□仮面のお姫様

『―――っ』
 小さく聞こえたうめき声に黒の騎士団の面々に緊張が走る。
 それはブリタニアのKMFに攻撃を受けたゼロの機体から聞こえた声なのだから。
『大丈夫かゼロ!』
『大丈夫だ』
 いつもと何ら変わりのない冷たい声音の返答にどこかほっとしながらも本当に大丈夫なのだろうかと心配になってくる。
 普段はゼロは実は人間ではないのでは?と疑ってしまうほどではあるが、それでもやはり彼は人種は違えど自分たちと同じ生きている人間なのだとこういうとき実感させられてしまう。
『作戦は成功した。撤退する』
 いいなと念を押すような声に団員達は従うしかなく素直に撤退した。


 それから少なくとも数十分後、ゼロの帰還を待つ団員達の間に緊張が走った。
 トレーラーの外から怒鳴り合うような声だが声が聞こえたのだから。
「っ……頼みますから今すぐ……今すぐ下ろしてください!」
 ようやく言葉として聞こえてきたのはボイスチェンジャー越しのゼロの声だった。
 いつもは堂々と命令を下してあるその声が敬語で懇願している声はあまりにも違和感を植え付け、団員達は立ち上がった動作や、作業の動作のまま身体を硬直させた。
「駄目だ、今の君を下ろすわけにはいかない」
 きっぱりと否定した声にも聞きおぼえがある。
 軍事責任者である藤堂鏡志朗だ。
 つい先日黒の騎士団と行動を共にするような彼は、ゼロと同じく撤退が遅れていた一人だった。
 それに関して心配していた四聖剣もあれと首を傾げるしかなかった。
「やめてください藤堂さん!皆に示しがつかないんですから!!」
「だから駄目だと言っている」
 言うが早いかトレーラーの扉が開いた。
「すまない、戻るのが遅れた」
 潔く謝罪を口にする藤堂の腕の中には頭を……否、仮面を抱えて悶絶するゼロがいた。
 抱きしめられているわけではない。抱きかかえられているのだ。もちろん抱き方はお姫さま抱っこと呼ばれるあれである。
 どう見ても幻覚を見ている気になってくる、現実逃避したくなる光景である。
「……えーっと、なんて言ったらいいのかな?」
 その光景に完全に言葉を失ってしまった団員達を代表するかのように副司令と言う立場上正気に返らざる負えなかった扇が聞いた。
「ゼロが怪我をしたから俺が連れて帰った。KMFはCCが先に持って帰ってくれただろう?」
「そりゃ藤堂さんのKMFからCCが出て来た時はびっくりしましたけどそう言うことじゃなくてなんで藤堂さんがゼロをお姫様だっこして戻ってきたかってことですよ。怪我したんなら背中に負うなり担いだりあったでしょう?っていうかズルイよゼロ!」
「おー、すごいな朝比奈。僅か二息でそこまで」
「仙波さん、そこそんな風に感動するところじゃないと俺は思うんですけど」
「朝比奈それは同じ屈辱を受けてから言ってみろ!いいか、普通男が男に姫抱きなどされてうれしいと思うか!?第一私は仮面をしていてどう見ても怪しいと言うのに余計怪しいだろうが!」
 流石に朝比奈のように息切れなしなんてことはできずにゼロはぜぇはぁと怒鳴った分息を切らせた。
「……そうか、嫌だったのか」
「ほあ!?お、落ち込まないでください藤堂さん!」
 ゼロを抱えたままうなだれた藤堂にゼロは慌てて言い訳を並べ始めた。
「確かに他の男にされた日には屈辱じゃすまされないですけど藤堂さんは別ですからね!俺は藤堂さんになら何をされても平気だって言ったじゃないですか!」
「だが君は現に「嫌です」「下ろしてください」と何度も言っていた」
「それは人の前だからで……」
 どう見ても痴話喧嘩を繰り広げ始めた二人に団員達はあれ?と首を傾げた。
 甘ったるい雰囲気を振りまく二人は気付いているのかいないのか、ゼロの藤堂に対する口調が普段と違うし、一人称が私から俺に変わっている。
 でも色々怖くて聞けない!
 誰もが呆れを通り越した状況で傍観している中、一人の勇者が立ち上がった。
「……申し訳ありません、藤堂中佐にゼロ」
 おお!と誰もが驚きながら勇者と称えた人物は四聖剣の紅一点・千葉であった。
「いちゃつくなら自室でお願いします」
「いちゃっ!?」
 言葉を失ったのは何もゼロだけではない。
「そう言うことだけじゃないでしょう!」
 思わず突っ込んだカレン以外の団員達もそうである。
「どういうことなんですかゼロ。なんで藤堂さんにだけ敬語を使ってるんですか?」
「それは……」
 言葉を濁し、ゼロは無言で藤堂の顔を見る。
「うむ」
 藤堂はこくりと頷く。
 その顔はどこか幸せそうで、また甘ったるい雰囲気が今度は無言で垂れ流れ始めた。
「視線で会話して新密度を見せつけないでください!」
「そうですよ中佐。ゼロと会ったのはこの間救出された時が初めてですよね?なんでそんなにいちゃつくような関係になったんです?」
「卜部までい、いちゃつくなど……」
「事実ですな」
 うんうんと仙波がうろたえるゼロに頷いて見せた。
「それで、結局のところどうなのですか?藤堂中佐」
「ゼロと俺は婚姻を前提に交際をしている」
「ゼロって女の子!?」
「残念ながら私は男だ。女体ならば藤堂の子どもが産めたのだが……」
 とても残念そうに言う仮面は一種の恐怖である。
 団員達の一部はガタガタと震え出した。
「む、ゼロ」
「はい、なんですか藤堂さん」
「女体などと言う言葉は誰が?」
「えーっと……」
 ちらりとゼロは仮面越しにディートハルトを見る。
 ディートハルトはディートハルトでゼロが私を!?とときめいて藤堂に睨み殺された。
 ……人って睨むだけで殺せるんですねとディートハルトの傍にいた団員たちは失神した。
「SSが言っていたので」
「か……彼女か?」
 藤堂の額に脂汗が滲む。
 藤堂にとって忘れがたき屈辱の過去……それがSSである。
 あの時は涙を呑み、再会した時は唯一彼女にとんでもないことを命令できるナナリー共々どんなに命の危機を感じたことか。
 それを思い出すと藤堂の目にはうっかり涙が浮かびそうになる。
「私は経緯を聞いたのですが、そうですか、藤堂中佐とゼロが……ふむふむ」
「って納得しないでください仙波さん!」
「経緯か?そうだな……」
「ああ藤堂さんが俺の突っ込み流したー」
 がくりと力なく朝比奈は座り込む。
 それを無視して藤堂は語り始めた。
「出会ったのは戦前、出会った時のゼロはそれはそれはもう愛らしく、健気で、献身的な子だった。日本人ではないからと差別しなかった俺を敬い敬語を使うゼロには、自分が犯罪者になるのではないかと思ったほどだ」
「あー……」
 なんとも言えない微妙な表情を始めたカレンに扇は苦笑を浮かべる。
 普通の精神で聞き流している扇がもはやおかしいのかもしれない。
「そして俺の救出の際再会したゼロはそれはそれは美しく成長していたのだ。俺は思わず見とれてしばらく動けなくなってしまったほどだ」
 ゼロを腕に抱えていなければ拳を握りしめて熱く熱弁をこれ以上に振るっているかもしれないその様子に誰もが引いていた。
「と、藤堂さん……本当恥ずかしいですからそれ以上は」
「ああ、わかった。だがこれだけは言わせてくれ」
 まだ続くのかと想いながらもカレンは耳を貸した。
 残念ながらこれは自分が播いた種でもあるのだから。
「ゼロの美貌を俺は誰にも見せる気はない。彼は俺だけのものだ」
「藤堂さん……」
「ゼロ……」
 再び二人の世界に入り始めた二人の周りでは確実に黒の騎士団が精神的壊滅に追い込まれていた。


「……で、お前はいつまでその体勢でいる気だ?」


「ほえあ!?」
 CCの言葉に誰もが助かったと思う中、ゼロがようやく正気に戻ってくれた。
「と、藤堂さんおろしてください!」
「断固拒否する」
「なっ!?」
 硬直したゼロを藤堂がお持ち帰りしたのは言うまでもない。
 しばらくは慣れないかと思われた団員達だったが、すぐになんだか妙に納得して仮面のリーダー(男)と仮面命の軍事責任者(男)のカップルを生温い目で見守るようになるのだった。



⇒あとがき
 ……気づけばギャグ路線に入ってしまいましたが、姫抱っこされて照れるゼロ、お待たせいたしました。
 別にイチャイチャの指示なかったのにイチャイチャ暴走を始める藤堂とゼロを止める術は私にはありませんでしたorz
 でもまぁこんな二人もたまにはいいかなぁ……とか思いましたって言い訳してみます。←うおぉぉい!
20080719 カズイ
res

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