□魅惑のハニー

「ルルーシュ皇女殿下、到着いたしました」
 運転席から聞こえた声にルルーシュの唇から小さくため息が漏れた。
「主?」
「なんでもない」
 ルルーシュは憂いの表情を皇女としての笑みに隠し、体調を伺ってきた隣の席に座っていた騎士―――ジェレミア・ゴットバルトに告げた。
 彼女が身に纏っているのはふんわりとした羽根を広げたようなデザインになっている襟首を持つブリタニアの皇族がよく身に纏っているドレスに似ている。
 ただし貴重とされているのは白や淡い紫ではなく、黒に近い深い紫色だ。
 飾り気のないドレスはルルーシュの魅力をまず間違いなく際立たせていた。
 露出はそれほど多くなく、むしろ少ないと言えるだろう。だからと言ってかっちりき込んでいるわけではなく、初秋の季節に似合う涼やかで寒々しくない装いである。
 短いとは言え肩口まで伸びた黒髪を綺麗に纏め上げ、薄く化粧の施されたルルーシュは些細な仕草さえも精錬された立派な皇女だった。
「では、いきましょう」
「「「畏まりました、主(ルルーシュ皇女殿下)」」」
 喜々としたジェレミアとグラストンナイツの二人の返事に苦笑を覚えながらも、ルルーシュは笑みを浮かべたままマジックミラー越しの基地を見上げた。
 目の前に大きくそびえる黒い塗装のそれは日本が誇る日本自警防衛軍、新宿基地である。
 ブラックリベリオン後に建築されたそれは、黒の騎士団の名にあやかり黒い塗装が成されている。
 別段ルルーシュにとってそれは些細なことである。

 今から約一年ほど前に決起された世界を揺るがした大事件―――ブラックリベリオン。
 黒の騎士団の勝利に終わったのち、ルルーシュは凡庸な人間として生活していたはずだった。
 もう恋はしていたから、愛を誓って結婚をした。
 学園を中退してすぐに妹と共にクラブハウスを出て旧シブヤゲットー、新名称渋谷区画市に建てられた新居に引っ越した。
 それはアッシュフォード家以外には何も知らせず黙ってのことだったため、皆ルルーシュが結婚したことすら知らないだろう。
 共についてきてくれた咲世子にナナリーのことを頼むことはあっても、妻として夫・鏡志朗のことだけは自分でこなし、支えてきたつもりだった。
 だが最近は少し悩みがあった。
 黒の騎士団に居た頃よりも一緒にいる時間が格段に少なくなってしまったことだ。
 ルルーシュがイコールゼロと知れぬように、藤堂は四聖剣をはじめ誰にも結婚したことを明かしていないのだ。
 だから付き合いの飲み会やらを無碍にできずに帰りが遅くなる日も少なくはない。
 浮気の心配は一切していないのだが、自然と零れおちたため息はナナリーをひどく心配させてしまったらしい。
 その結果がこれだ。

「……まったく、姉上も無茶をおっしゃる」
「今、何か?」
「いいえ」
 ルルーシュは当然のように右手を出し、これまた当然のように出されたジェレミアの手にエスコートされるように車から降り、新宿基地に足を踏み入れた。
 後には別の車に乗っていた視察団の面々。それは貴族であったり技術者であったり。
 彼らはコーネリアの代わりにルルーシュが聞くと自分をユーフェミアと同等のお飾りの力しかない皇女としか思っていないようで媚を売ろうとしていたが、そこはあっさりジェレミアに切り捨てられ、グラストンナイツの二人―――アルフレッドとバートのやんわりとした笑みによって遮られていた。
 出迎えるのは黒の騎士団でも藤堂が来ていた軍服をアレンジしたものを纏った日本人たちである。
 日本人の名や誇りを取り戻した彼らは堂々と胸を張っているものの、ブリタニア人であるルルーシュの来訪を良しとしてはいないようであった。
 表面上はそれを出来るだけ見せようとはしていないが、端の方まで目を移せばそれは間違いなく映った。
「日本自警防衛軍新宿基地へようこそ、ブリタニア視察団の皆様」
 にっこりと出迎えたのはこの国の代表である皇神楽耶。
 ブリタニアでも名の知られていないルルーシュを周りの日本人たちが知るはずもなく、きっと耳を欹てていることだろう。
「国家代表首席御自らのお出迎え、誠にありがとうございます」
「現地での出迎えとなり申し訳ございません、ルルーシュ皇女殿下」
「いいえ、皇代表。こちらこそ急遽私などの訪問となり申し訳ございません」
「そんなことありませんわ。私、久しぶりにルルーシュ皇女殿下にお会いできて嬉しいですもの!……ねぇ昔みたいにお呼びしても?」
「構いませんよ」
「でしたらルルーシュも昔のように神楽耶と気安く呼んでくださいませ」
 ふふっと微笑む神楽耶に釣られるようにルルーシュも自然と笑みを浮かべた。
「ではお言葉に甘えて。久し振りですね、神楽耶」
「本当、八年前にお会いしたときは可愛いお方と思ってましたが……ルルーシュはとても美しくなりましたね。恋……いいえ、愛のお力ですかしら?」
「神楽耶!」
 顔を赤くしたルルーシュに神楽耶はくすくすと笑った。
「では、施設の中を案内しますわ。道中また語り足りないお話をいたしましょう」
「一応政務なんですから、からかうのはなしですよ?」
「ふふ、心得ておきますわ」
 軽い足取りで歩きだす神楽耶に苦笑しながら肩を竦め、ルルーシュは歩き出す。
「主、皇代表とは顔見知りで?」
「八年前に日本に来た折にお互い初めて出来た女友人だ」
 こっそりと尋ねて来たジェレミアにルルーシュはくすりと笑って返事をした。
 失礼のないようにと言い含め、ルルーシュはまっすぐ前を見た。
 ただ一つの憂鬱と言えば、まだ藤堂に今日の訪問を告げないままだったことだろう。

  *  *  *

「コーネリアの代理人もう来たそうですよ」
 卜部の話にふっと耳を貸す。
 藤堂も視察団を率いて来る予定だったコーネリアが急に来れなくなり、変わりに別の皇女が彼女に代わりに訪れると言う話は聞いていた。
 ブリタニアの皇女と言われても数が多いために誰が来るかはわからない。
 コーネリアが来た方がいっそ楽だっただろうにと藤堂は思っていた。
「さっき聞いた話だと相当な美人らしいぞ」
「へー」
「……興味なさそうだな」
「だってブリタニアの皇女でしょ?いくら美人だろうと……ねぇ?」
 朝比奈は苦笑を浮かべ、壁に背を預ける。
「朝比奈がそう思うのも無理ないですな」
「……ああ」
 彼らが思うのは血塗れ皇女ではないだろうか。
 言いたいことは分るが、八年前に継承権は放棄したとはいえ、戸籍の都合上のため去年皇位だけは戻すことになった藤堂の妻・ルルーシュもその妹・ナナリーも皇女だ。
 藤堂は曖昧に頷いた。
「おまたせぇ〜。今度はさっきよりもちょぉっと動かしにくいかもぉ」
「動かしにくいって」
「その辺りはまたテストするわよぉ。早く準備しちゃってぇ〜」
「了解した」
 卜部と朝比奈が少し離れ、藤堂は愛機である斬月へと足を向けた。
 普段ならいつもの調整で済んでいたこの時間に技術班が総動員されているのは、二日前にあったテロ鎮圧の時に発覚した計器の微妙な狂いの修正と調整のためだ。
 昨日一日は機体の機体の修正と確認で終わってしまったため今日になった。
 本来なら出迎えに行っている神楽耶と共に藤堂も視察団を迎えに行かねばならないところだが、この調整と神楽耶自身が必要ないと言ったためにここにいる。
 あまり長い時間この空間に留まらねばいいがと内心小さくため息をついたが、彼らが来る一番の目的はこの格納庫に揃っているのだから無理な話だろう。

「こちらが我が日本自警防衛軍が誇る新型日本純正KMF斬月と、同じく新型のブリタニアとの共同開発KMF紅蓮聖天八極式のある一号格納庫ですわ!」

 不意に聞こえた声に皆の動作が一瞬ぴたりと止まる。
 藤堂も例外ではなく、ハンガーに手を伸ばした状態で声の方を見る。
 そこには声の主である皇神楽耶を先頭にしたブリタニアの視察団らしき集団が居た。
 そのブリタニアの視察団の先頭に立つのは、黒髪のカレンと同じ年頃の少女。
「紅蓮聖天八極式……よい名前ですが、少々長いですね」
 藤堂にはとても見覚えのあるその少女の苦笑する声音に、思わず身体が強張る。
「失礼ですが、開発に携わった者から少々スペックが高すぎて量産には向かなかったと聞き及んでおりますが、ディバイサーはどなたが?」
「ディバイサー、ですか?」
「―――カラレス」
 答えようとしていたであろう神楽耶を一旦制止させ、少女―――ルルーシュが男の名を呼んだ。
「ここではディバイサーではなくパイロットと言う名称を使いなさい。郷に入っては郷に従え―――この合衆国日本は言の葉をとても大切にする国です。以後はそこまで考えた言動をなさいなさい」
「い、イエスユアハイネス」
 ぴしゃりと言いきった皇族としての威厳溢れる声音に、男は目を大きく開きながら下がった。
 日本の文化を理解し、そこに立っている皇女の姿に誰もが感嘆のため息を漏らす。
「失礼しました、神楽耶。重ねてお聞きしますが、パイロットはどなたが?」
「紅月カレンですわ。彼女はそちらのラウンズに匹敵する能力を持つ優秀なのですが、今はまだ学生の身の上……もうしばらくしたら到着するとは思いますので午後にお見せする模擬戦には間に合う予定ですわ」
「そうですか。彼女の腕前に関してはジェレミアも楽しみにしておりましたから」
「オレ……いえいえ、ジェレミア殿がですか」
「ジェレミアのことは素直にオレンジでも結構ですよ、神楽耶」
「あ、主!?」
「ふふ」
 鈴が鳴るように笑うルルーシュに朝比奈と卜部の二人も見惚れているのが判る。
 ジェレミア同様にルルーシュの後ろに立っている若い青年も優しい眼差しでルルーシュを見ている。
 藤堂はむかっとした気持ちを抑えるように強くハンガーを握った。
「ちょっとぉ、藤堂ぉ。早くしなさ……い……」
 とんとんと煙管を掌に打ちつけながら眉根を寄せて近づいてきたラクシャータの瞳が精一杯に見開かれる。
「……ルルーシュ殿下?」
「ええ。お久しぶりですね、ラクシャータ」
「あー……そのお姿はぁ?」
「先代のブリタニア皇帝である父亡き今、私が私を偽る必要がどこにありますか?」
「そぉですけどぉ……えぇ?……本気ですかぁ?それぇ」
「ラクシャータも、ロイドと同じで相変わらずですね。私ははじめから皇女でしたよ……その性別を偽っていただけで」
「どこぞのプリン伯爵と一緒にしないでくださいよぉ〜。ものすごぉく不愉快ぃ」
「ふふ、ごめんなさい」
 嫌そうなラクシャータの顔を見て、ルルーシュはくすくすと笑う。
 ラクシャータと表の顔でも面識があったなど、藤堂は初めて聞く。どこか気安い感じがあったようには見受けられたが、ルルーシュの口からそれを決定づける言葉は今まで聞かされていなかった。
「ラクシャータ主任、ルルーシュ殿下とはもしや、閃光の……」
「そうよぉ、あの閃光のマリアンヌの長子・ルルーシュ皇女殿下よぉ。公式な場には八年前から一切顔を出してないし、死んだってことにされて葬儀もなされたこともあったわねぇ」
「黒の騎士団のおかげで、ブリタニアにとって弱者であった私は今、こうして平穏を生きれています。感謝しますよ、ラクシャータ」
「私はただKMFの開発に携わっただけですよ。実際に活躍したのはこっちぃ」
 そう言ってルルーシュは藤堂たちがいる方を煙管で示した。
 それによってようやくルルーシュと藤堂の視線が交わる。
 思わずぴくりと反応してしまった藤堂と反して、ルルーシュは皇女としての顔で笑みを作って頭を下げた。
「黒の騎士団の軍事総責任者の藤堂ぉ〜。後ろの方は壱番隊隊長の朝比奈と弐番隊隊長の仙波、後二人は彼らと同じ四聖剣の卜部と千葉ですよぉ」
「藤堂中将に関しては厳島の奇跡と言えばお分かりになるでしょう?」
「ええ。よく知っています」
「現在は日本自警防衛軍中将の地位におります。藤堂鏡志朗と申します」
「神聖ブリタニア帝国第三皇女、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと申します」
 まるでダンスでも始まりそうな二人の挨拶にほうとため息が零れおちる。
「……つまらないですわ」
 ぶうっと頬を膨らませた神楽耶にルルーシュは苦笑を浮かべる。
「ただの挨拶なのだから仕方がありませんよ、神楽耶」
「朝比奈省吾大尉です。ルルーシュ皇女殿下は第三皇女とおっしゃりましたが、第三は……」
 一年ほど前に行われた皇室整理で第三皇女は空位となっていたはずだ。
 他国の情勢とはいえ、かつての第三皇女が日本にしたことはとても重たい。故に注目されていた。
「私が皇位継承権を皇族復帰時に拒否したからです」
「継承権を持たない!?」
「元々母亡き後に継承権だけではなく皇位も放棄していたのです。皇族復帰だけでも僭越至極です。……ユフィがしたことは大きな罪でしょう。けれども私はその罪を背負うだけの責がある。だから"第三皇女"なのです」
「……貴方が罪を背負う必要はない」
「いいえ、私には必要です。……暗い話などこの辺りにして、神楽耶」
「え?あ、はい」
「……この状況を楽しまずに案内してくださいます?」
「折角面白くなってきたところだと思いましたのに〜」
「神楽耶?」
「はいはい。では他のKMFのご紹介に移りますわ」
 神楽耶は子どもっぽく拗ねた後に、ちゃんと代表としての顔で案内を再開した。

「まるで大和撫子といった雰囲気ですな」
 若いのに感心だとばかりに仙波が頷く。
 確かに普通の皇女に比べれば流暢な日本語を口にし、日本人でもあまり使わない単語を使ったり、ことわざを知っていたりした。
「確かに黒髪だから日本人風な感じは見えますが、ブリタニア人ですよ?」
 仙波の言葉に卜部が首を傾げる。
 確かにルルーシュは日本人と同じ黒髪を持っているが、その容貌は完全にブリタニア人のそれである。
 女性ながらに高い身長と、雪のように白い肌。
 四聖剣も藤堂も思わなかったが、女性軍人の一部はまるで白雪姫のようとほうとため息をついてたものが居たらしい。
「噂以上の美少女で俺は驚きましたね。高嶺の花!って感じの美少女ですよねぇ」
「その割にはよく声掛けたな」
 驚きと言うよりも一目惚れしたと言わんばかりの朝比奈を揶揄するように千葉が言う。
「だって気になるじゃないですか。あれ?でも変な話ですよね。継承権を拒否されたんなら普通皇位もあたえないんじゃないんですか?」
「それだけ彼女をブリタニアに縛っておきたかったのだろう。彼女はそれだけの力を持っている」
「え?藤堂さんって彼女のこと知ってたんですか?」
 驚いたように朝比奈が目を見開く。
「一応な」

  *  *  *

「この紅蓮は弐式の時は飛行不可でしたが、戦後間もなく新たに開発された飛翔滑走翼のおかげで飛行可能とされ、付け加えて徹甲砲撃右腕部を装備することで弐式を遙かに上回る戦闘能力を手に入れました。私たちはこれを可翔式と呼んでおります。その後ブリタニアと共同開発をすることになった折……」
 流暢に斬月の説明を終え、紅蓮の説明に掛っていた技術者の男は不意に言葉を濁す。
「セシルとプリン伯爵が勝手にあれこれやらかして原型留めてないくらいの新形態になっちゃったのよぉ」
 セシルはいいんだけどプリン伯爵がねぇ〜と、ラクシャータは苦虫を潰すような顔で言う。
 彼女の言葉や雰囲気、そして説明していた男の態度でなんとなく開発は順調に進まなかったんだろうなぁと察した視察団の面々である。
「有線で発射される輻射波動腕、新技術のエナジーウイングが搭載された聖天八極式は、そのスペックの高さから紅月カレン以外のパイロットでは100%はおろか半分の力も出せないものとお思いください。以上が簡単な説明になりますが、何か質問がございますでしょうか?」
 視察団の中でも特に技術職にかかわる人間は興味深々とばかりに男に質問をする。
 それを横目に、視察団の代表であるはずのルルーシュはちらりと藤堂や四聖剣の方を見ている。
 藤堂辺りから紅蓮のことは聞き及んでいるのか、それとも話に耳を傾けながらもそうしているのかは神楽耶には判断できない。
 ルルーシュの視線の先にいる藤堂たちはラクシャータが実験よりもルルーシュを取ったために遅れをとることとなった。
 おかげでまた休息を取る羽目になった彼らは手持無沙汰に会話を続けているようだ。
 四聖剣と話している姿はとても気安く仲の良さが遠目でも容易に見て取れるほどだ。
 ちらりと神楽耶がもう一度ルルーシュを見ると、ルルーシュは皇女の顔のままだが、笑みすら浮かべていない。
 きっと自覚していない嫉妬心をふつふつとそのお腹に抱え込んでいることだろう。
 これは突けばコーネリアの願い通りになり、かつ自分にとって面白い事件の起こることだろう。
 神楽耶はいたずらを思いついた子どものようににやりと笑い、ルルーシュの顔の前に手を伸ばした。
「ルルーシュ」
 ひょこっと出された手にルルーシュははっと我に返る。
「なんです?神楽耶」
 ルルーシュと並ぶとどうしてもその小柄さが目立ってしまう神楽耶では、こうして手を伸ばさなければルルーシュの視界に割り込むことはできないのだ。
 改めて彼女の美しさの一つ、高身長にちょっぴり女として嫉妬しつつも、神楽耶は口を開いた。
「彼らに嫉妬していたします?」
 笑みを浮かべて問えば、ルルーシュはふっと押し黙る。
 やっぱり!神楽耶は内心そう思いながらも必死に自分の感情を押しとどめた。
「ここだけの話と言う訳ではないのですが、彼らはよく仕事の後に飲みに行くそうですわよ。桐原や刑部も仕事の折を見て誘う事はありますが、ほぼ毎日と言うではありませんか。それだけとぉっても仲がいいんでしょうねぇ」
 うふふっと笑って明るく言えば、ルルーシュの周りの気温が静かに下がっていく。
「ほう……」
 思わずルルーシュの顔から皇女の仮面が剥がれおち、神楽耶は小さく後ろで組んでいた手をぐっとガッツポーズをこらえて握りしめた。
「主?」
 主の異変を察し、ジェレミアが首を傾げる。
 楽しく神楽耶と談笑していたのでは?と不思議そうに神楽耶に視線を送ってくる。
 だがそれを神楽耶はいい笑顔で制し、さあどうぞとばかりに最後の追い打ちを掛けた。
「藤堂中将が日にお会いする人の時間の割合は確実に四聖剣が一位をしめてるんでしょうねぇ」
 ゼロによって更に鍛えられた話術とコーネリアによって事前に与えられた知識。
 神楽耶はこれで詰めは完了ですねとばかりにルルーシュに見えないところでにやりと笑った。
 その笑みを見たジェレミアはただ困惑してルルーシュの歩みを見送るしかなかった。

「朝比奈、千葉、仙波、卜部!」

 ルルーシュの低い声だがよく通る怒声と、怒りの形相に百戦錬磨と言っても過言ではない彼らの身体がびくりと震える。
 まるで黒の騎士団に居た頃、ゼロの怒声を受けた時を思い出す。
 四人が四人とも自身が受けたのではなく主に玉城に向けられた怒声を近くで聞いていただけなのだが……
「少しお前たちに物申したいことがある」
「な、なんですか?」
「前々からず〜〜〜〜〜〜っと言いたくて黙っていた。いや、会うことがなかったから言えなかった。だがな、今日こそはぜ〜〜〜〜〜〜ったいに言わせてもらう」
 子どもっぽい怒り具合にあ、ちょっと可愛いかもとほだされたのがいけなかった。
「お前ら少しはその藤堂大好き行動を自重しろ!!」
「へ?」
「はい?」
「はぁ?」
「え?」
 意味が分からないと言う顔をする四聖剣の真ん中で、藤堂が若干青い顔をして目を伏せ、額を抑える。
「ルルーシュ……」
「あなたは黙っていてください!」
 ぴしゃりと言いきられ、藤堂ははいとだけ答えて黙るしかなかった。
「新宿と渋谷の間なんて大した距離じゃないって思ってるんだろう!ふざけるな!その移動時間プラスお前たちと飲んで帰ってきたらもうお風呂入って寝るしかないんだぞ!?たまの休みまでしっかりどこかに連れ出しやがって!」
「ちょ、ちょっと待って」
「うるさい!黙れ!今は私が喋ってるんだ!!」
「はひ」
 びくっと朝比奈は鬼の形相のルルーシュに思わず千葉の後ろに隠れた。
 美人が怒ると怖いと言うのは本当だったのかと四聖剣最年長の仙波だけが内心のんきなものだった。
「中将と言う地位から朝も早い……お陰で毎日起きている時間どれだけ一緒に居れるかわかるか?3時間もないんだぞ!?お前ら新婚夫婦なめてるのか!?普通に触れ合う時間もままならないのに夜の時間なんか論外だぞ!?全部お前らのせいだろうが!!少しは自重しろ馬鹿共!!!」
 ぜぇはぁと満足したのか疲れたのか、肩を大きく上下させるルルーシュに誰もがぽかーんと口を開いた。
「……新婚?」
「誰と誰が?」
「いや、この場合藤堂中将とルルーシュ皇女殿下が、じゃないのか?」
「……藤堂中将?」
 疑問の眼差しが藤堂に向かう。
 藤堂は、にやける顔を両手で押さえている神楽耶をちらりと見て、彼にしては珍しく大きなため息をついた。
「……新婚と言って結婚してそろそろ一年になる」
 素直に白状した藤堂に一瞬の静寂が降り、次の瞬間混乱へと転じた。
「ええ!?」
「なんですかその年の差夫婦!?」
「ちょっ、ルルーシュ殿下はお幾つだ!?」
「夜の生活……え?殿下、欲求不満で切れたの?ええ?」
「まだ18の身空で……いや17でこのような男の元へ……わ、私はなんとマリアンヌ様に報告すればっ」
「藤堂中将は38だと聞いているぞ!?」
「殿下ぁぁぁ……」
「降嫁していたと言うことか!?」
「お、俺の嫁がっ」
「降嫁されたのになぜまだ第三皇女なのですか!?」
「い、意味が分からん」
「……美女と野獣夫婦?」
「藤堂中将って、ロリコンかぁ?」
「ブリタニア人と日本人が!?」
「やるわねぇ、ルルーシュ殿下ぁ♪」
「いいなぁ、俺も嫁さん欲しいぜ」

「おい誰だ。今、俺の妻を自分の嫁と言った奴は」
「ほえあ!?」
 さんざん騒ぐ周りの中、耳聡く聞いた藤堂が怒りに拳を握って、声の主を探す。
 ルルーシュはルルーシュでようやく自分で勢いに任せて暴露してしまったことに気づき顔を真っ赤にし始めた。
 うっかり可愛いと呟いたものが怒れる藤堂の被害にあったのは言うまでもないだろう。
 全員が全員、見事な混乱っぷりであるが、これはごく一部にすぎないということをここに記しておく。

「すいませーん、紅月カレン遅れまし……た……ぁ?」

 扉を開けて駆け足で入ってきたカレンはある意味阿鼻叫喚の地獄絵図にも取れる光景に走る体勢のまま固まり、器用に首を傾げた。
「えーっと……何?」
「お久しぶりですわね、カレン様」
「あ、お久しぶりです。皇国家代表首席。失礼ですがこれはどうなってるんですか?」
「ブリタニア視察団代表の皇女殿下が四聖剣にブチ切れていろぉんなことが露見してこうなりました。私、とぉっても満足です」
「はぁ……」
 よくわからないと曖昧に返事を返したカレンは件の皇女殿下が藤堂と人目を憚らず熱い口付けを交わしている姿を目撃し、自分もその一部になる羽目となった。
「ルルゥゥゥシュゥゥゥゥ!?」
 その名前一つ叫んだだけで、カレンの脳裏には走馬灯のように記憶が溢れだす。
「あらあら」
 くすりと神楽耶は笑い、どうしましょぉ♪と全然困っていない顔で首を傾げた。


 結局、藤堂の心配を余所に、ルルーシュがゼロだと自白するまでゼロの正体が世間に知れることはなく、二人は夫婦であることだけを世間に知らしめることとなった。
 以後藤堂を飲み会に誘うものは極端に減り、二人の時間が増えたのは言うまでもない。



⇒あとがき
 あー……魅力あふれる奥さんなルルーシュを書きたかったはずなのに何故かこういろんな方向に走ってしまいましたorz
 ほぼ一年と言う……いや正確には一年と3日ですか?本当お待たせしすぎた上に、日本奪還後の藤ルル♀夫婦ものって言うリクエスト(※)からここまでおかしな方向に進んでなんだか申し訳ないです。
20080825 カズイ
※本館でのリクエスト
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