□目覚めた智将
オデュッセウス・ウ・ブリタニアは元来頭の良い男である。
目に映ったり、耳に入った情報はすべて彼の脳裏に鮮明に刻まれていた。それこそ生まれたときから今現在までを。そしてそれを理解する力も、人の感情の機微を見抜く力もあった。
だが同時に平和主義の振りをした大層な怠け者でもあったのだ。
人当たりのよい笑みを浮かべ、「私は……」等と言葉を濁すように言えば、大抵の場合相手が勝手に自分の都合のいいように話を取って先に進めてくれる。
意外にも思えるかもしれないが、オデュッセウスは社交の場に多く出ているがその口数は多いように見せかけてとんでもなく少ないのだ。
頭が良すぎた故に彼は早々に人生に詰まらなさを覚え、怠け者の道を選んだのだ。
一応母の体裁上、平和主義者なのだと言うものを言い訳に怠け者には一切見えないようふるまってはいるのだが、過去に一度たりとも誰かに気づかれたことはない。
同時に、第一皇子と言う立場に立ちながら彼は誰よりも皇位に興味がなかった。
表面上自分を慕う周囲の人間たちをそれと気づかれぬようからかうことにも飽きた。
本当にオデュッセウスをただの兄として慕ってくれているのはギネヴィアくらいのもので、他は大なり小なり打算的な考えがその後ろに見え隠れしていた。
そんなギネヴィアにさえ、オデュッセウスは己の胸の内を明かしたことはなかった。
たった一度―――あの夜の運命的な出会いの場以外では。
華やかなパーティとは対照的に、外は月明かりだけが道を照らす質素でいて人の心を圧倒する美しい庭がある。
その庭の中をオデュッセウスは一つの考えを巡らせながら歩みを進めた。
細い小道を抜け、白い花のアーチを抜け、途中オデュッセウスの身体には少々小さいトンネルもあった緑に囲まれた迷路のような道を長々と通って、青い薔薇の咲く隠れた最も美しい庭に足を踏み入れた。
まるであの運命的な出会いを再現するかのように、月明かりのしたその少年は立っていた。
だがオデュッセウスの隣にはギネヴィアの姿はない。
憂いの表情を浮かべる彼は今だけオデュッセウス一人のものだった。
その優越感から、オデュッセウスの顔には自然と笑みが浮かんだ。
「やぁ、小さな可愛い弟、ルルーシュ」
「っ……オデュッセウス第一皇子殿下」
驚いたように薔薇を見上げていた小さな少年―――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは弾かれるようにオデュッセウスに顔を向けた。
大きな目を丸く見開く姿はとても可愛く、愛らしい。
先ほどパーティ会場の中で見かけた毅然とした顔ではなく、ひどく疲れた顔をしているところを見ると、まだ幼い彼にはやはり長丁場はきつかったのだろう。
だがオデュッセウスがあの場でルルーシュに声をかけるわけにはいかなかった。
それでなくともルルーシュの母、マリアンヌ皇妃は庶民階級の出。
元々皇族の血筋からなる高位の貴族階級からブリタニア皇帝に嫁いできたオデュッセウスの母とは格が違うと言えよう。
本来なら第十一皇子と言うのも継承順位十七位と言うのも彼には高すぎる位であった。
傍から見れば不釣り合いで奇妙な位も、ルルーシュの賢さに気づけば納得のいくものである。
シュナイゼルもルルーシュの賢さを認めたと、ギネヴィアがコーネリアから聞いてきた。そのコーネリアもまた溺愛している妹ユーフェミアから聞いているのだから、距離は近いようで遠い。
何しろ現皇帝には100名以上の子どもがいるのだからまぁ比較的近くはある方だろうが。
「今宵はオデュ兄様とは呼んでくれないのかな?可愛いルルーシュ」
「男が可愛いと言われてもうれしくありません。……オデュ兄様」
頬を少し膨らませたかと思うと、ルルーシュははにかむように微笑んだ。
「ルルーシュはまだ幼いんだから男の子であっても可愛いでいいと私は思うよ」
ひょいっとルルーシュの小さな身体を抱えあげ、オデュッセウスは近くのベンチに腰かけた。
その膝の上にルルーシュの身体を乗せて。
「僕はあまり好きじゃありません」
「私は好きなものを好きと言うようにルルーシュに可愛いと言っているだけだよ。きっとルルーシュが大きくなっても私は可愛いと言うだろう。……ああ、いや。マリアンヌ皇妃があれだけお美しい人なのだから、きっとルルーシュも美しくなるんだろうね」
「オデュ兄様!からかうのはやめてください」
「私はルルーシュと二人の時は、いつだって本気だよ」
くすりと笑い、オデュッセウスはルルーシュの頭を撫でた。
その手を振り払うことなくルルーシュは首を少しだけ前に傾け、俯いた。
「……オデュ兄様」
「なんだい?」
「……どうして僕を見つけられるんです?」
この前もそうですとルルーシュは唇を可愛らしく尖らせた。
「そうだねぇ……ルルーシュはプライドが高いから、疲れたことを悟られたくないんだろう?いくら主賓から遠く、気づかれにくい存在だとしても、ルルーシュは皇族。弱みを見せてマリアンヌ皇妃の不利になりたくない。だから隠れて休息を取っていた。前に見つけたのは正直言って偶然だけどね……今回はルルーシュの足取りを考えてみたんだよ」
「普通、入り組んでいて簡単には見つけられないと思いますが?」
ルルーシュは一時間ほど前にここに来たが、第一皇子のオデュッセウスは本当についさっきまで引っ張りだこだったはずだ。
そんなこと考えなくてもわかる。
なのにここにやってきたと言う事は、移動時間は本当に少なかったはずだ。
迷路に迷うことなく、ゆっくりと穏やかないつもの調子で歩きながらも正確にルルーシュの足取りを追ってきたと言うことだ。
正直奇妙な話である。
「言っただろう?ルルーシュの足取りを考えて見たって」
穏やかに微笑むオデュッセウスにルルーシュは口をぽかーんと開かせた。
「ルルーシュは私の一番お気に入りの弟だよ―――それを忘れないでいるんだよ」
「オデュ兄様?」
「何があっても、それだけは絶対に忘れちゃいけない。君が生きる支えに私がなれればと思うよ」
「どういう意味ですか?」
「さあね、私は少々怠け者でいる時間が長すぎたらしい」
「オデュ兄様が、怠け者?」
「だからもう一度ルルーシュに会っておきたかった。二人っきりで」
オデュッセウスはルルーシュの小さな体をぎゅうっと抱きしめた。
ルルーシュに今後どのような試練が待ち受けているか、オデュッセウスはその片鱗に気づき、末路を悟ってしまった。
だが力ない者として振舞っていた自分にはそれに見合うだけの力しかなく、ルルーシュを助ける力はない。
ただこの腕の中の温もりが失われないことだけを祈るばかりだ。それ以外はオデュッセウスにとってどうでもよかった。
たった数分の最初の逢瀬が偽り続け、賢さをそのまま押し殺すつもりだったオデュッセウスを変えた。
今はまだオデュッセウスは無力だろう。
けれどルルーシュも力を付ける時、それまではオデュッセウスは皇室に隠された仄暗い闇を欺き、消し去ろうと決めた。
「オデュ兄様、苦しいっ」
「すまない、ルルーシュ。必ず私は―――」
オデュッセウスはルルーシュのおでこに誓いを唇に乗せ、優しく触れた。
「ほぇあ!?」
「私はもう行くよ。ギネヴィアに見つかったら怒られてしまうからね」
「……オデュ兄様?」
「またね、ルルーシュ」
いつもの穏やかな笑みを仮面をかぶるように浮かべ、オデュッセウスはルルーシュに背を向けた。
言い知れぬ不安にルルーシュが服の胸元をぎゅうっと握りしめ、唇だけがオデュッセウスの名の形に動いたことなど―――知っているのに、オデュッセウスは歩みを止めなかった。
すべては最後、自分一人がルルーシュを抱きしめられるよう。
その日、皇室と言う名の檻は、静かに智将と言う虎を目覚めさせていたのだった。
⇒あとがき
意味わからんww
癒しオデュ兄が書きたかったのに失敗orz
もしかしたらまた書いちゃうかもです☆
20080826 カズイ