□最後の日

※最後の夏に見上げた空はパロ

 十人いれば十人全員が振り返るであろう美貌を持つ少年、ルルーシュは静かな教室に一人足を踏み入れた。
 生徒が誰一人としていない教室の中、一人の男が立っていた。
 ルルーシュとは人種の違う男の名は藤堂鏡志朗。ルルーシュのクラスの担任だ。
「藤堂先生」
「っ……ランペルージか」
 ルルーシュが藤堂に呼び掛けると、藤堂は弾かれるようにルルーシュを振り返った。
 振り返った藤堂の眼はいつもより細められ、眉間の皺もいつもより深いように見受けられた。
 無理もないだろう。
 あと少しで藤堂が見ていた窓の外にいる誰かの命が終わるのだから。
「誰を見ていたんですか?」
 ルルーシュは迷いなく藤堂の横に並び、窓の外を見た。
 そこにはバイクの側で語り合うリヴァルとスザクの姿があった。
「あの二人は本命と一緒にいなくていいんですかねぇ?」
 くすくすと笑うルルーシュから藤堂は視線を逸らした。
 それに気づき、ルルーシュは藤堂を見上げる。
「何か?」
「……君は、妹といなくていいのか?」
 ルルーシュにとって妹・ナナリーとは唯一の家族であった。
 母を幼くして亡くした二人にとって父と呼べる存在はなかった。親に捨てられることの多い子どもたちの中、彼らは自分たちの意志で親を捨ててきた人物である。
 ルルーシュは限りない命と知りながら惜しみない愛をナナリーに注ぎ、ナナリーはそれを生涯忘れまいと一瞬一瞬を大切にしていた。
 その姿は冷たい監視者に囲まれた生活の中で唯一見ていてなごましい光景であったのは間違いないだろう。
 今この瞬間も二人を思い出そうとすれば仲睦ましげに微笑み合う二人の姿が容易に浮かぶほどだ。
「別れはもう済ませました」
 ルルーシュはそう言うとにこりと微笑んだ。
「何故っ」
「『最後の日』くらい……自分の思いのままに動いてみようと思って」
 『最後の日』。
 その言葉に藤堂の胸がずきりと痛んだ。
 17歳を迎えたこのアッシュフォード学園に通う二年生は皆、後数時間で死ぬ。
 それは彼らが第三次世界大戦によって生み出された遺伝子強化兵であったためだ。彼らは遺伝子が変異している所為で17歳の夏よりも長く生きることが叶わない。
 彼らが生まれて一年もたたず終わった戦争。彼らは最後の被害者たちだった。
 藤堂は教師と言う立場で何度もその『最後の日』を見てきた。
 17歳の夏を迎える前に自分の境遇に絶望し自殺する子どもだっていた。
 政府に認められ租界の中唯一の学園に教師として入って以来、その光景にどうしようもない気持ちを覚えこそすれ、こんなにも苦しくなった覚え等ない。
 藤堂は改めてルルーシュの顔を見た。
 とてもこれから死ぬような顔ではない。
 優しく穏やかな笑みを浮かべ、ルルーシュは藤堂を見上げていた。
「藤堂先生」
「……ああ」
「俺はあなたと出会えてよかった」
 ルルーシュは満面の笑みを浮かべ藤堂の手を取った。
「気味が悪いと手を振り払わず、優しく俺たちを見てくれたあなたがどんなに俺の……俺たちの心の支えになっていたかわかりますか?」
「どう、だろうな……俺は君たちを見送ることしかできない」
「見送って……そしてあなたは一人で泣くんでしょう?誰にも見とがめられない場所で、ひっそりと」
「っ」
「すいません、去年、偶然見てしまって……」
 なんとも居た堪れない雰囲気にルルーシュは苦笑しながら白状した。
「親に見捨てられた俺達にとってあなたは父親のような存在だった。……俺の父ははじめから俺なんか見ていなかったから、特に俺はあなたに憧れた」
 ルルーシュは自分のきめ細やかな肌を持つ手と違い、皮の厚いごつごつした藤堂の手を撫でる。
「こんなの卑怯だってわかってるんですけど……最後にお願いしていいですか?」
 ルルーシュの手つきがぎこちなくなってきたと感じた藤堂は、手からルルーシュの顔へと視線を変えた。
 ルルーシュの顔が先ほどよりも青ざめ、呼吸が少しずつ荒くなってきた。
 本当に最後の時が近づいているのだと感じた。
 不意に窓の外で金属の重たいものが石畳に落ちる音がして、窓の外へと視線を巡らせた。
 するとドサリ、ドサリと人が倒れる音が続けざまに聞こえ、先ほどまで仲良く話していたはずのリヴァルとスザクが倒れている姿が見えた。
 二人とも穏やかな顔をしているように思えた。
「スザク、たちは……?」
「……逝ったようだ」
 また、毎年繰り返されてきた虚しさが胸を過る。
「そう、ですか……。藤堂先生」
「なんだ?」
「俺……藤堂先生が、好きなんです」
 絞り出すようなか細い声。
 それを言い終わると、ルルーシュの身体からがくりと力が抜けた。
「ランペルージっ!?」
「……ルルーシュ……って、呼んでくれませんか?」
「ルルーシュ……ルルーシュ」
「うれし、な……先生が、俺の名前……呼んでくれて、る……」
 真っ青な顔をしているのにルルーシュは幸せそうに微笑んでいる。
 何度も見てきた『最後の日』とは違う、この想い。
 きっと自分はルルーシュを好きだったのだろう、と藤堂は気づく。
 だが気づくのがあまりにも遅すぎた。
「何度でも呼んでやるからっ」
「好きです、先生……」
「ああ」
「……最後に、言え、て……よか、た……」
「くっ」
 ルルーシュは藤堂の頬に手を伸ばす。
 顔色が悪いことや呼吸が荒いことなどを除けば、ほんの数分まで健康だった少年の姿のままなのに、こんなにも見ていて胸が苦しくなるなんて。
「俺のこと、忘れないで、くだ……さい……それ、から……俺……の、ために……泣いてくだ……」
 言い終わることなく、ルルーシュの白い手が落ちた。
 涙がうっすらと浮かぶルルーシュの死に顔を見つめ、藤堂は小さく口を開けた。
「君は卑怯だな……ルルーシュ……言われずとも……俺は君のためにしか今はどうしても泣けない」
 だけれど『好き』のたった二文字すら言えなかった自分をどうか許してくれ。
 懺悔のように藤堂は目を伏せた。

 そこから零れ落ちた涙ははたりとルルーシュの頬に落ちた。



⇒あとがき
 原作本の『最後の夏に見上げた空は』は読んだことないけど設定拝借。
 悲恋藤ルルでも大好きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
20080802 カズイ
20080803 加筆修正
res

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