「は?……はい」
 戸惑いながらも神楽耶は頷いた。
「カレン、ススギ、お前たちもついてこい」
「え?」
 戸惑うカレンと違い、卜部はすぐに頷いた。
「さて、あの人はどう打って出るか……面白いじゃないか」

  *  *  *

「チェクメイト」
 シュナイゼルへと持ちかけたチェスの盤上、案の定彼はゼロへと勝利を差し出そうとしている。
「はは……ふははははっ」
「何がおかしいんだね?」
「……だからあなたは操り人形なんですよ」
 思わず零れてしまった笑い声にゼロが勝利した時の景品となったスザクが眉間に皺を寄せた。

「―――ゼロ!ユーフェミア様の敵!!」

 乱入する声にススギがゼロの前に立った。
「……チェックメイト」
 ゼロはそれに動揺することなく白のキングを取った。
「え?」
 一瞬乱入者に目を奪われたシュナイゼルは、ゼロの声によってチェス盤に視線を戻した。
 副官であるカノンもチェス盤を見た。
 消えた白のキングと残された黒のキング。
 乱入者は素早いススギの活躍によりあっさりと気絶させられ、止めようと手を伸ばしたスザクは結果的に気絶した乱入者―――ニーナを崩れ落ちないように支えるだけとなった。
「やりすぎだ、ススギ」
「……………」
「まったく……では、シュナイゼル殿下。景品ですが……」
「ああ」
「なっ、シュナイゼル殿下!?」
「どうやら本人が反対しているようですので一時間お借りするだけで結構です」
「おや、それでいいのかい?」
「ええ、十分です。枢木卿、神楽耶様をエスコートしていただけるかな?」
「……………」
 スザクは無言でゼロを睨む。
「それとも、日本人を―――あなたたちが言うイレブンのエスコート等出来ないと?」
「……わかった。約束は約束だ。だが一時間だけだ」
「十分ですよ。行くぞ、ススギ、カレン」
「あ、はい。……ごめんね、ニーナ」
 ぽつっと言葉を残し、歩き出したゼロの後をカレンは追う。
 当然のようにゼロの後ろを歩くススギの背をねめつけながら、ニーナをジノに任せスザクもその後を追った。
 いくら警備がいるとはいえ、神楽耶がいるのは天子の側。
 警護すべきオデュッセウスの側である。警戒を緩めてはいけないとスザクは緊張を走らせた。


「申し訳ありません、神楽耶様。お待たせいたしました」
「おかえりなさいませ、ゼロ様」
「強いんだね、君は」
 言葉を紡ごうとしていた神楽耶を遮り、オデュッセウスがにこりと微笑む。
「いいえ、あれはシュナイゼル殿下が私を試し、それに応えたに過ぎません。あのようなものを勝負とは呼べませんよ」
「はは、そうだね」
「え、えっと……」
 優しく微笑むオデュッセウスに天子は首を傾げる。
 先ほどから自分を安心させようと笑っていたオデュッセウスの笑みとはどこか違う。
 天子はそれを感じ戸惑ってしまったのだ。
 上辺だけ見れば、凡庸な皇子だが流石に皇子、剣呑にテロリストと渡り合っているのか?等考えが過るかもしれない。
 だが天子はずっとオデュッセウスを先ほどから隣で見ていたのだ。
「ゼロとオデュッセウス殿下はお知り合い、なの?とても仲がよさそうだし……」
 これには側に居た大宦官も、神楽耶も、この台詞には目を見開く。
 どう見てもゼロとオデュッセウスには接点が見られず、仲が良さそうどころか知り合いでもあるはずがない。
 だが幼いながらにも彼女は天子。彼女の心眼は確かなもののようだ。
 オデュッセウスはくすりと笑った。
「よくわかったね。うん、彼は私の大事な子だよ」
「え?じゃあどうして私と結婚するんですか?」
「うーん。弟が言ってきたことだからね……君が許すなら私は彼と一緒に行っていいかな?」
「好きな人と一緒にいるのはいいことだわ。でも……ゼロは男でしょう?」
「て、天子様っ」
 はっと我に返った大宦官が慌てて天子を諌める。
 だが時すでに遅し。
 現状に飽き始めていたオデュッセウスはにこりと微笑んだのだった。
「ゼロはね、男にはとても見えない可憐さを持ち合わせているんだよ」
「何を言ってるんですかあなたは。天子様に嘘を教えないでください」
「おや、私はちゃんと今の君も知ってるよ?皇帝陛下がね、君のここ一年間の写真をアルバムにして持っていたから、勿体ないけど一冊だけ拝借させていただいて残りはすべてメモリーごと燃やさせていただいたよ」
 にこりと微笑んで告げたオデュッセウスの台詞にしんと会場が静まり返る。
 訝しみながらも演奏は止まなかったが、見事な静寂である。
 それも仕方のないこと。
 数日前、警備の行きとどいた宮殿内でボヤ騒ぎが起こった事件がある。
 どう考えてもオデュッセウスの証言はその犯人がオデュッセウス自身であり、また非公開とされたボヤ騒ぎで喪失したものがゼロの一年間の写真であると言う衝撃の事実の告白である。
「一年間分のたった一日分にも満たない君の写真でここまで我慢した私は本当に忍耐強いね」
「嘘を言わないでください。ここに私が来なければ適当に理由つけて皇帝暗殺しそうな人間の言葉じゃないですよ」
「いけない子だね。お口にチャックっ」
「可愛く言っても化け猫の皮剥いだ人間の言葉なんて誰も信じませんからね」
「あの……ゼロ様?」
 恐る恐る神楽耶が口を挟んだ。
「流石の私も理解が追いつかないのですが……オデュッセウス殿下とゼロ様はお知り合いで、その……」
「私と彼は皇帝陛下によって引き離されてしまった悲劇の恋人同士なんだよ。だからこそ彼は君に会うためにシュナイゼルの目に留まりやすいように行動して天子の婚姻の儀の相手に選ばれてわざわざ中華まで足を運んだ上にシュナイゼルのお遊びを大人しく見守りながら彼が私のところに来るのを待っていたのに……」
「よく回る舌ですね。切りましょうか?」
「つれないねぇ。私はこんなにも君を愛しているのに」
「どの口が言うんですか。……8年以上も放っておいて、今更遅いんですよ」
「へ?君、日本に来る前からオデュッセウス殿下と付き合ってたの!?」
「そうだよ、枢木卿」
「嘘はやめてくださいと言っています。私が言っているのは日本行きを何故止めてくれなかったのですかと言うことです!」
「うーん。だって君を愛してるけど、それ以上にウザイくらい父上が君を愛してるからね……私がちょっと我慢すれば引き離せるし、後で迎えに行けばちょうどいいかなって」
「……死ねっ。私の純粋にあなたを信じていた8年を返せ!!」
「口の悪い君も愛しているよ☆」
 ふふっと茶目っ気たっぷりにウィンクまでつけてオデュッセウスは笑う。
「化け猫の皮の下も結局化け猫、ってか?」
「おや?」
 オデュッセウスはぽつりと呟いた卜部に視線を移す。
 会場中の誰もがこの状況に戸惑う中で、一人冷静だった卜部にオデュッセウスはすぐにルルーシュが彼を信用しているのだと言う考えに行きついた。
「駄目だよ、浮気は」
「なっ……こいつはただの共犯者です!」
「え?俺お前の共犯者なの?仲間じゃなくて?」
 へーそうだったのかと妙に冷静に納得する卜部に、オデュッセウスは何時の間に歩み寄ったのか卜部の胸倉を掴める距離に居た。
「え?マジで妖怪?」
「彼は私のだよ?」
「……えー?俺、殿下のライバル?嫌ですよ、こんな超上目線のガキの相手なんて」
「しょうがない、騎士くらいは認めてあげるよ」
「あれ?なんか話おかしくね?俺騎士にしてくださいとか言った?俺がおかしいのか?なぁ、ゼ……駄目だ。ゼロ!おーい、ゼロさーん!黒い殿下にときめいてないで戻ってこーい!」
 胸倉を掴まれたままブンブンと卜部はゼロに向けて手を振る。
「……あれ?この声、まさか卜部さん!?」
「おいおい、今頃気づくのかよ、紅月。俺結構前から口開いてね?」
「だ、だって卜部さんバベルタワーで死んだんじゃ」
「生きてるし、足ある上に地面についてるし、大体さっきからずっと喋ってるの見てわかんね?」
 思わずきっちり突っ込んだ後で卜部は思わず溜息を吐いた。
「俺、何時からツッコミ担当になったんだろうな……ツッコミ不在すぎるだろ」
 ぽつりと呟き宙を仰ぐ覆面。
 その胸倉を使むブリタニアの第一皇子。
 それを見てときめく仮面の男。
「……あれ?なんだろうこの状況」
「お前も今気付くなよっ」
 真面目な顔で呟いたスザクに卜部は盛大に溜息を吐くしかなかった。

「……誰か助けてくれ」



⇒あとがき
 ……あれ?これオデュルル?……え?なんだろう。←
 感想の処に卜部とオデュがいいって書いてあったから卜部出そうと出して気づけばこんなことに……てへ☆
 あれだ、サブタイトルは『ツッコミ不在』。
20090920 カズイ
res

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